第21話 腹に手を当てて、夜
「話を聞けたのはよかったが結局、ディリアはなんでここに?」
さすがにストーカー行為で何度も牢屋の世話にはならないだろう。
「ドミナとは腐れ縁なんだ。ああ、紅盗賊団を率いてる子だよ」
俺と同じく町の牢屋にいたという、姉御と呼ばれる人物か。盗賊団だと貴族に対する盗みで捕まったのは想像がつく。
「実は、ぼくも貴族の出でね」
「恨みから捕らえられたわけだな」
「ハズレだよ。イニティウムの町にはこの身一つで来ていて宿暮らしなんだ」
貴族といっても差はあるか。よくよく観察すると身なりは綺麗だ。黄色の装飾が入った服も派手めで貴族らしさがあった。
「ぼくの家は騎士の家系でね。冒険者をしながら腕を磨いているところさ」
「貴族が冒険者ってイメージと違ったな」
騎士にしても学校みたいな施設がありそうだし。
「珍しいとは思うよ。ただ、今はここに住む子たちの現状を知って力になるため模索中なんだ。食料や日用品の差し入れをしたりするんだけど、余計なことをするなって毎回牢屋に放り込まれてね」
イケメンでいいやつとか勝ち目なしだな。嫉妬するだけ無駄だった。
「どうすれば彼女たちの生活を安定したものにできるか、よければ知恵を貸してほしい」
急に聞かれて答えられるなら、とっくに解決済みのはずだ。そもそも、ここの生活が不自由と決めつけるのは失礼な話、と事情を知ったばかりで逆張りするのは間違いか。
「単純に稼ぐのは?」
「盗賊家業をするぐらいだし、中々難しいよ」
「もし貴族のバックアップが入れば?」
「すでに入ったうえで溢れているからね」
さっき孤児用の教会を建ててると言ってたな。
ラヴィを介して仲良くなっている予定のフェルスに働きかけてもらう手段はあるが、継続的な支援を求めるなら慈善事業ではなく何かプラスになる要素が必要だ。
ワニワニ団に襲われてたし紅盗賊団の戦闘能力次第で護衛役はあり得る。しかし、生活の様子を見るに盗賊をするのはごく一部なんだろう。おそらく大多数が非戦闘員で、そうなると説得は厳しい。
まあ、牢屋にぶち込まれている身分で考えることじゃないんだが。
「ディリアさんは出てください」
夜になると鉄格子が開いてディリアが外に出る。敬称までつけられて、初めからこうなることは決まっていたらしい。物資を持ってくるんだ。余計と言いつつ、ありがたさは当然あるか。
「ソーダとはまたどこかで会える気がするね」
「紅盗賊団のボスが戻ってくると俺は町の牢屋行きだ。時間があれば話を聞きに来てくれ」
「覚えておくよ」
貴族の影響力は頼りになる。ほんのわずかだが相談に乗って、あれこれ案は出した。中身もイケメンだし無下にはされないと期待しよう。
ディリアが去っていくのを見送り一人になる。狭い空間で若干鬱陶しいと感じていたが、話しができて気は紛れたな。
「見張りの交代に来たぞー」
入れ替わりでウィスとペルナが顔を見せた。
「ソーダさん、おトイレは平気ですか?」
「大丈夫だ」
「では水浴びに行きますか?」
「あー……うん、行っておこうかな」
拷問とわかっていても臭いと罵られるのは避けたい。好印象第一で逃げる選択肢が広がれば儲けものだ。
鉄格子が開いて外へ出る。夜だが灯りが各所の木に設置されているため、森の中を移動するのに不自由はなかった。
気になるのはペルナが先導する点だ。後ろで大人しくするタイプだと思っていたのに、どういう心境の変化か。ウィスも意外に感じてるのか静かだし。
もう恥ずかしがる気持ちは皆無で河原に着いて服を脱ぐ。川に近づいて覚悟を決めるが……。
「ダメだよウィスちゃん。悪戯はほどほどにね」
ペルナの注意が入って背中を押されることはなかった。
「えー、ソーダの笑える姿を見よーぜ」
「今後、ソーダさんへの失礼な行いは控えて」
「おいおい、らしくないな」
突然、空気の悪さが後ろで漂い始める。二人の間に何かあったとみてよさそうだ。
翌日になってもウィスとペルナの様子は変わらず、食事中の会話すらなくなって居心地がかなり悪かった。
「見張りの交代です」
「ウィスはどうした?」
「トイレに行ったので先に来ました」
「そっかそっか。じゃ、任せたよ」
夜の交代時間にはペルナが一人で現れる。信頼されているのか元いた見張りの二人は行ってしまった。
そして、鉄格子が開けられる。
「トイレにしますか? 水浴びにしますか? それとも……」
まさかの言葉に面を食らう。嫌な予感に自然と腹部に手が動き、変な汗が出てきた。
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