第27話 ピアスだらけのダークエルフ
「これ、どんな方法で魔導具になってるんだ?」
「呪紋を刻む」
エルフが鉄板をひっくり返すと裏面にびっしり謎の文字が刻まれていた。ぼんやり頭に浮かぶ既視感の正体を探って気づく、魔導書の文字と似てるんだな。
例えばたこ焼き用の鉄板を作ったとして、後から魔導具にできるのか? 色々聞きたいことはあるが、ラヴィが言っていたオーラの話を思い出す。
目の前にいるエルフは肩出しの薄着ファッションで、胸は控えめだが間違いなく少女だった。もし愛の祝福が愛に飢えた相手を狂わせるのであれば、異性に接触するのは極力避けるべきだ。
しかし、エルフとお近づきになれるのなら刺されるぐらいは、とラヴィを馬鹿にできない考えが浮かんでしまった。ファンタジーを目の前に回れ右は難しい。
「呪紋は自分で刻むのか?」
「そう」
「持ち込んだものを魔導具にするのは?」
「可能」
となると軽食屋を開くのに現実味が増したな。大層な火元を用意せずに済むのは大助かり。出会いを含め運が回ってきてるときは、迷わず進むのが正解だ。
「実は特殊な鉄板を作ろうと計画中で、ここに持って来れば魔導具化を頼めるか?」
「……」
エルフの少女は何度か瞬きを繰り返し、地面の布を品物ごと包んで荷物にした。
「ついてきて」
言葉足らずだが歩き出す背中を追う。どこかに工房があって、注文はそこでするのかもしれないな。
馬車に乗る様子はなくマイペースに移動する。呪紋を刻むだけなら書斎みたいな場所でも行えるように思えるが、特殊な道具を使ったりはしそうだな。
「名乗っておくがソーダだ」
「クーラ」
この簡潔さというか、大人しさはエルフ特有の性格? そもそも、種族の名称をエルフと呼ぶのも決めつけだった。
「クーラはエルフで合ってるのか?」
「合ってる」
この世界の言語が日本語と違うのは看板などを見れば明らか。異世界に来た影響を受けてのことか、言葉が理解できるのは妙な感じだ。種族名も自動的になじみのある名詞に置き換えられている可能性はあった。
「ちなみに、エルフはあまり見かけないけど住んでる場所が違ったり?」
「別の理由もある」
世間に疎い失礼気味な質問にも答えてくれるし、いいやつと見える。この調子だと愛の祝福が影響を及ぼすか、どうにもわかりずらいな。
喧噪を離れてしばらく経つ。地図を開いて確認すると冒険者ギルドに近づくルートだった。この間にあるエリアは……?
その時、金属を打つ音が遠くに聞こえてくる。前方には煙が上がっており、次第に油や鉄のにおいがしてきた。
――カン! カン!
周りの建物は入口が大胆に開いていて、筋骨隆々の男たちがハンマーを持って振り下ろす。その光景だけでも熱を感じるが、実際に汗まで出てきたな。まさに鍛冶屋という佇まいの平屋が立ち並んでいた。
鉄板を作るところから立ち会うなり意見を出すなりするのか? 事前に値段の相場を調べておきたかったのに、行動が早すぎる。意外に商魂逞しいエルフだった。
ラヴィにもらい受けた所持金で足りるか心配になっていると、クーラが道を曲がる。先の通りは馬車一台が通れるぐらいの狭さで、両隣は建物の壁が続いた。
一本道のど真ん中にある不自然な井戸を越えて突き当りの平屋へ入る。挨拶すらしなかったので自宅かと思ったけど、内装が完全に鍛冶屋だ。炉には火が入っていて不用心だし……。
「待ってて」
奥に地下へ続く階段があって、下りていくクーラを見送る。ハンマーなどの工具や細長い金属が壁に立てかけられている様子は男心をくすぐられるため、待つのは苦じゃなかった。
しかし、エルフと鍛冶屋はミスマッチな組み合わせだ。勝手な想像なのは承知の上だが、やはりドワーフ的な種族が似合う気がしてしまう。
「きゃくー? どうせすぐ他のとこ行くんだし、わざわざ呼んでこなくてもさー」
クーラが階段を上がってくると、その後ろに耳の長い少女が続いた。エルフかと思いきや褐色の肌で驚く。
「ダークエルフ?」
「ほら見てよ。偏見のこもった目、じゃない……?」
つなぎ風の作業着を上だけ脱いで腰に巻いてる姿がいかにも職人っぽい。身体つきはクーラに似ているが、耳はピアスだらけで中々のいかつさだ。
「ソーダ」
「ソーダって何?」
「名前」
「この人の?」
ジロジロと値踏みされるような目つきがむず痒い。
「ダークエルフが好きな変態なの?」
「……それこそ偏見だ」
さっきの物言い、ダークエルフは周りから偏見を持たれる種族なんだろうか。もしかして、ラヴィが言うところの愛に飢えている状態に近いのでは。静まれ、愛の祝福よと腕を押さえて念じておく。
「まあいいや。わたしはラピス。依頼する気があるなら言ってよ」
「半円の穴というかへこみが二十個並ぶ鉄板が欲しい。半円の大きさはこれぐらいだ」
とりあえず試しで穴の個数は控えめに、指を丸めて大きさを簡単に示す。たい焼き用の鉄板よりは手間的に安く作れる気がした。
「また変わった注文じゃん。一列に並べればいい?」
「縦四、横五の長方形で頼む。穴同士の間隔はほんの少しでいい」
「おっけー。作ってみるよ」
「あ、先に値段を教えてくれ」
「いくら出したい?」
「……」
この世界の常識に疎い身だと非常に困る返しだった。冗談と言い出す気配もなく巾着袋の中身と相談する。エルフとダークエルフに出会えたんだ。別にぼられても許せるし、なんなら自分が稼いだ金じゃないしな。
「一万ルナでどうだ?」
「それで請け負うよ」
ラピスが頷いたので相応か高い値段設定だったらしい。
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