第5話 武力
「ふぅ……」
ようやく魔導書を無事に読み終えて頭の中にファイアボールという魔法が思い浮かんだ。心躍る瞬間なのに、もやもやが上回って素直に喜べなかった。
屋敷にきて今日で五日目。フェルスの存在が悩みの種になっている。
書斎での謎めいた同席に始まって、朝起きたときにベッドの横で立っていたり風呂から出たところに待ち構えていたりと不審な行動のオンパレードだった。
さらに言えば目の色が不穏なのだ。あれは確かに覚えがある。元の世界で散々見てきたヤバい空気感があった。
出会ったばかりで元来の性格なのか測りかねるが緊張は続く。魔法をものにしたのを一区切りに屋敷を出たほうがいい。
夕食の時間。食後に結構なケーキを頂いてから話を切り出す。
「……魔法もようやく覚えたし、そろそろ屋敷を出て冒険者になろうと思う」
フェルスは静かにこちらを見て瞬きを見せた。
「まだ魔導書はある」
ただ短く、それだけ言い残し席を立って部屋を出て行った。
「……」
今のはどう受け取るのが正解なんだ。
「お嬢様はソーダ様を心配されております」
いつの間にかデリックさんが横にいて驚く。
「魔法は状況に応じて使い分けできるように、複数習得するのが望ましいと考えられています」
心配はありがたいし、もっと魔法を覚えたい気持ちは当然あるが……。
「私であれば剣術の指南も可能です。冒険者をしていた経験がありますので」
新たな誘惑は反射的に頷きたくなるほど魅力的だ。冒険者をしながらそのサービスは受けられませんかね。
「イニティウムがどのような町かはご存じでしょうか?」
「……」
急な問いの意味がわからず首を振る。
「ここ、カルディア王国は強力な魔物が潜む死の森を挟み、唯一魔王軍の支配領域と接する国です。最近になって魔王軍の行動が活発化しております。それに伴い、手が届きにくい辺境が退避場所に選ばれているのです」
それがイニティウムでフェルスもその最中だったと。そして、貴族狙いの賊がいたりするんだろう。共通の敵がいても人間同士の争い事は尽きないようだ。
「アウクシリア家は冒険者や傭兵とのつながりが強く、主は忙しい身の上。せめてお嬢様だけでも安全な場所にと提案されました」
屋敷にいるのがフェルス以外は使用人ばかりな理由がわかった。
「カルディア王国には四大貴族と呼ばれる家々が存在します」
事情に疎いのが伝わったのか、デリックさんが続けてくれる。
「その一つが“武力”の異名でも呼ばれるアウクシリア家です。荒事に対応する活動が多く逆にその印象を持たれることも少なくありません。お嬢様にも影響があり、元々人付き合いに消極的なのを含め交友関係の狭さにつながっております」
淡々とした口調ながら内容は濃い。中々の貴族様と出会ってしまったんだな。
「そんなお嬢様ですが、ソーダ様には心を開いている様子なのです。冒険者になる準備期間と考えてもうしばらく、この屋敷でお過ごしください。ぜひ、お嬢様とはご友人として接するようお願い致します」
ご友人の部分が強調されているのは気のせいじゃないよな。
事情は大体理解した。フェルスの不穏さも距離感を測りかねているだけと思えば……。
「わかりました。お世話になります」
結局はこちらに都合がいい内容だ。準備期間とはっきり言われたことだし、せいぜい付き合い方に気をつけて過ごそう。
翌日の午前中。屋敷の広い庭に出てデリックさんと向かい合う。早速、訓練をつけてくれるらしいのでお願いしてみた。
「ではまず、魔法をどうぞ」
覚えただけで使っていなかった魔法を試す。デリックさんが受け止めるので周りに被害は及ばないと言われたが、いきなり人に向かっては緊張した。
魔法の内容は魔導書を読み終わって頭に入っている。右手を前に出し集中すると赤い光の粒子が現れ渦巻き始めた。
「ファイアボール!」
ここだというタイミングで力を入れると、こぶしよりも一回り大きい火の玉が生まれて前方に発射された。
速度は素人が投げる野球の球程度だが、燃え盛る様子は恐怖を呼び起こす。デリックさんに直撃コースで心配するも、腕を横に振るうだけで火の玉は消えてしまった。
「お身体に疲れは感じませんか?」
「……言われてみると脱力感が少しありますね」
「魔法の発動には魔力を消費します。魔力を使い切ってしまうと身体に重りを巻き付けたような感覚に陥るので注意が必要です」
やはり連発するのは難しいのか。
「魔力は体内で生成されるものですが、魔法を使わなければ総量は増えません。今後、一日に一回は魔法を使用することをお勧めいたします」
「わかりました」
「では、剣の稽古に移りましょう」
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