第34話 鏡代わりの剣
「え、ラヴィってもう冒険者登録を済ませてたのか?」
「はい!」
てっきり冒険者には一緒になると思ってたのに、まさかの抜け駆けとは。過保護ついでにフェルスかデリックさんが立ち会ったと見える。
ソース作りを始めた翌日。冒険者ギルドの前でラヴィと合流した後に予定を話す。
「今日は先にラピスの工房へ行ってくれ」
スパイスの入れ具合を試す段階になっているし、俺がいなくても大丈夫だ。
「ソーダはどうするんです?」
「少し冒険者になる準備をすると説明しといてくれ」
「わかりました!」
すぐに納得して、手を振りながら歩いていくラヴィを見送る。
「さてと」
冒険者ギルドの中に入って酒場側で席に着いた。注文は取らずに入口を見張りつつ時間を潰す。待つのは町の外で一緒の牢屋に入った、イケメンのディリアだ。
ウィスへの攻め手で必要な人材なのでぜひとも出会いたい。冒険者で腕を磨いてると言ってたのを信じて、受け身になるしか方法がないのがつらいところ。
しばらく粘っていたが、そろそろ工房に顔を出すべきか。始めた張本人が無責任な行動を取って信頼を失うのは悪手だ。
張り込みをした初日は空振りに終わって二日目。ラヴィを見習い受付のお姉さんを通して伝わるようにするか? いや、向こうを一方的に知ってると思われたら不審がられるな。
いっそのこと時間が巻き戻ると明かすのもいいけど、あまり周囲に広まるのはマイナス面が大きい。何かしら悪だくみにも使えるだろうし、その場合には殺されるのが日常になる。
口の軽さはラヴィで十分。慎重な姿勢は続けたほうが無難だった。
「お……?」
背中を伸ばし入口に視線を戻すと、掲示板へ向かう見覚えのある背中を捉える。黄色の装飾が入った服は印象的で、立ち上がって側に近寄り横顔をチラ見して本人なのを確認した。
「ん? ぼくに何か用かい?」
「ちょっと時間、いいか?」
「構わないよ」
人当たりの良さはそのままだ。近くのテーブルに着いて話を切り出す。
「冒険者を始めようと思ってるんだが、勝手がよくわからず悩んでるんだ。男が珍しくて声をかけさせてもらった」
「冒険者は女性が多いからね。ぼくにできることがあれば力になるよ」
「助かる。俺の名前はソーダだ」
「ぼくはディリア。よろしくね」
改めての出会いだけど、またどこかで会えるとは言われていた。記憶になくても結果は一緒だな。
「実は剣を買うのに失敗した経験があって。選び方を教えてくれるとありがたい」
ワニワニ団の剣を拾った失敗だ。嘘は言ってない。
今だとラピスに頼むほうが楽ではあるものの、ディリアと違和感なく距離を縮める手段にはもってこいだった。
「お安い御用さ。剣を振った経験はあるのかい?」
「簡単に剣の扱いは学んだな」
「なるほどね」
冒険者ギルドを出てディリアの横を歩く。
「ここら辺は冒険者に必要な武具や道具を売るお店ばかりなんだ。駆け出し用に中古品も並ぶから注意がいるね」
ちゃんと参考になる教えを聞きながら剣と盾の看板を掲げる店に入った。
店内は少し薄暗く金属臭というかカビ臭さを感じる。くしゃみが出そうだ。
「タルの中にある物は中古品と思ってくれていいよ」
入り口横に置かれたタルへ、何本もの剣が突っ込まれていた。
「ほぼ剣なんだな」
「一番メジャーでその分、品数は多くて手ごろな品があるね。予算はいくらなんだい?」
「一万ルナで買えると助かる」
まだラヴィに追加で資金を受け取っていなかったため巾着袋は軽かった。
「それならこのあたりかな」
棚が二つあるだけの狭い店内を移動して壁際を眺める。シンプルな形の剣ばかり並んでいるが、普通に心が躍った。ただ、選ぶ基準はさっぱりだ。
「重を気にするのがいいね」
「自分の力で振り回せる程度の重さってことか」
「軽すぎると威力の低さにつながるから、注意が必要だよ」
ディリアが取ってくれた剣を持って上下に動かす。ちょうどいい加減の重さがどれぐらいか、判断するのが難しい。
「こっちはどうだい?」
代わる代わる持たされるが自分じゃピンとこなかった。
「うん、これが一番似合ってるね」
最後に手にしたのは鍔部分が短く作られた剣だ。無骨さがかっこいいな。
「じゃあ、この剣にするか」
先輩には全面的に従おう。
「後は剣の鞘と腰に下げやすい服を買ったほうがいいかな」
「……服の値段は?」
「剣よりも安いね」
だったら大丈夫か。剣を買い、別の店を周って革の鞘と若干安っぽさのある服を見繕ってもらう。フェルスのとこで着てた服と比べると着心地が明らかに悪かった。
「一端の冒険者になったね」
「確かに強くなった気はするな」
「見た目は大事だよ。お金はかかるけど、できればソーダも綺麗に輝く剣を持つべきだね」
「それは……どういう?」
意味するところがわからず首を傾げる。金ぴか装備はいやらしさが勝つ。カッコよさで言うと鈍く輝くほうが、個人的には渋さがあって好きなんだが。
「こういうことさ」
ディリアが腰に下げた剣を抜いて縦に構える。相当磨かれているのか、鏡のように反射していた。
「剣が輝いていれば、自分の美しい顔がいつでも確認できるのさ」
「……」
イケメンもここまでくると清々しいな。
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