第15話 さあ、魔王を倒しに行きますよ!

 自分の部屋に戻ってしばらく。念のためベッドに潜り込んで眠気を我慢していた。


「そろそろか……?」


 感覚的に起き上がって窓の外を確認する。月が雲で隠れて行動へ移すのに申し分のない暗さだ。


 静かにドアを開けて廊下に出た。見回りに警戒しながら隣の部屋に移動する。


「ラヴィ……?」


 声をかけるが当たり前のように返事はなかった。そして、ベッドのそばに行くがどういうわけかそこにもラヴィは見当たらず……。


「ん……?」


 微かな音が聞こえて周囲を探ると壁際に誰かが倒れていた。


 近寄って屈むとラヴィなのがわかる。寝ぼけて転がってきたのかと思ったが、ふいに窓から差し込んだ月明りで驚く。服が赤く濡れて蒼白な表情に見えた。


「おい!」


「あぁ……ソーダ、さん……」


 明らかに息が浅い。


「回復魔法を使え!」


「力が入らなくて……」


 服をめくると腹部に深い傷がある。


「へへ、えへへ……」


 突然笑いだすが理由は簡単に思い当たる。


「……こんな体験でも嬉しいのか?」


「まさか、刺されることになるとは……ふへっ……」


 ここまでくると筋金入りだな。本来なら焦る場面のはずだが呆れてしまう。


「その子が大事?」


 目を閉じるラヴィを抱えようとしたとき、後ろで声が聞こえて振り返る。


「っ!」


「代わりになろうと思ったのに、残念」


 腹部の痛みと共に力が抜ける。床に倒れてナイフで刺されたのにはすぐ気づいた。


「ぐっ……」


 ラヴィがこの惨状なんだ。近くにフェルスがいるのはわかりきったこと。見下ろす赤い瞳が綺麗だなという感想と共に血の混じった咳が出た。


 よりによって今日とは運が悪い。俺がこの部屋に来なかったらラヴィが行方不明になって、存在が消される展開だったのか。


 頭がぼやけてくる間にもフェルスがジッと見つめてくる。どういう感情か聞きたいが刺しどころが致命的でかすれた声を出すのが精一杯だった。




 ◇




 意識が覚醒すると森の中だった。


「……」


 腹部の傷は塞がっているため、時間が巻き戻ったのは理解できる。しかし、以前は暗闇の中だったはず。


「さあ、魔王を倒しに行きますよ!」


 横で聞こえた声に驚く。そこにいたのはラヴィで表情に元気が溢れていた。確か、セリフ的にはこの世界へ放り込まれた二度目のタイミングだ。


「……」


「どうかされました?」


「また死んで巻き戻ったらしい」


「そ、そうなんですか……?」


「ラヴィが二日酔いや粘液まみれになった体験もなくなったってことだな」


「……」


 まったくピンときてない様子だが、俺も疑問が残る状況だ。前回と巻き戻るポイントが進んだのは今後を見据えると危うい気がした。残機にしても謎だらけで困る。


 やはり、考えるのを辞めて高を括るのが正解かもしれない。どうせ死んだ身だと開き直るか。


「ちなみにラヴィも刺されて力尽きたぞ」


「そんなレアな体験を?!」


 鼻息を荒げて喜ぶほどなのか。


「忘れてしまうとは口惜しい……ソーダ! 次は死なないでくださいよ!」


「……善処する」


 その時、叫び声が聞こえてきた。まずは森の中を移動して草陰に隠れる。街道では三度目の光景、馬車の周りで兵士と賊がやりあっていた。


「あの馬車の中にいるのが刺した相手だな」


「おぉ!」


 一体何に対する感嘆なんだ。


「よし、今回はラヴィに任せる」


 不思議とフェルスを無視する気持ちにはならず、助ける方向で考える。


「最後に悪いやつが一人残るからタックルを決めて助けに入ってくれ」


「わかりました!」


「……隠れてるのがバレるから静かにな」


「はい……!」


「助けた後は少女を道の先にある町へ連れて行って、衛兵を呼んでほしい」


「ソーダは一緒に来ないんですか?」


「しばらくは別行動になる。いつでもいいから冒険者ギルドに来てくれ。そこで合流できると思う」


「了解です」


 ラヴィはフェルスと仲良くなってもらう身代わり役だ。最終的に刺されても本望だろう。


 隠れながら動向を見守り最後の兵士が転ばされたところでラヴィの背中を押す。


「頼んだぞ」


「行きまーす!」


 草陰を出るや否や声を出してバレバレの突撃を見せた。


「ふぎゃ!」


 しかも途中で転ぶし。賊も呆気に取られて固まっていた。


「ファイアボール!」


 仕方なく手助けで魔法を発動させる。


「なっ!」


 ラヴィが囮になったのか見事に命中し、炎を消すため地面に転がったところへ立ち上がった兵士が止めを刺した。


「はぁ、はぁ……この先にあるイニティウムの町へ、お嬢様を頼む……」


「お、お任せください!」


 ラヴィはおっかなびっくりで力尽きた兵士に敬礼し、馬車のドアを躊躇なしに開ける。


「どうも! ラヴィです! 助けに来ました!」


 中にいたフェルスはテンションの高さをものともせずに外へ出てきた。


「さあ、町へ行って衛兵さんを呼びましょう!」

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