第13話 貧弱貧弱ゥ
「ひぃ、ふぅ……」
門の近くに馬車が見当たらなかったため歩いて帰っているが、そこそこ距離があってラヴィが虫の息に近い。今後、町の外に遠征するのも大変だ。
それこそアウクシリア家の庇護を最大限に受けて、狩場までも馬車で付きっ切りになれば解決する。刺されるのに怯えながら飼いならされる道もあった。
「限界ですぅ……」
ラヴィが道の端で座り込む。この貧弱加減は改善する余地が残されているのか。普通の人間とは言ってたけど女神だし頭打ちだったりしないよな。切り捨てると逆上して刺されたりするんだろうか。
「ちょっと休憩だ」
「わたくしを置いて先に……」
「俺も疲れたしな」
怒らせたら怖いタイプだったときの予防線に、横で座る優しさを見せてポイントを稼いでおこう。
「感謝します。ソーダは愛に溢れていますね!」
一瞬おんぶをしようか迷って粘液でベトベトの身体を前にやめたのを知られると評価が下がりそうだ。寄生虫に侵されているかどうか経過観察が必要だな。
「そういえば、仮に俺がまた死んで生き返れたらラヴィの記憶はなくなるのか?」
「女神の時でさえ記憶はなかったのですから、人間になった今も結果は同じだと思いますよ」
「だよな」
となると……。
「ラヴィが体験する記憶も消えることに?」
「……」
横でぽかんとした表情が粘液によって夕日に輝く。経過した時間がなくなるのを損と表現していたんだ。まさに受肉損。
「ソーダ! 絶対に死なないでくださいよ!」
女神に戻るのは難しいのか? 考えなしも大変だ。
「生きる気力には満ち溢れてるがフェルスの動向次第になる」
「わたくしが和解を申し出ます!」
「困ったことに、現時点じゃ喧嘩も何もないんだよなぁ。間にラヴィが入ってくれるなら延命にはなるか」
「お任せください! でも具体的にどうするのがいいのでしょうか?」
「さっぱりだ」
もし、ラヴィがフェルスと仲良くなっても刺される対象が変わるだけの可能性はある。その次は俺が刺されて終わりだった。
同性という点に賭けたいけど両方いける口だと攻め手が封じられる。普通の友人関係になってくれたら俺への興味は薄れるはずだが……。
「ん?」
目の前で馬車が止まる。装飾の紋様は見慣れたアウクシリア家のものだ。
「遅くなり申し訳ございません」
御者台にはデリックさんが直々に乗っていた。まさか迎えにまで来てくれるとは徹底している。
やはり逃げ出すのはハードルが高いとげんなりする隣で、ラヴィが粘液だけじゃなく目も輝かせた。体力が限界の状態ではさぞ救世主に見えることだろう。
「粘液まみれの身体で乗るつもりか?」
「……臭いますか?」
「……まあ、臭うな」
それよりベトベトで馬車の中が汚れるのを気にしてくれ。
「池に入っておけばよかったです……」
汚れるのは一緒だ。
「馬車は汚れるものです。気にせずお乗りください」
御者台を降りたデリックさんが生真面目に対応する。
「ゲロの後始末よりはマシだとさ」
「うっ! その記憶は消えてもいいと思えてきました……」
もはや遠慮するのも忘れて馬車に乗り込む。
「立っておいたほうがいいのでしょうかっ……!」
馬車が動き出した瞬間にラヴィの膝が曲がって座席に尻をつけた。
「……」
言ったそばからこれだ。スルーでなかったことにするのが優しさだが、煽りたい気持ちが芽生えるのは残念な姿を見すぎたのが原因か。
「お疲れ様です」
冒険者ギルドに戻ると受付のお姉さんが笑顔を見せる。今のところ心が落ち着く唯一の癒しだった。
「デカジリツムリを二体倒したんですが冒険者カードを出せばいいですか?」
「はい、お願いします」
念のため聞いた後にカウンターへ提出する。
「お預かりします」
お姉さんはカードを持って奥へ消えるがすぐに戻ってきた。
「デカジリツムリ二体の討伐を確認しました」
魔法の力だと思うけど機械よりもハイテクだな。
「こちら報酬の200ルナになります」
硬貨が二枚とは、なんとも頼りない。
「あ、パーティを組んで行った場合に他メンバーの冒険者カードを出す必要って……?」
後ろで間抜け面のまま天井を見上げるラヴィに指を差す。疲れてるなら馬車で休んでればいいのに。
「ほぼすべての依頼には日数が設定されています。その期間を調べますので確認する冒険者カードは基本的に一枚で問題ありません。ですが、モンスターとの距離で討伐結果が水晶に記録されない場合があり、正確な討伐数を調べるためにパーティ全員分を提出いただくこともございます」
「なるほど、覚えておきます。ありがとうございました」
「またのご利用、お待ちしています」
初めての依頼を完了し、立ったまま船を漕ぎだしたラヴィを引っ張って馬車に戻る。さすがに緊張を含めて疲れを感じた。
移動の揺れで眠気に手招きをされながら、牢獄への帰還を果たす。
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