第28話 秘密基地
「……」
染み一つない天井に首を傾げたくなるが、すぐに思い出す。自由を得た二日目は公衆浴場の近くにある宿に泊まったんだ。
起き上がるとベッドの柔らかさを感じる。千二百ルナと昨日の宿に比べて三倍の値段だが寝起きの良さは明らかに違った。贅沢してみたけど翌日が勝負どころのときに利用するぐらいでいいか。
宿を出てまずは風呂に入る。ずっとこの生活を送りたくなるが、資金源のラヴィに愛を取り戻せと怒られるか。
風呂の後は屋台通りを抜けて昨日と同じ飲食店に入る。
「あ、お兄さん! 今日は席が一つ空いてるよ!」
愛の祝福が頭をよぎって存在を認識されている怖さが少しあった。もう呪いでしかない能力だな。
葉っぱに包まれた米料理を楽しんでテンションを持ち直し、腹ごなしの散歩をする。たこ焼き用の鉄板を頼んでおきながら完成日を聞き忘れていたので、確認をしたかった。
ただ、昨日の今日で会いに行くのは神経質すぎる。間を挟んでクーラのほうにそれとなく聞いてみるか。
どの建物よりも高い塔を目指すが、あんなものを立てる必要性は謎だ。象徴的意味合いが強いと見える。
こんなにのんびり過ごしていると現状維持に満足しつつも若干の不安は覚えた。平和なうちに人並みの戦い方を学ぶべきなのか。
何が正しいか判断がつかず、刺されるたびに保守的な考えに傾いてしまう。メンヘラを拗らせないよう気を付けなければ。
フリーマーケットに再び訪れてクーラを見つける。売ってる品物は同じで心配になるが、鍛冶屋とはいえ屋根付きの建物があったら最低限は休めるか。
クーラとラピスの関係性やエルフとダークエルフの関係性はさっぱりだ。二人の仲が良いのは伝わったが。
「ソーダ」
顔を見せると名前を呼ばれる。
「クーラ」
お返しに名前を呼ぶと顔の横で手のひらを開いた。意志表示がいまいち読み取りずらいな。ラヴィを見習えとは言いにくいが一挙手一投足を大げさに表現してくれ。
「昨日頼んだ鉄板の完成予定日をラピスに聞いておいてほしい」
クーラは黙ったまま瞬きを繰り返し、地面の布を品物ごと包んで荷物にした。
「ついてきて」
「……」
俺の話はスルーで、また鍛冶屋の工房に連れていかれるのか? 催促する真似は避けたいが流れに身を任せよう。
「もうちょっとだから待ってて!」
工房に着くとラピスが作業中だった。炉を離れてテーブルで小さなハンマーを使い、金属の音を響かせる。一日で完成間近とは予想外だ。
「こっち」
後方腕組み勢にになって見守ろうとしたけど、クーラが地下へ行くので後を追う。暗い階段の先では暖色系の灯りが迎えた。上と違って全体が石造りでキッチンスペースや暖炉、テーブルと生活感に溢れていた。
衝立の向こう側はベッドだし、秘密基地っぽくて羨ましい物件だ。
「座って」
椅子に座るとクーラがやかんに水を入れて、コンロのように爪型の形に加工された鉄の上へのせる。そして、指をパチンと鳴らすと鉄の中央に火が揺らめき、やかんの底を熱し始めた。
おそらくコンロ型の魔導具だ。便利過ぎるが魔石がいるみたいだし使い放題とはいかないんだろう。
上に換気扇が設置されているため二酸化炭素の心配は大丈夫。やかんが湯気を上げると葉っぱを入れたティーポットに中身を移す。茶色く色が変わって、テーブルに置いたカップに注いでくれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
熱さを気にせず頂く。紅茶に似た味で柑橘系の風味がある。普通にもてなしを受けてしまったな。
「ここに二人で暮らしてるのか?」
無言よりは適当に会話するほうが楽だ。
「自分は居候」
「なるほど、ラピスの自宅なんだな」
「そう」
依頼がこない口振りだったが鍛冶屋は儲かるらしい。物作り方面はスキルを習得するのに時間がかかるイメージがあって、目指すのには覚悟がいる。かといって剣を振り回すのも苦労ばかりだが。
「そういえば、鉄板を魔導具にする値段はいくらになるんだ?」
「任せる」
「……」
相手に委ねるのはエルフとダークエルフの気質なのか。正直困る。
「じゃあ、鉄板と同じ一万ルナで……?」
魔導具化の相場は想像すら難しい。巾着袋が寂しくなってきたけど鉄板と同じ金額を提示し、なんとなく辻褄を合わせた。
「それでいい」
一体、安いのか高いのか。駆け引きというには捻りがなかったな。
「鉄板が今日完成したとして、魔導具にする期間は何日かかる?」
「今なら一日か二日」
何か日によって違いがあるんだろうか。
「自分の魔力を消費するから」
「へぇ、魔導具化をするにも魔力を使うんだな」
未だにファイアボール二発分の魔力量の俺だとかなりの日数になりそうだ。話的に、クーラは一日経っても回復しない量の魔力を持つのか。さすがはエルフだ。
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