第14話 逃げるんだよォ

「ふぅ、すっきりしたな」


 風呂から出て合流するためラヴィの部屋に入るとベッドの上で転がる姿を発見する。すでに刺されたのかと肝を冷やしたが、普通に寝てるだけだった。


 先に風呂へ入っているので粘液は綺麗さっぱりだ。


「おい」


「んー、美味しそうなモンスターです……」


 肩を揺すると手遅れな寝言が漏れてきた。


「モンスターより美味しいごちそうが待ってるぞ」


「んがっ……?」


 ラヴィが寝ぼけ顔で起き上がる。同時に腹が盛大に鳴り笑ってしまった。


「ごちそうはどこに……」


「用意してくれてるはずだ」


「早く行きましょう!」


 急に目が見開いてベッドを飛び下りる。欲望に忠実なやつめ。


「さあさあ!」


 手を引かれて部屋を出るとデリックさんがタイミングよく立っていた。


「ソーダ様、ラヴィ様、お食事のご用意ができております」


「はい! 今すぐにいただきます!」


 走り出すラヴィを押さえて行儀よく廊下を歩く。段々と駄目な方向の狂犬振りに磨きがかかってきたな。元からなのか女神を辞めた影響なのか。今後が心配だ。


 食事部屋に入るとフェルスが定位置に座っていた。いつもの流れで隣に座ろうとしたら、そこにラヴィが座る。


「……」


 これは文字通り間に入るのを実戦したのか?


「お腹が空きました!」


 いや、何も考えずに行動しただけだな。こういう小さな積み重ねが抗う手段に……。


「場所が違う」


「ほへ?」


 フェルスがラヴィを見て隣の席を指差した。


「失礼、こちらでしたか!」


 あっさり隣に座り直して飯はまだかと目を輝かせるんだからな。もっと頼りにさせてくれ。


 今のやり取りで軽くロックオンされているのがわかる。自分の何が彼女を惹きつけるのか、と恥ずかしいことを考えながら席に着いた。




 ◇




「これで十匹目!」


 デカジリツムリの頭を斬り飛ばす。アウクシリア家の屋敷で世話になって数日、苦労せずに倒せるようになってきた。


 何度も戦えば隙が多く駆け出し冒険者の相手に相応しいのがわかる。


「しかし、これだけ倒しても千ルナか……」


 簡単に倒せても森の中を歩き回って対象を探すのに時間がかかるため、一日に稼げる額には限界があった。ステップアップで討伐モンスターを変えていかないと、借りた剣を返すのがいつになるか。


 提案に乗ったのは明らかな失敗だけど向こうを満足させる新しい謝礼のプランが浮かばず、焦燥感は募るばかりだった。


「ラヴィ?」


 いくら気をつけてくれと言っても粘液まみれになるので木の陰に隠れてもらっていたが、中々出てこない。寝てる可能性すらあるな。寄生虫の心配は杞憂で元気なのに変わりはなかった。


 正直、デカジリツムリの攻撃はまず避けられるし一人で来たほうが楽だった。ラヴィはラヴィでやる気だけはあって屋敷でジッとしてろと言いにくいし。やれやれだ。


 モンスターが強くなれば回復魔法が役に立つと期待しながら木の裏に回る。


「って、おい!」


 なぜかそこには粘液まみれのラヴィが横たわっていた。急いで顔の粘液を拭ってやる。


「う、上に……!」


「うお!」


 反射的に見上げると木に張り付いたデカジリツムリが粘液を吐き出すところだった。


「えふっ……!」


 後ろに飛ぶとまたもやラヴィが粘液に埋まる。


「ファイアボール!」


 火の粉に構わず魔法を発動させた。弱点は炎で一撃だが、殻ごと地面に落ちてきてやらかしたのに気づく。


 デカジリツムリを包む炎は大量の粘液と共にすぐ消えた。慌てて殻を蹴飛ばすと下敷きになったラヴィが顔を見せる。


「……わたくし、生きてますか?」


「若干焦げてるが大丈夫だ」


 回復魔法があるとはいえ、さすがにこのまま連れ回すのは忍びないので、モンスターの討伐を切り上げることにした。


「うぅ、また粘液が……」


「今のは俺が防げたミスだ。落ち込むなよ」


 どうせご飯を食べれば元気になるんだが。むしろ、それで失敗を忘れてる疑惑さえある。もはや鳥頭並みの学習能力でも驚きはなかった。


「デカジリツムリも害獣扱いで愛に飢えてるのかもな。もしかすると愛を求めてラヴィにすり寄ってるとか」


「わたくしが愛の女神だからですね!」


 食べるまでもなく元気になってため息が出た。


 町に戻るとすでに馬車が待機している。御者はデリックさんが担当し、乗り込むとフェルスが座っていた。


「汚れる」


「はっ! そ、そうですよね……粘液に好かれるわたくしは歩いて帰りますので……」


「違う」


「え?」


 フェルスは俺を見て自分の横を指差す。ラヴィの隣に座ると汚れるから、そっちへ座れと。不穏な空気が日に日に増すのを感じるな。






「いよいよだ」


「何がです?」


 夕食後。ラヴィの部屋で話し合いを行う。


「フェルスの目が怖くなってきた。刺されるのは時間の問題だ」


「そうなんですか?!」


 今回は食事のときぐらいしか一緒に過ごさなかったのに。ヤンデレと簡単に括るのは早計だ。そもそも単純に惚れられてるかどうかもわからなかった。ある種のゲージが溜まるイメージだな。


「そこで、試しに一度逃げてみようと思う」


「どこにでしょう?」


「依頼で得た報酬を使って馬車で行けるところまでだ」


「おお、新たな冒険ですね!」


「決行は今夜。日が回ってしばらくしたらこの部屋に来るからな」


 寝静まっていれば前回と同じ手段で抜け出せるはずだ。


「わかりました! 絶対に寝てるので起こしてください!」

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