第25話 いわゆる日常
乗合の馬車を降りて伸びをする。支払いは町の中だと距離にかかわらず三百ルナ固定らしく、気軽に使えそうだ。デカジリツムリが三体分と考えたら複雑だけど。
周りは冒険者ギルド付近に比べると静かで落ち着いている。石畳と街路樹が整備され川まで流れていた。
どちらかと言えば住宅街に近い場所か。赤い橋を渡りながら下を眺めると透明に澄んだ水なのがわかる。
正面には店先でのれんが揺れる建物があり、頭から湯気を上げる人物が出てきたので公衆浴場だと確信した。
中に入ると番台のおばちゃんに三百ルナを要求される。一日に一回は入りたいし、馬車代や食費宿代を合わせると厳しい現実だ。
脱衣所はかなり広く、脱衣カゴが収まる棚は三列になって並んでいた。鍵どころか戸も付いてないため盗難の心配はあるが、番台の目があるし平気なのか。裸も見られるけど今さらだな。
巾着袋を脱いだ服の間に挟んで裸になる。風呂場に向かうと脱衣所以上に広くてゆっくり安らげた。
雰囲気的には古き良き銭湯で、あらを探して新しい飯の種を見つけたかったが風呂場に文句は浮かばずじまい。ひとっぷろ浴びただけで公衆浴場を後にした。
「そういえば……」
喉が渇いて思い返すと建物内に飲み物は用意されていなかった。周辺には宿屋がある程度で飲食店は皆無。定番の牛乳を売るのはありだな。
楽しんだ代わりにヒントは得たと自分の中で言い訳をする。起きるのが遅かったのもあり、腹時計が昼を知らせてきた。
飲食関係を調べるのは大事だ。地図を確認すると少し歩いたところに店が立ち並ぶエリアを発見したので向かう。
辺境のイメージはザ・田舎なんだが、イニティウムの町はしっかり整備されている印象を受けた。貴族が移り住み町へ落ちる金は単純に増えているはずで、主要都市顔負けに発展中の可能性はある。
個人的には、生活費がかさむ町作りよりも手ごろに暮らせる環境を目指してほしかった。
徐々に活気が聞こえてくると屋台がちらほら道の端に現れる。ソーセージやベーコンを吊り下げる様子や、大鍋に湯気を上げる様子を前にテンションが上がってきた。
大きなフライパンにはパエリアに似た米料理もある。持ち帰り用で売られているものが大半だが、ベンチで肉の串焼きを食べている人もいた。食べ歩きは禁止されてないようで、軽食系の屋台も狙い目だ。
屋台通りを抜けると居を構える飲食店が出てくる。テラス席がある場所は全席が埋まる盛況ぶりだ。さぞ儲けているのだろう。
そろそろ空腹が限界なので適当な店に入ってみた。店内は騒がしくすべてのテーブル席が埋まって見える。
「あ、お兄さんごめん! 今一杯かも!」
給仕の少女がそれだけ言って、お盆を手にテーブルの間を器用に移動していく。別の店にするかと思ったが、奥の壁際で衛兵の男が一人食事をとっていた。
そのテーブルに空きがあるため同席を頼むことにする。衛兵には色々迷惑をかけられたんだ。町の情報を聞き出すぐらいはさせてもらおう。
「ちょっといいか?」
「ん?」
顔に疲れは窺えるが結構若いな。
「同席を頼みたい」
「ああ、別に構わないよ」
席に着いて衛兵の食べる料理が目に入る。葉っぱが皿代わりになって黄色いご飯に鳥っぽい肉と豆、それに野菜がのっていた。最高に美味しそうでメニューは決まりだ。
「すいません」
「はいはーい!」
「同じやつを頼めます?」
テーブルを指差して給仕にお願いする。
「大丈夫ですよ! 少々お待ちくださいね!」
各所の店を周ってメニューの傾向を調べようとしたが、ボリュームのある料理をつい頼んでしまった。そこまで焦って行動しなくてもいいか。
「俺の名前はソーダ。この町には来たところなんだ」
「見ての通り衛兵だよ。ヨークスと呼んでくれ」
会話に応じる意志ありとみて続ける。
「衛兵って忙しいのか?」
「暇じゃないよ。常に人手不足だし訓練はきついし、って言葉にすると散々だな。ま、最低限の暮らしとある程度の安全が確保された仕事だ。興味あるのか?」
苦労が垣間見えると、衛兵この野郎と思っていた気持ちもしぼんでいくな。
「実は冒険者になろうと考えてる」
「いや、冒険者はやめときなって。魔王軍が男を狙ってるのは知ってるだろ?」
「聞いてはいるな」
「だったら他の仕事を選びなよ。衛兵は集団行動が基本だから、お勧めっちゃお勧めだ」
パーティ単位で行動する冒険者が狙われやすいって話だったか。フォローが多いと単純に安全度は増すわけだ。
「町で必要とされる仕事も探してるけど、不自由だったり堅苦しいのは苦手だな」
「自由を求めて個人で勝負する仕事は競争相手が多い。後発は苦労するぞ」
確かに競合を意識すると難しさが目立つ。そう簡単にはいかないか。
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