第47話 女の子に会いたくて心が震える

 野盗を引き渡し、隊に与えられた部屋で報告書の書式に眠気を誘われる。


「あー、めんどくさいな……」


 隣でヨークスが度々呟きを漏らしていた。気持ちは十分にわかる。詳細な場面を書く必要性は理解できるが二人分の視点はいるのか?


「失礼する」


 ぼんやりする頭で仮休憩地で起きたことを書いていると、いつものつるっぱげ教官ではなくちょび髭教官が部屋に入ってきた。


「今回はご苦労だった。こちらで尋問したところ、野盗ではなく紅盗賊団の一員だと判明した」


「……でも、捕まえたのは男でしたよ?」


「お前たちが遭遇したのは紅盗賊団だ」


「……」


 有無を言わさぬ勢いを感じる。なぜそんな嘘をつくのか、いまいち理由がわからなかった。


「紅盗賊団に男はいませんよね?」


「その情報を誰が確認した?」


 質問が返ってきて呆気にとられる。ウィスを見逃しているぐらいだ。全体像の把握ができてないのなら、確かに男がいてもおかしくはなかった。


 ただ、本人に直接聞いた身からするとな……。


「まあまあ、落ち着けって」


 ヨークスに肩を軽く叩かれて不満を抑える。


「報告書にはそう書いておきますんで」


「それでいい。今日は外出せずに休んで英気を養え」


 ちょび髭教官は用が終わったらしく、すぐに部屋を出て行った。


「なんだったんだ、今の?」


「余計な真似はやめて寝ろってことだ」


「迷惑をかけるつもりはないんだが」


「どっかで飲んだら、今日の出来事を酔った勢いで言いふらすだろ?」


「事実なのに?」


「何か事情があるんだって。野盗対策か盗賊対策か、練ってる作戦に支障が出たりな」


 さすがに納得しずらくて腕を組む。


「……例えば、野盗とつながりのある人物がいるとか」


 ドミナとデリックさんの会話を思い出して真っ先に浮かんだ可能性だった。


「考えすぎだ」


「もし当たってた場合は?」


「藪蛇だな。衛兵にかかわらず、たまにふらっと姿を消すやつがいる。長いものに巻かれるのが長生きするコツだ」


 その生き方には賛成するが、こっちは異世界にきて三回も刺されてるんだ。原因の一人、ペルナとニアミスどころか顔も見られている。少しでも違和感を覚えたことはデリックさんに伝えて、計画を前に進める手伝いをしたかった。


「女の子を諦めるのが残念な気持ちはとてもわかる。別に拘留されるわけじゃないんだ。明日になれば夜の町に繰り出せるさ」


「……遠征に出てるみんなに合流しろと言われたら?」


「サボる」


「長いものに巻かれるのはどうした……」


「明日は女の子が優先だ。遅れても合流すれば一緒だって」


 いや、後で確実にどやされるな。こんな適当なやつが衛兵を続けられるなら、命令違反の罰則も高が知れてるか?


 報告書をなんとか埋めて提出後、灯りが半分消えた食堂で腹を満たす。その後にシャワーを浴びて与えられた六人部屋で準備する。


 ベッドの下にある収納から布を手にし、革の防具を軽く磨いて身に着けた。仕舞っておいた冒険者用の服はまた今度だ。


 まさか捕まえた野盗を存在事なかったことにはしないだろが、報告は早いほうがいい。


「やめといたほうがいいと思うぞ」


 部屋を出ようとしたところで、ヨークスが壁にもたれかかって忠告してくる。


「ああいう上の偉いさんには従ったほうが無難だ」


 不良なりにも行動の指針は持ってるらしい。


「ちょっと散歩に行くだけだし大丈夫」


「頑なだな。ま、任務で襲撃を受けて胸が騒ぐのはわかる。おれも新人の時には不安になったもんだよ」


 ベッドに腰を下ろしたヨークスが生温かい眼差しで見てくる。その態度の変化に首を傾げてしまった。


「女の子に会いたくて心が震えるんだろ?」


「……」


 そんな捉え方をされるのは予想外というか、やっぱり想定内というか。どこまでも欲求に忠実なやつだ。


「明日を待てない気持ちは痛いほどわかる。けどな、門には夜通し見張りが立ってるぞ。外出禁止を言い渡された以上、おれたちは監視対象の扱いだ」


「壁を乗り越えればいい」


「簡単に行くと思うか?」


「貴族の屋敷に梯子をかけて壁を越えた経験はある」


「……個人で盗賊でもしてたのか?」


「あえて言うなら逆だ」


 ヨークスが馬鹿みたいに口を開けて、怪訝な顔をした。つい混乱させることを言ったが話を戻す。


「どこかに梯子か代わりになる道具があれば教えてほしい」


「道具類が仕舞ってある場所は鍵がかかってるからな。簡単に見つかって、最悪錠前付きの部屋に閉じ込められる」


 あそこは寒いんだよな、と経験者の口ぶりで付け加えられても困るんだが。


「そこでだ、ソーダにはとっておきの秘密を教えよう」


 腕を組んだヨークスがにやりと笑った。


「渡り廊下を本棟手前で右に外れて外壁まで進め。次は壁伝いに左へ行くと木が見えてくる。一本目の太い枝に登って壁を注意深く調べてみろ。上に続く窪みがいくつもあるはずだ」


 なぜそんなものが壁に……?


「おれが訓練に耐えながら、ここをこっそり抜け出すためにコツコツ作ったんだ。女の子には会いたいが罰を受けて給料を減らされちゃ、店に通えなくなっちまう」


 不思議とカッコよく見えるのは、その執念ゆえか。夜な夜な壁を削る姿を想像すると間抜けだけど。


「会いに行けよ、お前のお姉ちゃんに」


 最高にダサい決め台詞は今後やめたほうがいい。その言い方だと実の姉に会おうとしてるみたいだし。


 ヨークスに見送られて部屋を出る。寮棟を出て渡り廊下を進み、本棟手前で右に外れる。灯りは建物の周りに限られるので外壁まで歩くとかなりの暗さだ。


 壁に手をついて左に行きつつ目を慣らす。すぐに木は確認できたがあまり高さはない。少し不安だったが簡単によじ登れて枝に股をかけた。


 枝は壁近くに伸びていて、難なく外壁に手で触れる。わかりにくいが周辺を探ると、言われた通りに手と足をかけられる窪みがあった。地面付近に作らず途中にあるのは発覚を防ぐためか。


 窪みには深さがあり、三階建てを越える壁も容易に登れた。向こう側に設置された街灯はチェスの駒に似た形で下りやすい。敷地内に戻るときも使えるな。


 こっちはどの方向だと壁伝いに歩くと門の前に出る。そこには見張りが建っていたので、軽い敬礼で顔を隠して通り過ぎた。


「さてと」


 すっかり夜も深くなる時間帯だ。乗合の馬車は営業時間外だろう。衛兵の格好を利用し、適当な馬車を捕まえてフェルス邸に行こう。きっと誰かしらは起きてるはずだ。




 ◇




 兵舎の敷地内。本棟三階の窓から外を眺める男がいた。鼻下のひげと背筋を伸ばす風貌だけで位の高さが窺えた。


「……」


 男は半目に門の向こうで道行く衛兵の姿を見て緩慢に瞬きをする。そして、その場で振り返り暗い廊下を歩いて行った。

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