第37話 紅盗賊団

「よし、やるか」


 だだっ広い厨房に連れて来られて一人で作業に取り掛かる。手間ががかかる生地とソースに使う出汁、それにコジリツムリの下処理は事前にしてもらっている。あまり待たせずにたこ焼きを提供できそうだ。


 ラヴィがフェルスの元にいるし多少は時間稼ぎになる。焦らず作っていこう。


 まずは野菜の出汁にスパイスや各種調味料を入れて煮込んでおく。ここのコンロはつまみがあって、ひねると簡単に火がついてくれた。何もない場所で火が出ているため魔導具ではあるようだ。


 次はボウルに卵黄とお酢、塩を入れてかき混ぜる。手では面倒なのでラピスに追加で制作を頼んだ泡立て器の魔導具を用いた。


 油を加えながら続けるとあっという間にマヨネーズが完成する。これがあれば格段に味が高まった。


 後は生地を配合して熱した鉄板に流し込む。中身はコジリツムリのみだ。市場で見つけた生姜はラヴィが渋い顔をしたから抜きで、他の材料も入れずにシンプルな味にした。


 慎重に引っくり返し、出来上がりのたこ焼きを皿にのせる。そこへソースとマヨネーズをかけて、乾燥した魚を砕いた魚粉をトッピングすれば調理は終わりだった。


 冷めるのは避けたいので満足もそこそこに廊下へ続くドアを開ける。


「できたんで持っていってください」


「わかりました」


 調理の様子を見ないようにか厨房の外で待機していた使用人に声をかける。別にそんな配慮はしなくてもよかったんだが。


 配膳用のワゴンでたこ焼きが運ばれていく様子はどこか滑稽だ。並んで廊下を進み食事部屋に入ると、フェルスとラヴィがこっちを向いた。


「わたくしの分もありますよね?!」


「……作ってるし、材料はまだある。もっと食べたいなら後でな」


「おお! いっぱい食べたいです!」


 まったく、困った女神様だ。


 使用人によって二人の前に皿が置かれる。


「出来立ては熱いので注意ですよ!」


「切ったほうがいい?」


「一口でいくのが美味しい食べ方です! やけどを覚悟で!」


「いや、食べ方は自由だな」


 個人的には賛成するが、お嬢様に下品な真似はおすすめできない。


「いただきます」


 フェルスは注意を気にせず、たこ焼きを一口に食べた。余計なことを言うから無理をさせて……。


 しかし、少し口を手で押さえるだけで表情は変化しなかった。同じように食べて、はふはふとうるさいラヴィとは大違いだ。


 量が多くても困らせると、皿に用意したのは中途半端に三つだったがすぐになくなる。これは手応えありか……?


「おかわりをお願いします!」


「フェルスの判断を聞いた後でだ。このたこ焼きを売る屋台的な小さな店を開こうと考えてる。ぜひとも資金面で支援を頼みたい」


 口を上品に拭いて、フェルスがこっちを見た。


「店自体は人を雇う形で行うつもりで、理由はラヴィに聞いてると思う。魔王の討伐を主目的に冒険者の活動をする予定なんだ」


 夢物語でもやる気が伝われば十分。色々と盛って訴えよう。


「お店が邪魔にならない?」


「正直、手に余るし店は任せっきりになる。元々は故郷の料理を食べたくて始めた気まぐれだった。でも、ある人物の周辺事情を知って気持ちは変わった」


 納得してもらいやすいように、話を適当につなげ合わせて説明する。


「町の外で生活を送る住人の力になりたいんだ。暮らす本人は不自由じゃないと言ってたけど、町の中と違って差は大きい。そこの人たちを雇えば多少は助けになるはずだ」


 フェルス自身がどこまで事情を知ってるかだが……。


「町の外で暮らす方々は、私たちの間でも問題だと認識しています」


 そういえば、教会を建てたりの支援はしてるんだった。飲食店の儲けで必要以上に懐を圧迫しないか、たこ焼きの底力が試される。


「少しよろしいでしょうか?」


 いつの間にか横にデリックさんがいて驚く。


「定期的な会合で町の外で暮らす住人へ追加支援を行うことについて、度々議題には上がっております。しかしながら、一部の反対により実現には至っておりません」


 貴族の集まりで一応は話し合われてたんだな。反対っていうのは資金面で渋る勢力がいるのか?


「紅盗賊団の存在が足踏みの原因になっています」


 なるほどと腑に落ちる。そりゃまあ、貴族を狙って盗みをするんだ。外の住人とのつながりもわかってるんだろうしな。


「でもその盗賊って、元々は町を追われたのがきかっけで生まれたんですよね?」


 許す許さないは一度忘れてほしい。全てを飲み込んで問題の解決を目指すのが貴族の器量だと、そう思うのは庶民ゆえか。


「そこの男が感じる疑問はもっともね」


 乾いた声に横を向くと、フェルスがいる長テーブルの反対側に一人の少女が座っていた。

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