第6話 おめでとうございます
午前中には体力作りと魔法、剣の鍛錬。午後には魔導書への挑戦。疲れた身体で夜更かしはできずに早寝早起きの生活がすっかり日常になった。
カレンダーがなく忙しさもあって、過ごした詳細な日数は不明だ。そして、日に日に自分がどれだけ成長したかを試したくなってきた。
しかし、デリックさんからは中々許しが出ない。モンスターを相手にするにはまだ早いと言われていた。
経験者のアドバイスは聞くべきだけど、覚えた魔法を実戦で使いたい気持ちは大きくなる一方だった。
一日を終えてベッドに寝転がる。眠気を感じながら考えるのは明日のことだ。
こっそり屋敷を出ようとしてもデリックさんに見つかり、やんわりとたしなめられる。フェルスも無言で立ち塞がるし。撒いたと思ってもいつの間にか近くにいて侮れなかった。
ただ、二人とも屋敷を離れる日がある。デリックさんが二日ごと、フェルスが三日ごとに。つまりは同時にいなくなる瞬間があるということだ。
その日は他の使用人も目を光らせるが品行方正を心掛けた結果、警戒が甘くなっていた。誰かが見ているだろうと心理的に他人任せになるのかもしれない。
翌日の朝。剣の鍛錬後にデリックさんが屋敷を出て行く。昼を過ぎると書斎で一緒にいたフェルスも部屋を離れ、馬車に乗って出かけるのを確認した。
念のため少しの時間を書斎で過ごして席を立つ。ドアに耳を当てて静かに廊下へ出てみた。
左右には誰もいない。書斎は二階なので一階に下りて客室へ入る。窓を開けて外に視線を彷徨わせ、慎重に乗り越えた。
屋敷の横に当たるスペースは庭園になっている。芝生と垣根が整備されて花壇には色味のいい花が植えられていた。
閉じた門を開いての脱出はさすがに気づかれる。まずは屋敷裏の小屋に侵入して整備用の梯子を拝借し、外壁に立てかけた。
ギリギリ長さが足りないものの、梯子の上に足を引っかければ壁に届く。
「よっこいせ、と」
人の目に注意を払い後始末で梯子を蹴り落とす。最低限、冒険者になる間は発覚を遅らせたかった。
壁の外側にぶら下がって着地で脱出は成功だ。道に出ると間隔を空けて屋敷がポツポツと建つのが見える。この町は退避場所と言ってたし他にも貴族がいるんだな。
冒険者の施設がどこにあるかを聞きたいが周りに人が見当たらず難しい。ここら辺は馬車での移動が一般的なのか?
ヒッチハイクができると嬉しいんだが。物は試し、前から走って来た馬車に手を振ってアピールをする。
「お?」
まさかの一発目で速度が落ちて、すぐ横で止まってくれた。
「どうかされましたか?」
「……」
御者が怪訝そうに声をかけてくる。よく考えると貴族が住むエリアを一人で歩いているのは不審者な気がしてきた。
「その服、アウクシリア家の方でしょう?」
言われてなるほどと納得する。屋敷で受け取った服に刺繍された紋様で判別ができるのか。むやみに悪いことはできないな。
「実は冒険者……に依頼を頼みたいんですけど馬車がタイミング悪く出払っていて、困っていたんです」
自分が冒険者になるため、と説明するよりは信用を得やすいはずだ。
「冒険者ギルドでよろしければ、お送りしますよ」
アウクシリア家の威光に感謝しながら遠慮なく荷台へ乗り込むことにした。
「ありがとうございました」
喧噪が溢れる街中で馬車を見送る。代金すら求められなかったので非常に助かった。
ひとまず路地に入り上の服を裏返して着直す。冒険者になるのに貴族の力は邪魔だ。余計な詮索をされても困る。
円形の広場に出て噴水がある向こう側、かがり火のシンボルが掲げられた建物の前に向かう。壁にツタが這う様子はいかにも冒険者ギルドらしかった。
重い扉を開けて中に入る。荒くれ者が出迎えるかと思いきや、意外にも女の人がほとんどだ。併設された酒場では日が登っている時間帯にもかかわらずジョッキを傾ける姿が散見された。
場違いなのは今さら。開き直って冒険者用のカウンターに行く。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者になりたいんですが」
