第26話 三白眼のエルフ

「お待たせいたしました!」


 目の前の衛兵、ヨークスが食べるのを邪魔しちゃ悪いと会話に間を置いところへ、料理が運ばれてきた。全体が葉っぱで包まれていて、開くと湯気と共にスパイスの香りが鼻をつく。


 心の中でいただきますを呟き、スプーンを握ってまずは黄色いご飯のみで食べてみる。少しバターの味がする程度で米本来の優しい甘みがした。


 次に肉を食べると複雑なスパイスに黒胡椒が効いており、我慢できずにご飯が進んだ。横の豆は甘酸っぱい味付けで野菜はフルーツの風味と飽きずに楽しめる料理になっていた。


「気に入ったか?」


「初めて食べたけどリピーターになりそうだ」


「そりゃよかった」


 このレベルが普通に食べられるなら飲食に手を出すのは厳しいか……?


 料理へ夢中になって、あっという間に平らげる。すでに食べ終わっていたヨークスは席を立たずにこちらを見ていた。付き合いの良さに衛兵への恨みがまた半減したな。


「ちなみに、ヨークスが町に求めるものって何かあるのか?」


 最後に聞くだけ聞いておこう。


「冒険者以外の仕事ってやつか。個人的な件で言うと夜の店だな」


「……」


「女の子が楽しませてくれる場所だから、ソーダは働く側じゃなく利用する側なんだが」


 ヨークスはテーブルに肘をついて、わかりやすくニヤケ面になる。スケベに忠実な野郎で親近感も湧いてきた。


「そのタイプの店は乱立してると思ってたが」


「男が狙われる話につながるわけだ。魔王が現れて、初めのうちは問題にならなかったのが響いた」


 ピンときていない顔に見えたのか詳しく説明される。


「元々冒険者の比率は男のほうが多かったんだが、異変に気づいたのは数が明らかに減った後でな。決定的になったのがサキュバスの誘惑だ」


「あー、サキュバスね……」


「耐えられる男はいなくて、みんな骨抜きになってやられちまったよ」


 想像通りの存在で残念な気持ちよりロマンを感じて困る。これだから男は、と自分のことながら呆れてしまう。


「結果、男の減少に伴って夜の店を利用する客が右肩下がり。店自体が経営難で、おれたちの癒しの場が消えていった」


「魔王軍が男を狙う理由は衛兵内でも共有されてないのか?」


「下っ端に知らされてなければな」


 ハーレムを狙った魔王の仕業と考えるのが自然だろう。まったく、スケベで世界の危機とは困った存在だ。


「色々と参考になった。ありがとう」


「そうかい。ぜひとも、可愛い子を揃えた店を開いてくれ。期待してるよ」


 さすがに外の住人へ夜の店で働くよう打診したら、またウィスに殺されかねない。ただ、経営者やビジネスパートナー目線で協力関係を結ぶやり方は賛同を得やすいか。


 店を出てヨークスと別れる。短い時間だったが有意義な昼食になった。


 腹ごなしついでに町をぶらついてみる。十字路に差し掛かると建物の隙間から大きな塔が見えたので、そこを目的地にするか。


 周囲の景色をぼんやり眺めるが、身近で想像しやすいのもあって飲食関連の仕事に考えが傾く。失敗覚悟でやってもいいけど材料の仕入れを念頭に置くと軽食が妥当だ。


 パッと思いつくのは粉もので、安く抑えられるし失敗しても傷は浅い気がする。珍しさを武器にするならこの世界におそらく存在しない、たい焼きやたこ焼きあたりか。上手く展開すれば粉もの御殿も夢じゃなかった。


 問題になるのは調理器具だな。珍しさを強調すると特殊な器具が必要になりがちだ。冒険者用の武具を制作する鍛冶屋は多そうだし安く頼めればいいんだが。


 道で馬車が行き交う様子に世の中の忙しさを感じていると、屋台通りに似た喧噪が聞こえてくる。気が付けば広場に出て、中央にはレンガ造りの巨大な塔が建っていた。


 その周りにはいくつもの天幕が並んでいる。近くに行ってみると武器や衣服、日用品や本など様々な品物が並ぶ。フリーマーケット的な場所か。


「ん……?」


 売ってる人も老若男女にかかわらずだな、と観察を続けていたら長い耳が目に入ってつい立ち止まる。青みのある髪に白い肌。顔の整い具合がまさにエルフで、初めて出会った感動にお辞儀をしてしまった。


 どこか不釣り合いな三白眼の瞳がこちらを見る。これで素通りするのは不自然か。興味もあるし、地面に敷いた布の上に置かれた品物を眺めておく。


 四角い箱に手の形をした陶器や平べったい鉄板など、何に使うんだというものばかり。まあ、鉄板はお好み焼きになら使えるな。


「魔石で熱くなる」


 エルフが鉄板を指差し淡々とした声音で言う。何か仕掛けがあるんだな。


「魔導具」


「なるほど、魔導具ね」


 魔法が付与されたアイテムか? どうやら、魔力の代わりに魔石を使って発動するものらしい。屋台におあつらえ向きで、自然と興味が引かれた。

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