第12話 粘液キラキラ
「やってみるか……」
剣を構えて様子を見ながら距離を詰める。相手の知覚範囲はさっぱりだが、すぐに触覚がこっちを補足した。
注意するのは身体を頭部で支えて殻を回し、ぶつけてくる攻撃だ。硬さを考慮すると剣で受け止めるのは悪手。避けるのを意識して立ち向かう。
大丈夫。頭から視線を外さなければ……?
「っと!」
触覚が上がり、頭部の先端に小さな黒い穴が見えて何かが飛んできた。
すんでのところで避けてさらに近づくと足を取られる。原因は木漏れ日に輝く透明な粘液だった。
これはデカジリツムリが出す粘液か? さっきはなかったけどファイアボールで消滅した可能性は考えられる。魔法の残弾は一発。念のため使わずにおきたかった。
行動の制限はそこまで厳しくないのでこのままいく。にじり寄るより一気に行くのが正解か。
再度飛んできた粘液を屈んで避ける。目の前に来ると頭が地面に下がったので、粘々に気をつけて急ブレーキ。デカジリツムリが殻を振り回した。
「ぐぬ!」
本体に伸縮性があるのか予想以上に殻が迫る。ぎりぎりで躱して殻が地面に着いた瞬間を狙い懐へ飛び込んだ。
「はあ!」
力を込めて剣を振り下ろす。しかし、体表を覆う粘液で剣が斜めにそれた。
相手は嫌がるように身体をうねらせて粘液をそこら中に吐き出す。構わず何度も剣を振っていると頭部が上手く斬り飛び、殻が横になって倒れた。
「やった、のか……?」
ついフラグの立つセリフを言ってしまうが動きはない。正直、手応えはまったくだけど無事に倒せたんだ。良しとするか。
新たなデカジリツムリを相手にする体力はまだ残っている。
「次に……」
行くぞ、という言葉が驚きで詰まった。後ろでラヴィが身体全体を大量の粘液に包まれていたからだ。
「お、おい!」
慌てて近寄り顔の粘液を手でどける。
「えほっ、けほっ……! あ、ありがとうございます……危うく窒息するところでした……」
「……自分で対処できなかったのか?」
「このベトベトが重くてですね……」
デカジリツムリが吐く粘液は一発で身体を覆う量じゃなかった。何度くらえばこうなるんだ。少しは避けてくれと言いたい。
考え方によっては後衛を気にせず戦った俺の失態にもなるが、駆け出しには自分だけで精一杯。ヘイト管理役のパーティメンバーを誘うのも要検討だな。
「体調に異変は?」
ラヴィが粘液の塊から這い出て心底嫌そうに身体を拭う。
「気持ち悪いですが何も……」
「調べた限り毒の心配はなかったがこういうモンスターだとありがちだ」
「わ、わたくし死んじゃうんですか?!」
「どうだろうな」
普通に考えるとナメクジの面影があるし寄生虫の心配はある。まあさすがに、そんなモンスターをドクロマーク一つで表現するほど冒険者ギルドも鬼じゃないはずだ。
「だんだん苦しくなってきた気がします……」
思い込みの激しいやつめ。
「毒を回復する魔法は?」
「ありました! 愛のアンチドート!」
ラヴィが右手を上げて叫ぶと淡い光が身体を包む。粘液が反射でキラキラして初めて女神らしい神聖さを感じた。
「ふぅ、気分がすっきりしました」
「あ、そう」
そもそも毒自体がないんだ。自分で納得したのならそれでいい。
まだ討伐数は二体と全然だが、ラヴィの惨状を見かねて今日は帰ることにした。酒場で食事ができる程度に稼ぎたかったが無理か。また屋敷で世話になってしまうな。
必死になれば隣町に逃げたり身を隠したりとやりようはあるが、最悪の場合は巻き戻るだろうと高を括った気持ちが諦めさせた。
痛いのはごめんだけどフェルスだったら一瞬で終わらせてくれるし。困った信頼感だ。
「森を出るんですか?」
来た道を戻っている途中にラヴィが首を傾げた。
「初日だし早めに終わっておこう」
森の雰囲気がわかって収穫は十分。次に頑張るぐらいの気概が自分には合う。
「うぅ、もっと役に立てればよかったのですが……」
「それを言うと前衛の俺がモンスターをいかに早く捌けるかが大事だ」
「いえいえ、回復以外もわたくしが何か……!」
「いや、俺のほうが……」
お互いの謙虚をぶつけ合いながら町に帰還する。こっちは冗談交じりになっていくが、ラヴィはずっと本気なのがどこか面白い。
「結局、役割ごとにパーティメンバーを増やすのが一番か」
「な、なるほど……冒険者ギルドで募集しましょう!」
「せめて駆け出しが板についてからだな」
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