第9話 醜態を晒せ
「筋はいい。合格だ」
「はぁ、はぁ……ありがとうございます……」
訓練場で歴戦の女戦士にわからされて地面に倒れる。同じ相手で二度目だが隙を突いたり癖を見抜き一撃をくらわすのも叶わなかった。
ある程度、剣を振るうのには慣れたのに。センスの磨き方が問題だ。
休憩もそこそこに建物の中へ戻る。
「お疲れさまでした」
受付のお姉さんとのやり取りには少し緊張する。フェルスに刺されたのはこの後だった。
度々振り向いては確認する。顔も合わせてないのに気にしすぎか。
「魔王軍に関する情報収集はお忘れなきよう。それにですね、ベテランに近い女性冒険者でもお声がけすればパーティを組めるかもしれませんよ」
万が一に備えてベテランに守ってもらうのはありだな。
「今日はありがとうございました」
「またのご利用、お待ちしています」
疲れていても依頼は受けるつもりだが、その前に武器の調達が必要だ。現状、ファイアボールを発動できるのは二回が限度。丸腰で挑むのは危険だった。
刺されなかったことに安心してラヴィを探す。回復魔法が得意だと申告したら別で実力を測る運びになっていた。
魔法の確認を行うほうがおそらく早く済む。先に来ていると思うんだが……。
「このお肉も食べてみたいです!」
賑わう酒場スペースから通りのいい元気な声が聞こえてきた。近くに行くと案の定だ。ラヴィが席に着いてはしゃいでいた。
「合格はもらえたのか?」
「ソーダ! ばっちりでした!」
それはよかった、と褒めたかったけど目の前にあるジョッキやら肉の皿を見て気が変わる。さすがに無料で振る舞われているとは思えない。誰が払うんだよ。実は金を持ってたり?
「お腹が空いていませんか? 一緒に食べましょう!」
「……勘定の計算は?」
能天気な女神だ。数学どころか算数すらできるか怪しくて心配になる。
「安心してください! あの方がお支払いくださると言ってくれましたよ!」
そんな奇特な人物がどこに、って……。
「……マジか」
すぐ近くにフェルスがデリックさんを伴い立っていた。
予想外の出会いに背筋が寒くなる。姿は見られていないはずなのに。衛兵に特徴を聞いて探した可能性はあるが……。
「ソーダ様とお呼びしてよろしいでしょうか」
「……はい」
デリックさんが物腰柔らかく声をかけてくる。名前を含め、ラヴィにも色々聞き取り済みなんだろう。
「森の中で助けていただいた馬車には、私が仕えるアウクシリア家のお嬢様が乗られておりました。主に代わってお礼申し上げます」
頭を下げられても複雑な感情が浮かんでしまう。顔を見せず立ち去った意図を察しろというのは、事情を知らないと難しいか。わざわざ礼をしに探し出すなんて、貴族の執念を舐めていた。
フェルスにチラリと視線を移すが妖しい雰囲気はどこへやら。記憶がリセットされてるのは確実だ。引き際を間違わなければ適度な関係性で乗り切れるか?
「あー、うん……口だけの礼で終わらすつもりじゃないよな」
少し考えて偉そうな態度を取ることにした。向こうに悪印象を持たせてこれっきりの流れを狙おう。
「もちろんでございます。一度屋敷のほうへ……」
「もうお腹が空いて動くのは無理だ。ここの酒場で支払いをしてくれるようだが、俺はかなり食べるぞ?」
自分で言った後に、ただの大食いキャラになっていると気づいて恥ずかしくなってきた。
「問題ございません」
とにかく、暴飲暴食で十分に満足した様子を見せて謝礼の件は終わらせたい。
「よし、ラヴィも好きなだけ食べて飲めよ」
「いっぱい食べていいんですか?!」
心底嬉しそうなのが表情でわかる。思い返せば真っ暗な闇が広がる空間にいたんだ。普段の生活は謎だが、女神も意外に大変なのかもしれなかった。
「俺はとりあえずビールだな」
「わたくしも! 初めて飲みましたがとても美味しいですね!」
まさかの初体験とは。酔って介抱する展開は困るけど、酔いつぶれて醜態を晒すぐらいがちょうどいいのか?
◇
「あー……」
頭の痛みと喉の渇きに目が覚めた。
「……」
しばらく宙を眺めて起き上がる。寝る以前の記憶がどうにもさっぱりで……。
「は?」
視界に入った部屋の内装とグレードの高いベッドに鼓動が早まる。横に置かれた服が決定的で、アウクシリア家の紋様が刺繍されていた。
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