「はい、少々お待ちください」
受付のお姉さんに物珍しそうな目を向けられた気がする。この場を見るに男が冒険者をするのは稀なのか? デリックさんが元冒険者と言ってたし禁止じゃないんだろうけど。
「お待たせいたしました。こちらのカードに血を一滴お願いします」
カウンターの上に置かれたのは中央に透明な水晶が組み込まれたカードと針だ。血の要求とは魔法よりも魔術的なニュアンスを感じた。
恐る恐る指先に針を刺して血をぷっくり浮かび上がらせる。垂らすのではなく水晶部分に擦りつけると透明だったのが青く変色した。
「冒険者登録はこれで完了いたしました。依頼は掲示板で受けられますが、その前に訓練場で実力を測らせていただきます」
カウンターの横に通路があって奥に行けと言われる。進んだ先は外で四方を壁に囲まれていた。壁際には各種武器が用意されて、そこに立つ歴代の女戦士風な人物が手を上げた。
◇
「筋はいい。合格だ」
「はぁ、はぁ……ありがとうございます……」
デリックさんの鍛錬がいかに優しいものだったのか、今になってわからされた。腕が上がらなくなるまで剣を打ち込んで息も絶え絶えだ。
汗一つかいてない女戦士は涼しい顔で訓練場を出て行く。俺も借りた剣を戻して建物内に戻ろう。武器の調達も必要だし考えることは多かった。
「お疲れさまでした」
カウンターに戻ると受付のお姉さんが笑顔で迎えてくれた。
「今後は自由に依頼書を選べますが、難易度の表記は欠かさずに確認ください。倒したモンスターは冒険者カードの水晶に記録されて討伐の証明に使われます」
肌身離さず持っておく必要があるんだな。
「最後に、モンスターの他に魔王軍の手の者にはくれぐれもお気を付けください。男性は狙われやすく、各地でパーティ単位の活動を行う冒険者は女性が主になっています」
そんな変わった事情があって周りに女の人ばかりだったのか。衛兵には男もいたので冒険者が特に危険だと。
「男が狙われる理由っていうのは……?」
単純な力の強さなどが当てはまらないのは女戦士を相手にしてわかっている。
「残念ながら理由は未だ不明です」
だったら対処は難しい。女装も前のめりでやりたくはなかった。
「魔王軍に関する情報収集はお忘れなきよう。それにですね、ベテランに近い女性冒険者でもお声がけすればパーティを組めるかもしれませんよ」
カウンターに身体を寄せての冗談交じりな声音にドキリとする。冒険者の中で存在がレアだからモテるとか……? 逆姫プレイが捗りそうだ。
「今日はありがとうございました」
訓練場で時間がかかったし何より疲れた。依頼を受けるのはまた今度だな。
「またのご利用、お待ちしています」
初めに声をかけたときと違って対応が柔らかくなった気がする。受付のお姉さんにもモテるのかと勘違い……。
「っと……?」
背中に強い痛みと衝撃を受けて振り返ると、フェルスが無表情で佇んでいた。その手には赤く光るナイフを握っていて、床に垂れた雫が自分の足元に続く。
「あれ……」
力がスッと抜け膝から崩れ落ちて気づいた。床に広がるのが血だまりで背中をナイフで刺されたことに。
「裏切っちゃダメ」
フェルスの冷たい声音に、つい最近も同じことがあったなと思い出す。
「だ、誰か!」
受付のお姉さんの声が遠くに聞こえた。この世界なら回復魔法があって助かるかもしれないな、とぼんやりする頭で楽観的に……。
◇
「おめでとうございます!」
「……」
ぼやける眼前で桜色の髪を揺らす女の人が手を叩いている。赤色がベースの服はミニスカート過ぎるミニスカートで太ももが大胆に出ていた。
「アイダアイト様。あなたは愛の力で見事、蘇りました!」
視界がはっきりして女神のラヴィだとわかる。それに、覚えがあるセリフを聞かされて頭が混乱した。
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