第40話 第十二衛兵隊
「グラウンドを五十周だ! 体力が肝心なのを忘れるな!」
学校を思い出すグラウンドで自分含め三十人の集団になって走る。周りが壁に囲まれ、シンプルなレンガ造りの建物や小屋があるだけの風景は牢舎に似ているが、ここは衛兵が集う兵舎の敷地だった。
第十二衛兵隊とやらに配属されて初日。つるっぱげの教官に指示されるまま、必死に走る。なぜこんな事態になってしまったのか。昨日の安易な提案に乗ったことを、すでに後悔したくなってきた。
◇
「筋はいいと思います」
「はぁ、はぁ……ありがとうございます……」
フェルス邸で朝食を終えた後。帰るタイミングを窺っていたらデリックさんに話しかけられ、元冒険者と明かされて訓練をつけてもらう流れになった。
めっきり冒険者家業を離れていたが、ちょっとは成長してるはずと挑んだものの当然のように歯が立たなかった。
「剣の基本的な扱い方は冒険者を始めるのに十分な水準です。その反面、体力には不安が残ります」
だろうなと自分でも納得する。むしろ、剣のほうは甘い判定な気がした。
「ラヴィ様の回復魔法は驚くほどの域に達しております。ソーダ様が傷を負ってもすぐさま回復するでしょうが、体力についてはそうもいきません」
冒険者になると言ったラヴィを認めたのは回復魔法が使えるからこそか。本人は少し得意と控えめな感じで言っていたのに、デリックさんがここまで褒めるとは。女神を名乗るだけはあった。
「おそらく、冒険者に身を置かれても危険度が低い依頼を受けるのが精一杯でしょう。ご自身の技量を向上させるのに割く時間も中々取れず、足踏みが続くはずです」
実際、デカジリツムリを倒すしかなくて食費すら稼げなかったな。
「そこで提案がございます。短い期間でも構いませんので、衛兵になるのはいかがでしょうか?」
「衛兵……?」
唐突な案に疑問しか浮かばない。
「最低限の衣食住と安全を確保しながら実力の底上げをするのに適した職業になります。訓練は厳しいですが、冒険者を惰性で続ける感覚に陥るのに比べて前向きな気持ちで準備に勤しめるでしょう」
確かにデカジリツムリの討伐から抜け出せずにいたときは、剣を借りていたのもあってどうしたもんかだったな。主に俺の体力よりラヴィの貧弱さが問題なんだが。どこで食べた分のカロリーを消費してるんだと。
「何か特別な待遇を受けられるわけではございませんが、衛兵隊に紹介することは可能です」
わざわざ衛兵になるなら特別待遇がほしかった。ぬるま湯こそ求める場所だ。
「辞めるのは簡単なんですか?」
「もちろんでございます。しかし、新規入隊の期間というものが存在するため、そこで辞めてしまうと給与を受け取れません」
餌をぶら下げて辞めるのを躊躇させるわけだ。まあ、いざとなればラヴィに資金の融通を頼めるしな。貧乏はかかってこいだった。
「じゃあ、試しにやってみます」
ディリアに訓練を見てもらおうと考えてたけど、その前に多少は基礎的な力をつけておこう。
◇
「休むな! 剣を持て!」
グラウンドをなんとか走り終えて、小屋に立てかけられた剣を持つ。当然、周回遅れも周回遅れで素振りをする衛兵たちに後から合流する。足にはまったく力が入らず適当に剣を振るしかなかった。
「足を動かせ足を!」
入隊初日の新人にやらせる訓練内容かと言いたい。いきなりこんなハードだと逃げ出すやつらばかりな気がするんだが。
他の二十九人はある程度余裕を持って動いている。訓練を耐え抜いてきた連中なんだろうが、ドエムか何かなのか。
すぐに腕が重くなって投げ出したくなる。剣の振り方などは教えてもらえず、見て学べ系で大変だ。
何度も教官に怒声を浴びながら午前の訓練を終える。地面に倒れ込んで逃げる算段をつけていると、どこかで見た顔の衛兵が側に来た。
「よお、ソーダだったよな?」
「……ヨークスか」
思い出した。飲食店で同席した衛兵だ。同じ隊の中にいたとは気づかなかったな。
「冒険者は諦めたのか?」
「……その前に体力をつけにきた」
「そりゃ随分気合の入った下準備だな。ま、男が冒険者を目指すなら必要なことか」
納得したところ申し訳ない。こんな場所にいられるか、っていうのが今の素直な気持ちだった。
「ほら、着替えて食堂に行くぞ。食べなきゃやってられん」
ヨークスは俺が逃げると微塵も考えてないらしい。手を貸してくれたので足を震わせて立ち上がった。
並んで建物へ向かいながら若干の迷いが生まれる。ここで衛兵を辞めると宣言したら、なんだお前となりそうだし。ミジンコ並みのプライドでも大事にしたかった。
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