第16話 ドナドナ

「行ったか」


 ラヴィとフェルスを見送って馬車周辺の事件現場で時間を潰す。あの貧弱さだ。途中で休み休み行くのは明らかなので、すぐに追うことはできなかった。


「しかし、人間同士のバイオレンスはさすがに引くな……」


 せめて兵士には回復魔法を頼んでおくべきだったか。次回があれば行動に移すから許してほしい。


 誰かが通りがかるのに用心し長居するのはよろしくないけど、ふと悪い思いつきが浮かぶ。賊の剣なら永遠に拝借するのもやぶさかではなかった。


 血に汚れず綺麗なものを見つけて腰に差す。奪っていいのは奪われる覚悟のあるやつだけだ、と自分を正当化しよう。


 デリックさんに貸してもらった剣に比べたら、いささか安っぽさがある。これでも買えば一万ルナはしそうだが。


 金品を漁る真似はせずに現場を離れる。草陰で隠れるのもそこそこに、のんびり具合を普段の五倍増しで町へ向かうことにした。


 今回はフェルスとの間に接点がまったくない状態だ。これで刺される展開になったらお手上げか。


 腹部を撫でると奇妙な感覚が残る。あっさり受け入れられているのは瞬間的な痛みで、苦しさがあまりなかった影響なんだろう。


 厄介なのは人間関係のリセットだ。フェルスはともかく、ラヴィとはそこそこ仲が縮まったのにな。パーティメンバーに誘うところからやり直しか。


 森を抜けて剣の振り心地を確かめながら歩いていると、前方にこちらへ走ってくる衛兵が見えてきた。思ったより早い到着だ。剣を収めてどこにでもいる冒険者を装う。


「止まれ!」


 近くまで来た衛兵が乱暴な口調で剣まで向けてきた。どうやら俺を賊と間違えてるらしい。


「ただの冒険者です!」


 両手を上げて無害アピールをする。


「街道で馬車が襲われていただろう!」


 森の中を通ってきたんだし見てるのが当たり前か。深く考えずに来てしまった。


「みんな倒れてましたけど、できることはなかったんで……」


「剣を地面に置いて下がれ!」


「……」


 まったく信用されなくて肩を落とす。そういえば前回、ラヴィが衛兵に連れられてたな。とりあえず疑えの精神か。


 言われた通りに剣を置いて後ろに下がった。無実なのは自分でわかっている。正直に話せば理解されるはずだ。


 衛兵が近づいて地面の剣を手に取る。


「ワニの印……?」


 柄の頭を見た瞬間に目つきの鋭さが増して睨まれた。


「地面へ膝をつけ!」


 何が気に障ったのか語気が強まる。ワニって聞こえたがまさか、賊の連中がシンボルマークを剣に刻んでたのか?


「その剣は拾っただけで……!」


「黙れ! 動くな!」


 これはかなりまずい。弁明しても信じてもらえるかが微妙な線になった。


 逃げるか……? いや、それで捕まったら完全にアウト。迷っている間にも衛兵の数が増えて取り囲まれてしまった。




 ◇




「大人しくしろ」


 町に着くなり木製の手錠をはめられて気分は罪人だ。ラヴィは門の近くに見当たらず、すでに出発していたのがわかった。


「こっちへ来い!」


 そして、馬車の荷台に乗せられて出荷される。もうフェルスのことなど考えている場合ではない。この状況をどうやって切り抜けるか。


 両隣にはしっかり衛兵の見張りがついている。今は暴れずに従順な態度でいる以外に……。


「あの……」


「口を開くな」


「……」


 こんな世界だ。有力な貴族を襲った賊など待遇は確実にゴミクズ扱い。もし、この町に来るという情報が一部にだけ伝わっていたりすると、どこから情報が漏れたのか拷問で調べられる可能性もあった。一思いに刺されたほうがマシだな。


 荷台で揺られながら、なぜかドナドナが頭の中で流れる。自殺でも時間が巻き戻ってくれるのかどうかが問題だ。さすがに拷問を受けたら耐えきれなくて、おそらきれい状態になる自信があった。


 うろ覚えのドナドナループから抜け出せずにいると馬車が止まる。


「降りろ」


 乱暴に押されて荷台を飛び降りた。周りは高い塀に囲まれている。前方にはシンプルなレンガ造りの建物があり、衛兵に挟まれたまま中に連れて行かれた。


 内装は灯りだけで寒々しい。通路を進んで鉄で補強された木の扉をいくつか越えた先に、地下へ続く階段がある。一段二段と下りるにつれて空気が悪くなっていった。


 階段が終わって通路に入ると灯りが若干暗くなる。そして、今度は木の扉ではなく鉄格子が現れた。薄々わかってはいた。屋敷とは違う、本当の牢獄が待っていたことに。

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