第8話 金がない

「あれ……?」


 ランニング程度の足取りで町へ向かっているとすぐに、肩で息をするラヴィが見えてきた。


「ひぃ、ふぅ……あ、ソーダさん……!」


 追いつくと必死の表情を見せてくれる。この女神、あまりにも貧弱すぎた。


「先に行ってるぞ」


「ば、馬車の手配を、お願いしますぅー……!」


 してほしいなら金銭を持たせるべきだったな。貴族の後ろ盾を失くした今はただの貧乏人だ。


 ナイフを刺された相手とはいえ、フェルスには世話になった。なるべく急いで衛兵を呼んでおきたい。


 デリックさんのおかげで体力はついている。走っていても、前の世界と比べて息が切れにくい実感があった。時間が戻っても肉体的な成長が残るのは異様な気がするけど、異世界という舞台が大抵の不思議を納得させた。


 一度通った道を懐かしむ間もなく進んで町に近づく。ラストスパートでダッシュすると門にいる衛兵が武器を構えたので、慌てて両手を上げて無害アピールに切り替える。


「止まれ!」


「違うんです! 森の中で馬車が襲われてました!」


「何……? おい、お前は応援を呼んで来い!」


 衛兵の一人が門を入ってすぐにある詰所風の建物に入っていき、もう一人は森方面へ走っていった。


 相手の不審振りにかかわらず対応が早いのは感心だ。大物貴族だし、フェルスが来ること自体は伝わっているのか?


 慌ただしく衛兵が出張っていくのを横で眺める。今回は送迎馬車の用意は期待薄。襲われているのを心配する面持ちでラヴィを待っていると、衛兵二人に挟まれて連行される情けない姿が……。


「ち、違うんですよー! わたくしは女神で馬車を襲うような真似は決して……! あ、ソーダさん! 助けてください!」


 女神を名乗りながら賊と間違われるとは。自称するだけ説が出てきたな。


 衛兵にラヴィは連れで馬車が襲われているのを知らせるため先に来たと説明をし、無事に解放してもらった。


「うぅ……改めて、この世界に愛がどれほど必要かわかりました……」


 なんでも愛に結びつけるのはどうかと思う。


「ここにいると見つかるし移動するか」


「馬車の中にいる方が原因で死んでしまったんですよね。せっかくです! 和解しましょう!」


「いやいや……」


 向こうの記憶にはないから、と決めつけるのは早計なのか? だったら和解など考えず今すぐ逃げなければ命がいくつあっても足りなかった。


「寝床の確保が先だ」


 冒険者ギルドで登録を済ませて武器を調達し、簡単な依頼を達成するのが今できる金の稼ぎ方。住み込みで働ける場所があれば冒険者以外でもいいが、短い期間、それも身元が怪しい人間をわざわざ雇うかという問題がある。一日二日程度は野宿でも許容しよう。


 門を越えて町の中に入る。身分の証明を求められず自由に行き来可能なガバガバ具合は心配になるが助かった。


「おお! 建物がいっぱいですね!」


 ラヴィが右に左に視線を移して声を上げる。別の世界にいた俺よりはしゃぐ意味がわからなかった。


「女神なら見飽きた景色だろ?」


「世界への過度な干渉は厳禁なんですよ。こんな風に近くで眺めるのは初めてです!」


「今の状況は絶賛干渉中だと思うけど」


「普通の人間になったので問題ありません!」


「へぇ……」


 魔法なんてものがあるし、ここは女神のガバガバ理論が反映された世界なのかもしれないな。


 とりあえず町を歩いて人通りが多い場所を目指す。鎧や武器を装備する姿を見つければ冒険者ギルドが近いはず。


「回復魔法が得意と言ってたが死んだ人間を蘇生することはできるのか?」


「まず無理だと思います。過度な干渉に当たりますので」


 できないではなく無理か。当てにするのはやめておこう。


「ナイフで刺された傷ぐらいは治せるよな?」


「傷は治せますが失った血は戻りませんよ。体力の回復は本人次第ですね」


 結局、刺しどころによっては致命的になると。


 まあ、ちょっとした傷が治るのなら十分か。単独行動せずについて来てくれるし、このまま冒険者のパーティメンバーに引き入れたい。


 ベテランの冒険者に声をかけてもいいが、パーティ内での格差は不和の元になる。ラヴィみたいに失礼を平気で働ける相手のほうが一緒にいるのは楽だ。親しみやすい女神でよかった。


 しばらくすると見覚えのある噴水が視界の端に映る。向かってみると予想通りに冒険者ギルドがあった。


「ラヴィも一緒に冒険者になってもらえるか?」


「もちろんです!」


 元気な返事を聞いて重い扉を開ける。以前と日にちは違うが中には女の冒険者ばかり。受付のカウンターに行き、また会いましたねと挨拶したくなるお姉さんに頭を下げた。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」


「冒険者になりたいんですが」


「わたくしも!」


「はい、少々お待ちください」


 わかってたけど物珍しそうな目を向けられた。寂しさはあるが元々大した関係性じゃなかったし。向こうは仕事でやっていただけと、また寂しさを募らせる。


 こんなときに思い出すのがフェルスなんだから重症だ。愛の祝福の悪影響と考えることにしよう。

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