第41話 衛兵も楽だが楽じゃない
更衣室で支給された訓練服から衛兵の服に着替える。各所を革で補強されただけなので、いざ自分がその立場になると心もとなかった。
ディリアに選んでもらった冒険者用の剣と服は出番が来ることなくお預けだ。
「似合ってるな」
「金属の鎧がほしくなる」
「鎧は重さがあるし、町の外で活動する時に一部のやつが着込むぐらいだ」
門にいた衛兵を思い出すと森まで走ってたもんな。基本は機動力重視らしい。
廊下に出てヨークスの後ろを歩く。建物は三階建てで、寮棟も別に存在するため結構な広さがある。面倒を見てくれなかったら食堂にすらたどり着けず兵舎を出て行ってたな。
「訓練は隊ごとに分かれてやるのか?」
「訓練以外もだ。見回りだったり遠征だったり、他に任務があるときは訓練がなくなる。今日は運が悪かっただけで、意外と休める日はあるな」
てっきり訓練だらけと考えていたが、それなら耐えられる余地が出てきた。
「ここが食堂だ」
長テーブルがいくつも並ぶ高校や大学にあるような大きい食堂に、百人を超える衛兵が集っていた。同じ格好なのが壮観で自分もその一員だと気づいて妙な気分になった。
厨房のカウンター前にできた列に並んでトレーを取る。流れに身を任せると自動的に料理がのせられて、空いている場所を探して席に着いた。
「いただきます」
「しっかり食えよ」
疲れすぎて食欲はいまいちだが食べるのも仕事の内か。まずはトマト系のソースがかかった短いパスタを食べる。
「……うん、ちゃんと美味しいな」
「外の店に比べると味は落ちるけどな」
「あの時は外の任務をしてたから飲食店にいたのか?」
「あれは町の見回りだ。飯は交代制だが、町の中は割と平和でみんな好き勝手に休憩を取ってるよ」
心配になるいい加減さで呆れてしまう。
「野盗と盗賊の取り締まりはどうなってる?」
「どっちも町の外が主戦場だ」
任務によっては楽できるのが衛兵を続ける理由になってそうだな。
パスタの次は豆と野菜を煮た何かを食べてみる。甘みがあって濃い味付けなので、パンにつけてみるとちょうど良かった。
予想に反し食は進んで、あっという間に皿が空だ。あまり期待してなかったがこれはありがたい。モチベーションにはなるな。
よくよく考えると、衛兵をすぐに辞めるのはデリックさんと顔を合わせずらくなる。向こうは気にしないだろうが、しばらく頑張ってみるか。
「午後の予定は?」
食器を返却し、ヨークスと食堂を出る。
「聞いてなかったのか? 手配書をひと通り確認したら仮眠で、その後に夜の見回りだ」
仮眠はありがたいが手配書か……。
階段を上がって廊下を歩き、二つ目の部屋に入る。シンプルな椅子とテーブルが並ぶ様子も不思議と既視感があった。全体的に役所っぽい気がする。
壁際の棚に冊子と言うには分厚い束がいくつもあって、その一つをヨークスに渡される。
「全部、野盗や盗賊の似顔絵だ」
「多すぎるだろ……」
「どこかで野垂れ死んでいても、こっちにはわからないんだよ」
結果、ずっと残り続ける手配書があるってことか。
「さすがに人相の雰囲気も変わるし一定期間でリストを外れるが、この量だ」
人様に迷惑をかける連中が多いんだな。
「まさか、全部覚えろって?」
「それが仕事なんだよ」
ワニワニ団の剣を持っていた時はともかく、門の出入りは素通りだったもんな。顔は一応確認されてたわけだ。記憶を頼りに見張っていたとは頭が下がる。
席に着いて似顔絵とにらめっこを始める。食後というのもあって、早くも眠気が襲ってきた。
続々と部屋に同じ隊の衛兵が集い、あくびが度々聞こえてくる。明らかに訓練の順番が間違ってるな。
「おい、仕事だぞ」
身体を揺すられて起きると、ヨークスが準備万端に立っていた。
「仕事……仕事ね……」
異世界にきてから、めっきり縁遠くなっていた感覚にため息が出た。
仮眠をした安ベッドが六つ並ぶ部屋は少し寂しい。衛兵を辞めない限りは寝起きするところになるみたいだが、ずっと過ごすとげんなりしそうだった。
「寮生活は必須なのか?」
「新人を卒業すれば自由な反面、外で暮らす支援はなしだ」
プライベート空間が欲しかったら給料で勝手にしろと。一日二日だけを町の宿で泊まれるのなら、リフレッシュはできるな。
窓の外はすっかり暗く準備を済ませて寮棟を出る。渡り廊下から本棟に移動して、手配書を覚えた部屋に入る。どうも、ここが所属する第十二衛兵隊用の場所らしかった。
すぐに席は埋まって教官が最後に入ってくる。
「各自ルートを確認しろ」
配られた地図に目を落とすと、ピンとこない道に印が続いていた。
「では解散。任務に移れ」
みんなが席を立って部屋を出ていく。これ、一人ずつが担当するエリアってことか。絶対に新人へやらせる仕事ではないな。
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