第36話 お屋敷リターンズ
「お迎えに上がりました!」
冒険者ギルドの前で待っていると、アウクシリア家の馬車を降りたラヴィが手を振る。
「ウィスさんはまだ来ていらっしゃらないんですか?」
「だな」
集合はざっくり昼前と伝えたが、遅れるイメージはないしボスに却下をくらったのか?
試作を繰り返し納得のいくたこ焼きが完成したので、今日はフェルス邸を訪ねることになっている。ラヴィが事前に段取りをしてくれたが、やはり本人に会うのは緊張感があった。
「では待ちましょう!」
「いや、これから交渉しに行く相手を優先すべきと思うが」
待たせて悪印象を持たれるのは避けたい。俺のことなどすっかり忘れているんだ。揉み手で愛想笑いを武器に資金を引き出したかった。
「フェルスさんはとても優しい方ですよ? 一日ぐらい遅れても大丈夫です!」
そんなわけがあるかと。信用第一で挑むのが筋だ。
「店はウィスたちに任せる前提で話せばいい」
もう、ここまできたら了承を得る前に好き勝手言ってしまおう。どうにでもなれの心づもりで、行き違いが生じれば逃げの一手で。最後には紅盗賊団のボスに刺されたりしてな。
「ほら、先に馬車へ乗ってくれ」
「むー、ウィスさんには後で会いに行きましょうね!」
ディリアを誘えば町の外でも場所がわかるし、ラヴィと二人で会いに行ってもらうか。俺は事後報告を安全な場所で待とう。
もし、ラヴィが牢屋行きになったらフェルスの怒りに触れそうだ。紅盗賊団との全面戦争が起こるとウィスには恨まれるだろう。愛の祝福関係なくどこかで命を落とすな。
早速、馬車に乗り込んで出発だ。荷物はたこ焼き用の器具だけで、食材は向こうが用意してくれている。貴族様に食べさせる高級料理とは程遠いが美味しければ問題はないか。
「今回の件が上手くいくと冒険者を始めることになるけど、二日三日屋敷を開けてもフェルスは平気なのか?」
すっかり屋敷に住み着いてるしな。刺される刺されないは置いといても普通に仲良くなりすぎて、本人が依頼について来ても驚きはなかった。
「理解ある方なのでご安心を!」
ラヴィを独占しやがって、と俺に恨みが降りかかるかもと疑う程度には不安だな。
「冒険者になったと言ってたが誰かと依頼を受けたりは?」
「いえ、登録を済ませただけです」
知らぬ間に頼りになるパーティメンバーはできてなかったか。
「先輩冒険者のディリアがいたろ? 実は一緒に依頼を受けてくれるみたいなんだ」
「おお! それは心強いですね!」
「頼りになるなら、そのままパーティに入ってもらおうかと考えてる。オーラがどんなものだったか覚えてるか?」
相手が男でも一応は聞いておこう。イケメン過ぎて見ようによっては女にも感じるし。
「少し複雑な面はありますが、愛の方向が自分を指しているんでしょう」
「なるほど」
自分が大好きなのは行動で大体わかってた。単純にナルシストってことでいいんだな。
会話をしながらも外の景色が変わるごとに嘆息する。たこ焼きを一蹴される可能性もあって、ドキドキしてきた。
「フェルスの口にたこ焼きは合うと思うか?」
「もちろんです!」
ラヴィの全肯定が精神安定剤だ。
「もし反応が悪かったらフォローを頼む」
「お屋敷のお食事とそん色なく美味しいですよ? 心配しすぎです!」
さすがに比べるものじゃないな。珍しさがどこまで通用するかだ。
気が付けば屋敷に着いて馬車を降りた。勝手知ったるラヴィの後ろを歩いて、久しぶりの場所に妙な感覚に陥る。
エントランスに入ると、まさかのフェルスが一人で立っていた。
「ソーダを連れてきましたよ!」
ラヴィが小走りに近づいて手を取り、上下に振る。あのフェルスが微笑んで対応する姿が新鮮で、驚きしかなかった。
「あー、ラヴィの仲間をやらせていただいてるソーダです。この度はお招きいただき……」
「そんな畏まらないでくださいよ!」
「いやいや……」
「フェルスと申します。ラヴィさんと同じように接してくだされば嬉しいです」
落ち着いた声だったなと思い出すのに合わせて腹部が気になる。刺されたのは遠い昔に感じるが、身体はしっかり覚えているらしい。
「じゃあ……フェルス。よろしく頼む」
「はい。よろしくお願いします」
逆らうのも怖いしフレンドリーに笑顔を引きつらせる。
「これで仲直りですね!」
「仲直り?」
のんきな考えなしの発言にフェルスが首を傾げた。
「それは俺とじゃなくて、町の外に住む人たちへの言葉だ。今回の要望に関係する話で……」
俺が取り繕う姿にラヴィまでが首を傾げるこの状況。フォローは期待するだけ無駄か。
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