第19話 尿意デマイオ
「い、つつつ……」
岩場の地面で寝返りをした痛みと、鉄格子から入る太陽の光で目が覚める。環境は悪いが一日の時間が肌でわかるのはありがたかった。
しかし、やることがないのはどこの牢屋も一緒。外の見張りは唯一コミュニケーションを取ってくれた二人と別の少女たちで、おはようの挨拶はやめておいた。
遠くに見える小屋の建つエリアが徐々に賑やかになっていく。みんな活動を始める時間帯か。
朝を迎えた気だるさと寒さで、急に尿意を感じて焦る。
「あの……」
切羽詰まった声音で呼びかけるが見張りの少女に無視をされた。
「トイレに行きたくて……」
さすがに漏らされるのはマズいと思ったのか、二人は顔を見合わせる。
「ふわぁ……おーい、見張り交代してやるよ。しっかり寝てきてくれ」
そこへ話のできるウィスが来てくれた。後ろにはペルナも見える。一緒に行動する相手は決まっているのか。
「トイレだってさ」
「おっけー。ちょっと待ってな」
見張りをしていた少女二人とウィスが小屋のほうへ戻り、ペルナが残って沈黙が流れた。
「……何か敷物があると助かるんだが。このままじゃ身体がおかしくなる」
「あ、そ、そうですよね……」
うるせえこの野郎と罵倒はされず、得心いった表情で小走りに離れて行く。見張りはどうした。別に逃げ出す手段は持ち合わせてないし大丈夫なんだが。鉄格子はかなり頑丈だった。
「ん? ペルナはどこ行ったんだ?」
すぐに戻ってきたウィスが首を傾げる。背中には身長ほどもある剣を背負っていて、おっかなさが上がった。日に焼けた筋肉質の身体だ。大きな武器を平気で振り回す姿が想像できた。
「ここの快適性の悪さを訴えたら走っていった」
「確かに岩の地面じゃろくに休めねーか。あんた、よく入っていられるよな」
仕方ないとはいえ肩を落とす。誰かを閉じ込めておくための場所にしても、少しは気持ちを考えてほしい。
「おっと、トイレだったな。開けるから大人しくしろよ」
鍵が外されて鉄格子が開いた。外に一歩出ると解放感がすごい。危うく漏らすところだ。
そして、ペルナがわらの敷物を持って戻ってきた。ちゃっかり腰に短剣を二本携えている。日に焼けておらず華奢さと合わせて活動的に見えないが実は強いんです、とかいう技巧派タイプかな。
「敷いときますね」
「ありがとう。助かる」
「トイレはこっちだぜ」
離れにある小さな小屋に連れていかれてドアを開ける。中は簡易的なトイレだが綺麗に保たれているので、嫌な気はしなかった。
「おっとドアは開けたままな」
振り向くと意地の悪さが窺える笑顔をウィスが見せる。
「監視対象なのを忘れてもらっちゃ困る」
その通りなんだけど恥ずかしさは隠せない。ただ、尿意が限界で気にする余裕がなかった。
ズボンを下ろして用を足す。思ったより量が出て羞恥心がマシマシだ。
すっきりした後にズボンを上げる。平静を装い振り向くとペルナが追加で立っていた。しかも俯いて恥ずかし気な様子って、俺が変態みたいに映るからやめてほしい。
「ついでだ、水浴びさせてやるか。町の牢じゃ、ちゃんと風呂に入れてないだろ?」
「まあ……そうだな」
言外に臭いと言われている気がしたので断らずに受け入れておく。
「よし、ついて来い」
歩き出したウィスの背中を追う。後ろにはペルナがいて警戒体勢なのはわかるが……。
「こういうのって、二人で決めていいのか?」
牢屋の中と近辺に姿がなければ脱走を疑われそうだ。せめて誰かに伝えるべきだと思う。
「いいんじゃねーの? もしソーダが逃げたら、あたしらの責任になるだけだ」
心配になるぐらい潔い考え方だな。それができるのは俺が見かけ通りに弱々しいからか。
森の中を移動して草木を抜けると川が現れる。水浴びと言っていたしここに飛び込めとでも? すでに牢屋の中で身体は冷え冷えなのに。
「ちょっと厳しいかもな……」
「たき火は用意するって」
小さな河原には薪が用意されている。どうやら日常的に使われている場所らしい。
「ほら、服を脱いで早く入れよ」
トイレの時と同じ表情で楽しげだ。人を辱める趣味を持ってるのは十分にわかった。
用を足すところならともかく裸を見られるぐらいは許容範囲。服を堂々と脱ぎ去って川へ近づく。後ろにチラリと視線を向けるとペルナが恥ずかしそうに俯いてウィスにからかわれていた。
対照的な二人だな。裸に初心な反応をされると興奮のほうが勝つんだが。寒さで変なスイッチが入ってしまった。
心頭滅却。あえて川に入ることで邪念を振り払おうと片足のつま先をつけるが、あまりの冷たさに後ろへ下がる。
「うぇーい!」
「っ!」
いや、無理無理と諦めようとしたが背中を押される。もちろんウィスの仕業で川の中に頭から突っ込んだ。
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