第39話 消化不良に優しい味

「えっと……」


「お帰りになられたようです」


 デリックさんが何気ない調子で言う。何事もなく帰れば普通の来客扱いか? 住む世界が違うとため息が出た。


「たこ焼き屋は必要なくなったと思っていいですか?」


 話を色々と聞いて浅はかだったと反省する。個人で勝手にやる分には良くても、外の住人云々は完全に余計な提案だ。


「紅盗賊団に関連し、外で暮らす住人にも商人が持つ悪印象は引っ張られております。お嬢様も常々気にされている事柄で、ソーダ様が持ってこられた料理はイメージを払拭するのに役立つかもしれません」


「とても美味しかったです。お店を開く支援はさせていただきます」


「それは……ありがとう」


 フェルスの言葉に安堵する。当初の目的は外の住人が置かれた状況の解決だったが、とりあえずは第一歩と考えてよさそうだ。たこ焼き作りが無駄にならなくてよかった。


「んふぅ……」


 ふと大人しさに気づいてラヴィを見ると前傾姿勢で寝息を立てていた。難しい話で睡眠欲が食欲を上回ったか。ある意味、見習いたい能天気さだ。


「たこ焼き屋は整備予定の集落で開くことになるんですかね」


 どちらに聞くか迷ったが、実務的な用件はデリックさんに聞くのが正解なはず。


「話題性を考慮すると、そのほうがよいでしょう」


 港町のノドゥスだったか。そこへの新しい道が開通するまではお役御免だな。


「野盗とつながりを持つ貴族の当てはあるんですか?」


 さっきのやり取りで気になった点について確認する。結局のところ、ドミナを納得させるには悪徳貴族への対処が不可欠に思えた。


「誰もが怪しく見える段階でございます。元々、イニティウムの政治とは距離を置くのが主の方針だったため、各種調査を行う人員は限られており簡単にはまいりません」


 町で放置されていた問題に首を突っ込んだら壁に阻まれたと。フェルスが来たばかりなのを考えたら町の中では新参者の貴族になるんだしな。色々な事情を調べるにも時間はかかるか。


 さすがに手伝える要素が皆無で静観を決め込むしかない。たこ焼きもしばらくは自分で楽しむだけだ。もやっとした結果で消化不良だな。


「はっ!?」


 ラヴィが急に顔を上げて目を見開く。俺を見てフェルスを見て空の皿を見て、何度か短く頷いた。


「たこ焼きはまだでしょうか?」


 言うと思ったセリフそのままで呆れるのも忘れてしまう。少しは食べ過ぎで消化不良を感じてくれ。


「お食事にいたしましょう。申し訳ございませんが、ソーダ様にはたこ焼きの調理をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「はい、作りますよ」


「何か合う料理をこちらでご用意させていただきます」


「それって、俺も食べさせて……?」


「もちろんでございます」


 真っ当な客人のもてなしをされて安心した。




 ◇




「朝か……」


 ベッドを起き上がり、窓のカーテンを開けて当たり前の言葉を呟く。またこの屋敷に泊まれるとは思わなかったな。


 フェルスとは食事時にしか顔を合せなかったし、ようやくまともな付き合いができる。今後もラヴィを通して世話になることは多いはずだ。


 久しぶりのふかふかベッドに寝転び直し、二度寝しかけたころでドアがノックされた。


「失礼いたします。ソーダ様、起きておられましたか。おはようございます」


「おはようございます。何か用ですか?」


「昨日に引き続きお手間を取らせてしまうのですが、朝食にたこ焼きを作っていただいてもよろしいでしょうか?」


 朝からたこ焼きとはまた重いメニューだな。食欲モンスター直々の注文か。もっと美味しい料理を食べさせてもらってるだろうに。


「任せてください」


 支度をして厨房へ行き、早速調理に取りかかる。ラヴィはともかくフェルスに同じたこ焼きを提供するのも芸がないし趣向を変えるか。


 魚の出汁を分けて一方に調味料を加えながら味を調える。出来上がりのたこ焼きをそこに入れたら完成だ。材料さえあれば大した手間はかからなかった。


 お抱え調理スタッフの料理を待って、配膳用の台車と一緒に食事部屋へ移動する。


「おはようございます!」


「おはよう」


 いつもの元気な挨拶に返事をしてお辞儀をするフェルスの向こう側、ラヴィが座る隣に腰を下ろす。すぐにテーブルへ料理が並べられていただきますだ。


「こ、これは……ソーダ! たこ焼きがスープに浸かっちゃってますよ!」


「そのまんま、スープたこ焼きだな」


 しっかり出汁を吸うたこ焼きは簡単に崩れる。スプーンで上品に食べると優しい味が口の中に広がった。


 ラヴィはたこ焼きをすくって一口にもちゃもちゃ食べる。フェルスが見習って食べるんだから、少しは考えてほしいもんだ。


「こ、こんな隠し玉があったなんて……」


 味に満足なのは十分に伝わる。作った甲斐はあったな。

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