第48話 黒い翼と甘い香り

 道の端を歩きながら通り過ぎる馬車を眺める。走ってるところを止めるのも悪い気がするのは考えすぎか。


 いわゆる貴族街へ歩いて行くのは、かなりの距離があるため無謀だ。ヒッチハイクの経験はあるし試すだけ試すか。あの時はフェルス邸の外壁を越えたんだったな。今度は兵舎の外壁を越えてそこへ向かうんだから、人生何が起こるかわからない。


 とりあえず立ち止まって前方に見える馬車に手を振ってみた。しかし、素通りされて虚しさに包まれる。


 人生こんなこともあると二台目、三台目、四台目の馬車にヒッチハイクをするが無視された。さすがにへこむけど、この時間に馬車を走らせるんだ。荷運びで忙しいに違いなかった。


 やっぱり貴族の服を着てのアピールじゃなければこんなもんか。衛兵の格好で素通りはどうなんだと、少し文句も言いたいが。新人の三下オーラが溢れ出ているのが舐められる原因か?


 悲しくなるので周辺の暗さを言い訳にし、もうちょっと明るい場所に移動することにした。


 ぶらぶら歩いて酒場のような、夜に営業中の店が立ち並ぶエリアを目指す。剣があれば無理やり止められたのにな。置いてきたのが悔やまれる。


 時間が経つにつれ明日でもよかったかもと、今さらな考えが頭をもたげ始めた。何か力になれればと思っていたが、仮休憩地での出来事を伝えて軽く流されたら普通に落ち込むな。


 場合によっては、帰りにお姉さんがいる店に寄ってやけ酒だ。


「ん?」


 進行方向の道端に誰かが屈んでいるのを見つける。少し迷ったがせめて衛兵らしさのある行いをして、待ってる懲罰に情状酌量の余地を与えてもらおう。


「大丈夫ですか?」


 声をかけると屈んでいた人物が顔を上げる。整った顔立ちの儚げな少女で、直感的に危険信号を察知した。


「チャームフェザー」


「は?」


 少女が灰色の髪を揺らして立ち上がると、背中に黒い翼が生えて広がった。羽が目の前に舞うと甘い香りが鼻をかすめる。


「ついてきてください」


 いきなりの出来事に、ただただ驚く。あの翼が本物なら人間以外の種族なんだろうけど……。


「……あれ?」


 クエスチョンマークの波にのまれていると少女が首を傾げた。


「えっと……お座り」


「え?」


「え?」


 わけのわからない言葉を投げかけられたのは俺なのに、向こうが怪訝な顔をする。さっきまで屈んでいた理由など、気になることが多すぎた。


「どうしてチャームが効いて……」


「チャーム?」


 また謎の、と思ったがチャームフェザーとか口走ってたな。まさか何かの魔法?


 トラブルの気配に焦るも次は手を握られて緊張する。


「ソウルアブソーブ!」


 次の瞬間、冷たい感覚が身体を突き抜けた。


「あぇ……?」


 これはまずいと慌てて手を引くが、少女が消えゆく声を最後に地面へ崩れ落ちて動かなくなる。


「……あの」


 怒涛の展開に変な汗が出てきた。しゃがんで少女を揺すっても反応はなし。このまま放置するのは後味が悪かった。


 事情ぐらいは聞きたいので近くのベンチに運び寝かせるが、自然に起き上がるのか? なんだったら意識不明者を見つけたと兵舎に戻るのもありだ。


 ただ、衛兵の格好をする相手に妙な動きをしかけてきたのは引っかかる。チャームやらソウルやら、不穏な単語から察するに善人とは思えなかった。


 手錠か縄があれば拘束できるのに。少し待って起きないなら、おぶってフェルス邸か兵舎まで連れて行くか。


 一度馬車を諦めてベンチの側で立ち尽くす。例え止められたとしても気を失った少女と一緒じゃ、御者に不審がられるよな。


 上手く事が運ばずに嘆息する。色々計画を立てて動きたくても、想定外が重なってばかりで難しかった。今回は自分の行動がきっかけなんだが。






 街灯の明るさに近づいては離れる虫を眺めながら無為に時間を過ごす。不思議と眠気は感じずに気力があった。


「ん……」


 動かずジッとするのに不安を覚えた頃、少女が呻いて目を静かに開く。


「ここは……?」


 どう説明するのがいいか悩んでいると、慌てた様子で立ち上がった。


「どれぐらい時間が経ちましたか?!」


「……そこそこ?」


「一緒に来てください!」


「ちょ……!」


 いきなり手を引かれても困る。まずは説明を先にしてほしいというか……。


「お姉ちゃんが危険なんです!」


 切羽詰まった訴えかけは本物だ。お姉ちゃんの呼び方もヨークスと違って夜の雰囲気は皆無だった。


「……わかった。行こう」


 衛兵の存在が役に立つなら任せてもらおう。すでに予定は大幅に狂っている。人助けの一つや二つ、したところでな。


「こっちに!」


 少女に引っ張られて道を走る。すぐ左に曲がって小さな通りに入ると馬車が止まっており、荷台に乗せられた。


「遅い! 目隠しをしとけよ!」


「は、はい!」


 御者が怒声を上げる。そのままに目隠しをされて、俺にどうしろと。


(ごめんなさい……少しの間静かに……)


 おそらく、この少女は何者かに使われてる立場なんだな。姉と言っていたし、人質にでも取られていそうだ。


 馬車が揺れ始めてふと思い出す。ふらっと姿を消すやつがいるという、ヨークスの言葉を。


 衛兵ではなく俺自身がターゲットにされたと考えるのが自然なのか?

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