第43話 健全な夜の店

「ここだ」


 ヨークスに連れて来られたのはネオンに似た灯りで照らされた店だ。雰囲気とこんな時間帯に開いてることから、若干のいかがわしさを感じる。


 夜の店は潰れてしまったと聞いていたが……。


 中に入ると光量を抑えられた灯りが出迎える。酒が並ぶカウンターとソファー席は他の飲食店とそこまで変わらないが、給仕のお姉さんがバニーに似た格好でなるほどと納得した。


「いらっしゃいませ。お二人様でしょうか?」


「ああ、二人で頼む」


「こちらへどうぞ」


 給仕が背中を見せると色っぽい尻が右に左に揺れる。


(お触りはなしだ)


 ヨークスが笑って耳打ちしてくる。まだ健全寄りの店だったらしい。


「メニューが決まりましたら、お呼びください」


 ソファー席に座って落ち着く。正直、疲れてるし食べて飲んでをするよりベッドの上で寝たかった。いや、誰かと一緒にではなく普通に。


「飲むだろ?」


「そうだな」


 おごりと言われた以上は楽しむのが礼儀。しかし、メニューに書かれたビールの値段が六百ルナで酒場の二倍だった。


「あの給仕を眺めながら飲めるんだ。値段は相応だ」


「冒険者ギルドの酒場でも、給仕はそこそこ際どい格好だったけどな」


「女だらけの空間でジロジロ見れるか?」


 まあ、言いたいことはわかる。衛兵の格好でこんな店へ来るくせにとも思うが。


 酒とつまみを適当に注文し、運ばれてきたビールで乾杯する。


「じゃ、今日はお疲れさん」


「お疲れ」


 ひと口あおって身体にしみるアルコールに深い息が出た。値段はともかく好意的に解釈すれば深夜帯に開いてる飲食店。仕事によってはありがたい存在か。


 客層は疲れた顔の男ばかり。仕事終わりで癒されに来たんだろうな。


 お姉さん方はカウンターに肘をついて尻を強調させたり、壁に背をつけて胸を強調させる。なぜそこにあるという鉄のポールに絡まってる姿は扇情的で、見てると手を振ってきて視線をそらすしかなかった。


「夜の店の雰囲気は感じられるな」


「酒や飯を提供しないと経営が厳しいって話だ」


 隣に座って会話をしてくれることもないし、愛の祝福はおそらく大丈夫。どちらかと言えば、愛に飢えているのは客側だった。


「イニティウムの人口的には女のほうが多いのか?」


「この町に限らずだな」


 商売で考えると女受けを意識するのが大事らしい。男向けにすると必然的に割高な設定になってしまうと。世知辛い現実だ。


「そんな状況ならモテると思うだろ? でも、なんでか女が寄ってこないんだよ。おかしいよな?」


「向こうにも選ぶ権利はある」


 町を歩いていて男女の数に違いは感じにくかった。冒険者は女が多くて衛兵に男が多いことから、職業で性別に差が生まれていそうだ。


 モテない理由を真面目に考えると出会いの少なさが原因とか? 職場恋愛がまず難しいんだろう。


「いや、おれの顔を見てくれよ。そこそこイケてるんだって」


 そこそこで満足するようじゃ、ただの自意識過剰で終わりだ。ディリアぐらい突き抜ければ面白い男として興味を持ってもらえると思うが。


「顔の出来は置いといて、この店に来てる時点でモテ路線は外れるな」


「こればっかりは譲れん」


 ヨークスはコップを持ってにやりと笑う。カッコよさ皆無の動作に非モテの要素が詰まってる気がした。


「俺を誰だと思ってる! 何が不満だ!」


「お客様、困ります!」


 その時、店の奥で怒鳴り声が聞こえてくる。


「……あっちにも席があるのか?」


「VIP席があるはずだ。別にサービスは同じだけどな」


 トラブルか迷惑な客か。せっかく酒と目の保養を楽しんでいたのに、邪魔が入った気分だ。


「もういい! こんな失礼な店、二度と来るか!」


 カーテンに遮られた通路から太った男が出てくる。カエルっぽい顔が特徴的で、身なりは高価に見える装飾が入った服装だ。


「あいつか……」


 カエル男が店を出て行った後に、ヨークスがため息交じりに呟いた。


「知り合いか?」


「全然。態度のでかい貴族だよ。こういう店でよく見かけるんだ」


「同類か」


「一緒にすんなって。おれはルールを守って楽しむ紳士だ」


「仕事はサボるがな」


「ソーダも同じだ」


「そこは人付き合いの良さを褒めてくれ。ああいう貴族は多いのか?」


「一部が目立つし多く感じるな。この町へ避難しに来るのは理解できるが、当主直々にってのは大概がクソ貴族だ」


 フェルスは一人で来たみたいだし、クソ貴族の括りからは外れるんだな。


「もう、ああいう人は捕まえられないのかしら?」


 奥の部屋を出てきたお姉さんが隣に座った。突然のことで身体が緊張する。


「あなたたち、衛兵さんでしょ? お触り禁止のお店で太ももを撫でてきたの。セクハラでしょっ引いてよ」


「……俺は今日衛兵になったばかりで判断が難しい」


 ヨークスを見ると、ただただ首を振られた。お姉さんとの会話はルール違反と考えての無口キャラか? 普通に応じたほうが紳士的だろうに。


「個人的な感覚で言うと貴族を捕まえるのは、下っ端の衛兵には荷が重い」


「やっぱりそうなの? じゃあ、あなたが偉くなれば捕まえてくれるのかしら?」


 新人に求めてもいつになるかって話だな。




 ◇




「何をしとるんだ貴様らは!」


 初仕事を終えて兵舎に帰るなり、教官に見つかって怒鳴り散らされた。夜勤帯の見回りで昼過ぎに翌日の仕事が始まる予定だったのだが、すでに夕方近くになっていた。


 連れて行かれた店で当然のように朝まで飲み、目が覚めたのは見知らぬ橋の下だった。隣にはゲロが落ちてて、すぐやらかしたのに気づいた。


 慌てて橋の上に向かうと階段の側にパンツ一丁で寝こけるヨークスを発見する。逃げる選択肢もあったが叩き起こした後に開き直って帰ると、おかんむりの教官が待っていた。これでクビにならなかったら、もう少し真面目に働こうと思う。

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