第18話 コジリツムリ
「はぁ……」
寒さを解消するため手に息を吐く。岩壁にある小さな穴倉は暗くて不安を覚える。出入り口には鉄格子があって、またかと肩を落とすしかなかった。
馬車を降りて逃げ切れたと喜ぶ間もなく、あっさり捕まってぶち込まれてしまった。拷問がないことを願うばかりだ。
「あいつの顔、知ってるか?」
「知らねー」
「ホーラがわざわざ行ったんでしょ? とちったの?」
「衛兵にしてはみすぼらしい格好だよな。他に追ってきたのもいないし」
「御者の私がちゃんと確認しなかったから……」
「ま、手筈通りに進めたんだ。誰がやっても結果は同じだよ」
「姉御も苛立ってたら口数減るしさ。話しかけるのに躊躇するのもわかる」
十人ほどの少女たちが鉄格子の向こうで顔を突き合わせ、話し合っていた。どうやら女だらけの集団で二の腕や腹を大胆に露出する姿が多い。
森の中にある一角には木製の小屋がいくつも建てられている。全体で百人近い人数がいそうでアウェイ感がすごかった。近くに町があるのに、わざわざこんな場所で暮らす理由があるんだろうか。
「尋問はどうする?」
「姉御とホーラが戻った後でいいんじゃね?」
俺が衛兵だなんて、ただの間違いだから早く解放してくれ。騒いでも無駄なのはわかっているし黙って祈るのみだ。
「二人とも、ちゃんと帰って来るかな……」
「心配は心配だね」
「夜が明けても帰ってこなかったら町へ様子を見に行こう」
「それまではこの男を交代で見張る」
「二人組でいいよね?」
「ご飯とかあげんの?」
「最低限の世話はしよっか。死なれて無駄な恨みを買うのは避ける方向でね」
話はまとまったようで、二人の少女が鉄格子前に残って集まりは解散する。言動的に命の保証はされて安心だが、姉御とやらが帰ってきたら普通にシメられそうだな。
「飯できたぞー。早いけど見張り交代な」
敷物すらなくどう寝転んでもストレスで休めずにいると、皿を持った二人組が元いた見張りと入れ替わりで鉄格子の向こうに座り込んだ。
「ほら、お前も食えよ」
隙間から差し入れられた皿には焦げた小さなカタツムリがいくつも盛られている。中々のハードな料理に食欲が行方不明になった。
「これって……」
「ん? コジリツムリだよ。食ったことねーの?」
「……デカジリツムリと関係が?」
「成長前の子供だって」
やはり名前の通りだったか。粘液を思い出して、ますます食欲が失せる。
「でかいとマズくなんだよな。あれを食えりゃ一匹で満腹になんのにさ」
二人はコジリツムリの殻に木の棒を差し込んで、出てきた中身をそのまま食べる。見てるだけで気分が悪くなってきた。
「あんた名前は? 衛兵かなんか?」
「……名前はソーダ。冒険者になる予定だ」
警戒心なく話しかけてくれるのは助かる。ぜひとも尋問の前に人畜無害な印象を持ってもらおう。
「ほんとかよ。そんなやつがなんでペルナの馬車に乗り込んでんだ?」
「牢舎の敷地を出てきたのは確認したから、私はてっきり……」
二人の内、大人しく見えるほうのペルナとやらが御者を務めていた少女か。
「俺が牢屋にいたのは無実の罪で捕まってのことだ」
「悪いやつらはみんなそー言うんだよ」
仲間が牢屋にいた自分たちはどうなんだと突っ込むのを我慢する。
「森の中で止まっていた馬車の周りに野盗と兵士が何人も倒れてたんだ。争いは終わった後で、冒険者になるための武器が欲しくて剣を拝借したのが間違いだった。剣に刻まれたワニのマークが野盗のシンボルみたいで、衛兵にお仲間扱いされて捕まってしまったわけだ」
「自業自得じゃん」
「……」
まさしくその通りなんだが、衛兵も少しは融通というかこっちの言い分に耳を傾けるのがフェアなやり方だろう。
「まあクソワニ連中の仲間にされちゃ腹も立つか。ほんとに仲間じゃなけりゃな」
「誓って違う。ワニの野盗団は有名なのか?」
「知らねーのかよ。自分さえ良ければいいって身勝手なやつの集まりで誰彼構わず襲い掛かる、はた迷惑なクソだよ」
なるほど、衛兵が目の色を変えて威嚇するわけだな。
「ソーダだったか。たぶんだけど、あんたの身柄は牢舎の前に縛って転がすことになると思うぜ。クソワニの可能性がある以上、協力するのはごめんだ」
「ウィスちゃん、あまりお喋りするのは……」
「あたしのはたわ言だからさ。それよりソーダ! コジリツムリを食ってねーじゃん! 腹を空かせて倒れられたら困るし、さっさと食えよ!」
「いや、俺は……」
「こいつは駆け出し冒険者の命綱だぜ?」
「……これが?」
「デカジリツムリの討伐依頼を受けるついでに探すんだよ。コジリツムリを冒険者ギルドの酒場に持ち込むと調理してもらえて食費が浮くんだ」
そんな仕組みがあったのか。
「ほら、食ってみろ」
ウィスと呼ばれた少女がコジリツムリの殻に木の棒を刺し、取り出した中身を鉄格子の隙間から入れてくれる。
クソと称するワニワニ団の仲間と疑いながらも親しみのある対応。ここで怯んでは負けだ。勇気を振り絞って食べてみた。
「……」
ちょうど口に収まるサイズなのが、ある意味にくい。噛んでみるとコリっとした食感の後に香ばしさが広がる。
「ん、甘い……?」
「結構栄養があるんだって。その栄養で成長するから困ったもんだよな」
後味は貝の風味がして不思議な感覚だ。お世辞抜きで味自体は美味しかった。
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