第10話 rrrrrr
「やってしまった……」
窓からは清々しい日差しが入ってきている。はっきり思い出せないが想像は容易にできた。冒険者ギルドの酒場で飲み過ぎて介抱された結果、屋敷まで連れて来られたと。
完全なやらかしに肩を落とすが、ここまで世話を焼くのも相当だ。貴族という人種はみんなこうなのか。
「はぁ……」
部屋には一人。ラヴィは別の場所にいそうだな。
サービスよくテーブルに置かれた水差しとコップでのどを潤す。また牢獄に逆戻りか。
しかし、今回はすでに魔法を覚えているし剣も多少は扱える。冒険者は危険だと言われても余計なお世話で対抗しよう。
ベッドに潜り込みたい衝動に耐えて廊下に出る。フェルスの姿はなかったので安心して右に行き、すぐのドアを開けた。中に誰もいないのを確認後に廊下を戻り、起きた部屋を越えて次の部屋に入るとベッドにラヴィが寝ていた。
「……んごっ!」
近くに寄ると鼻を鳴らされる。布団を蹴とばし、へそ丸出しでベッドに寝転ぶ姿は色気が皆無だ。顔は整っていて格好もミニスカートのままなのに。酒臭さのせいか、不思議と冷静になれた。
「朝だぞ」
「んー……」
肩を揺すっても起きる気配がない。こっそり屋敷を逃げ出すのは諦めてるから別にいいんだけど。結果的に見れば野宿を回避できているがゲームオーバーには近づいてしまった。
どこまでやって起きるかベッドを揺らしたり頬をつねったり、軽い悪戯をしても反応せず、最後に頭の上で水差しをひっくり返そうとしたら目が開いた。
「あえ……?」
布団で口元の涎を拭うだらしなさを見せて、ラヴィが起き上がる。
「……頭が痛いです」
「飲み過ぎた弊害の二日酔いだ」
「そうなんですね……えへへ……」
なぜか嬉し気に笑いだす。頭がおかしくなったのか。
「また初めてを体験できました」
確か、新鮮な体験をしたいと言ってたな。二日酔いで喜ぶなんて変態の方向性が斜め上過ぎる。
「ここは馬車に乗っていたフェルスの屋敷だ。来るつもりはなかったんだが仕方ない。なるべく仲良くならずに……?」
「うぅっ……」
行動方針を伝えていると、ラヴィの顔色に白さが増す。嫌な予感に後ろへ下がったところで……。
「オロロrrr……!」
ベッドの上にゲロをぶちまけた。明らかに高価な布団が台無しだ。これはもう、問答無用で追い出されるか?
「けほっ……へ、えへっ……気持ち悪いです……」
口元を汚し、目に涙を浮かべて笑われても困る。精神状態が行方不明だな。
「ソーダ様、こちらにいらっしゃいましたか」
デリックさんがある意味タイミング良く部屋に入ってきた。
「あー、いきなりで非常に申し訳ないんですけど……」
ラヴィの惨状を見てくれと手を伸ばす。冷静な姿しか知らなかったのにピクリと不自然に眉が動いた。さすがにゲロは驚くよな。
「お腹に優しい味ですね!」
風呂に入って着替えたラヴィが後ろめたさなく言う。少し遅い朝食に振る舞われた豆のスープは二日酔いの身体に優しかった。
フェルスとデリックさんも同席のため緊張感はある。すぐに出て行けとならないのは温情なのか。
「お二人は冒険者になられたばかりと存じますが、もしよろしければ軌道に乗るまで支援させていただきたいと考えております」
「ほんとですか?!」
素直に喜ぶラヴィの横で二日酔いとは別の頭痛に襲われる。
「ありがたい話ですが……酒場での飲食に加え泊めてまでもらえて、これ以上は申し訳なさが勝つので自分たちの力で頑張ろうと思います」
丁重にお断りするが、デリックさんの目には未だ意志の文字が宿っていた。
「ソーダ様が衛兵を呼んでくださらなければ最悪の事態もありえました。どうか、お気になさらないでください。お礼が中途半端になっては、私が主に叱られてしまいます」
冗談めかした言い方が的確にこちらの申し訳なさを打ち砕く。勝手に叱られてろ、と厳しく突っ込める心臓がほしかった。
「見たところ武具はお持ちでない様子。冒険者を始めるには何かと費用がかさみます。依頼料で装備を整えるまで剣をお貸ししますが、いかがでしょう」
まさしく望む形の支援に諦めて白旗を上げる。結局、何を言い返しても敵わない自信があった。
「じゃあ、お願いします……」
屋敷を出てしばらく、冒険者ギルドの前で馬車を降りる。駆け出しが貴族様の送迎付きって先輩冒険者に呆れられそうだな。
扉を開けて中に入る。真っすぐ掲示板に向かって早速依頼の物色だ。
「おー、たくさんありますね! この赤いドクロのマークはなんでしょう?」
ラヴィが興味津々に見て回る。どの依頼書にも目立つ赤いドクロマークがついていた。
「たぶん難易度だろう。選ぶのはドクロが一つのやつか」
「端っこに多いですね」
パッと目に入ったのはカタツムリに似たモンスターだ。内容はデカジリツムリの討伐。名前のデカジリは殻の部分がモモの形だから?
依頼書を取ると下に同じ依頼書が複数ある。討伐対象が多くて常に受けられるタイプの依頼になっていた。
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