第42話 初めての見回り

「気構えるなって」


 夜の町に出るのはともかく、衛兵の格好というのが緊張を高める。ヨークスが隣の巡回ルートだったため、案内してもらえたのは大助かりだった。


「そもそも、新人にやらせる仕事か?」


 見回りと言われても、まともにこなせる自信はない。


「人手不足って言ったろ?」


「町の中は安全とも言ってたな」


「魔王の存在を始め、野盗や盗賊騒ぎで住人は不安なんだ。衛兵の姿を見るだけでも安心はさせられる」


 真面目な答えに違和感を覚えるのはなぜか。以前、夜の店だなんだと聞いたからだな。


「ヨークスがまともな人間だったと再認識した」


「そう考えるのは早計だ」


 褒めたつもりだが首を振って否定される。


「隊の中でおれほど不真面目な人間はいないと断言できるな。他のやつらが割と真剣に取り組むから周りに浮いて困ってるぐらいだ」


 見回りの休憩時間がルーズみたいな印象で、不真面目なのが当たり前と思ってた。


「むっつりが多いんだよなぁ。話のわかるソーダが来てくれてよかったよ」


「すぐにいなくなるけどな」


 軽口を言ってくれると大事にしたプライドも躊躇なく安売りできた。


「そんなに冒険者になりたいのか?」


「こう見えて魔王の討伐を目指す予定だ」


「そりゃ楽しみだが、その前に町の平和を守ってもらおう。後でどやされるのも面倒だし仕事の時間だ。じゃ、頑張れよ」


 ヨークスが離れていくと一気に不安が募る。昨日の今日で随分遠くに来てしまった。初めての場所、それも夜に一人で歩く心細さよ。


 地図を改めて確認する。聞いた限りでは酒場エリアと商人が持つ倉庫街の間らしい。道の端っこを歩いていると千鳥足がちらほら見える。絡まれたら嫌だなと思うけど今は衛兵。諍いごとを止める仕事だったな。


 手配書の内容などほとんど頭の中に入ってないため、本当にただの散歩だ。ドミナの似顔絵があったのは覚えてるが、ウィスや刺される原因になったペルナの似顔絵はなかった気がする。一部が実行犯的に顔を売って、他はフォロー役を務める関係性か?


 もう見回りを放棄して考え事に耽る。たこ焼き店を開けるかどうか、ラピスやクーラへの報告をラヴィに頼んだが上手くやってるだろうか。


 たこ焼き作りに協力的だったウィスも、おそらくドミナの方針に従う立場。色々と苦労が窺える。俺が衛兵になったと知ったら逃げ出すかな。






「ふわぁ……」


 決められたルートを何週したかも忘れてしまった。日が昇るまでと曖昧な勤務時間で緊張感がなくなっていく。


 兵舎で寝てきたとはいえ眠気がすごい。午前中の訓練が脚にきて歩き方が変になるし、そろそろ休みたかった。


 夜も深いため人通りはかなり減って静けさがある。一方で倉庫が近いせいか馬車は結構見かけた。


 異世界でも長距離ドライバーは大変なはずだ。野盗に盗賊にモンスター、危険はとても多い。護衛に冒険者を雇ったりしそうだな。


 ともかく、港町のノドゥスだったか。そこからの荷物が主要なら、近道ができればみんながハッピーになるのに。ウィスたちの協力が得られたら安全度も増す。迷惑な貴族の粛正が待たれるな。


「おーい!」


「ん?」


 こんな真夜中に誰だ騒がしいやつは、とまずは物陰に隠れて衛兵の力を行使するか相手を確認したところ、街灯の下で手を振るヨークスを見つけた。


「飲みに行こうぜ!」


「……」


 まだ真っ暗で仕事中だし衛兵の格好で叫ぶことか。周りに人の目がないか気にしつつ、近寄って合流する。


「いい店があるんだよ」


「職務放棄になるだろ?」


「誰も気にしないって」


 不真面目もここまでくると呆れを通り越す。果たして新人の分際で不良行為に付き合っていいのか、ってまあ別に衛兵はいつ辞めてもいいんだったな。


「今、金欠気味なんだが」


「先輩のおごりだ」


 隊の中に不良仲間がいないみたいだし、付き合ってやるか。


「見回りはどうだった?」


 歩き出したヨークスが軽い調子で聞いてくる。


「驚くほど何も起こらなかったな」


「だろ? 訓練を除けば衛兵は美味い仕事なんだ」


 他の衛兵が比較的真面目なのが救いか。全体がこの調子だと、いくら町の中が平和でも不安が広がるはず。


「冒険者はそんなに不遇な職業なのか?」


「カルディア王国においては厳しいな。唯一魔王軍が支配する領域と接するのもあって、変な場所に厄介な魔物がいたりする。今のところ辺境はマシだが、いつ危険度が増しても不思議じゃない」


 漠然と考えてたけど押されてる状況なんだな。どちらかと言えば、衛兵は防衛や町の安全を保つのが役目な気がする。元凶に対抗するのは冒険者や騎士のような存在になるんだろう。


 ラヴィの注文を満たしながら自堕落に過ごせるのは、やはり冒険者か。正直、仕事に追われるより危険を伴う自由のほうが性に合っていた。

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