第29話 愛の女神万歳!

「できたよ!」


 天気の話題すら尽き始めた頃にラピスが鉄板を持って階段を降りてきた。


「ほら、見てみなって!」


 テーブルに置かれた長方形の鉄板には半円の穴が綺麗に並ぶ。完全にたこ焼き器で不思議と懐かしさを覚えた。


「ばっちりだ」


「料理に使うんだよね?」


「故郷の料理にはなるのか」


 たまに食べるぐらいだったが自分で作ったこともある。食材のほうが後回しになったけど小麦粉さえあれば、なんとかなるはずだ。


「へえ、どこかでお店出すの?」


「上手く行けばだな」


「ちょっと食べてみたいなー、なんて」


 クーラとは正反対の積極性に若干押される。いや、クーラも行動だけを見たら積極性の塊だったな。


 愛の祝福を疑いたくなるが、キッチンを自由に使わせてもらえるのなら応じるのは手だ。念のためラヴィを連れてきて、オーラ診断を頼んで探りを入れるか。


「食べるのは構わないが、代わりにここのキッチンを使ってもいいか?」


 この世界の住人が美味しいと思うか試食も兼ねられる。よく考えるとありがたい話だった。


「それでいこう!」


「食材は要研究だから、感想を聞かせてくれ」


「任せてよ!」


 粉と水の割合など細かくは覚えてない。とにかく回数をこなして最適な配合を見つける必要があった。


「鉄板」


 クーラがいつの間にか手元にケースを用意し、手を伸ばす。鉄板を渡すと小さなハンマーとノミに似た工具を持って、鉄板の裏に文字を刻み出した。


 魔導具化の作業か。場所はどこでもいいんだな。魔力を込めているのか手元が淡く光っていた。


「ソーダはこの町にきて長いの?」


「つい最近だ」


「じゃあ、わざわざお店を開きにきたんだ」


「冒険者をしながらできたらな、ってとこか」


「変わり者って言われるでしょ」


「田舎者で世間の事情に疎いのはある。エルフとダークエルフに会ったのも二人が初めてだし」


「それは元々、わたしたちの絶対数が少ないせいだね」


 なるほど。住む地域が違うのではなく種族的な理由が大きいようだ。


「ダークエルフへの偏見を聞いてもいいか?」


 本人に直接というのもなんだが流れで聞いてみる。ちゃんと知ってたほうが失礼は少なくなるだろう。


「それを知らないって、どこの田舎にいたわけ?」


 ラピスが呆れを含んだジト目で見てくる。東の孤島だとか適当な嘘を挟めばいいのか。


「ま、簡単な理由だって。ダークエルフの一人が魔王軍の幹部になって風当たりが強くなったんだよ。閉鎖的な種族って部分が響いちゃったね」


 魔王が現れてからの話だったんだな。やはり様々なところへ悪影響を及ぼしてるらしい。ラヴィなら愛が失われたと握りこぶしを作って力説しそうだ。






 翌日。宿を出て向かったのは冒険者ギルドだ。ラヴィを一度、ラピスの工房に連れて行きたかった。


 冒険者ギルドへたまに顔を出すよう伝えたが、確実に会える手段を用意すべきだったな。あまり期待せずに中へ入ると酒場側がいつもより賑わっていた。


「飲ませていただきます!」


「よ! 愛の女神、ラヴィ様!」


 騒ぎの中央にはラヴィがいてジョッキを片手に椅子へ立ち、周囲に人が集まる。一体、何をやってるんだか……。


「ぷはぁ! 美味しいです!」


「いい飲みっぷり!」


「愛の女神万歳!」


 周りは女だらけで口笛やらが鳴って近づきにくい。離れて様子を窺うが、普通に愛の女神と呼ばれてるな。


 ちゃんとこの世界の住人に女神だと認識されてるのか? それにしては今まで何の反応もなかったし、信仰の対象的な女神像を見たことすらなかった。


 しばらく遠目に見守るが騒ぎは続く。状況の説明を頼むには誰に聞くか、考えるまでもなく相手は一人。受付のお姉さんだった。


 今回は顔見知り以前の関係性だが、冒険者の依頼報告で何度も言葉を交わしたのにナイフの気配は皆無だった。あの笑顔だし愛に溢れた人物なのは明らかだ。


「あの、ちょっと聞きたいんですが」


「はい、なんでしょうか?」


「酒場が騒がしいのが気になって、何かあったんですか?」


「ラヴィさんが酒場のお支払いをまとめてすると宣言した結果、あの騒ぎになったみたいですね」


 親し気な呼び方にまさかの散財。誰の金で馬鹿をやってると言いたいが、俺が言える立場ではないというか……。


「愛の女神と呼ばれてますよね? 信仰する対象だったりします?」


「ご自身で仰られたのを、どなたかが口にし始めてみなさんに伝わったのだと思います。残念ですが私は、愛の女神について詳しくはありません」


 やはり自称だったのか。もはや呪い疑惑がある愛の祝福を授けられたんだ。邪神と言われても信じる下地はできていた。


「間違っていたら申し訳ないのですが、ソーダさんでしょうか?」


 顎に手を当てながら、ジッと見られて名前を呼ばれる。


「……そうですけど」


「ラヴィさんが探していましたよ」


 どこかで聞いた風な言い方の謎が解ける。ラヴィを介するほかに俺のことを知るわけがなかったな。

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