第4話 お嬢様の厚意?

「……」


 屋敷の書斎で船を漕いでいるのに気づいて、やってしまったと魔導書に目を落とす。意味のない文字の羅列はどこまで読んでいたかを忘れさせた。


 ここかなと見当をつけて続きを読んでも無駄なのは通った道。願いが聞き入れられてこの場所を使っているが、窓から入る日の光も弱くなってきた。


 体験して改めて難しさがわかる。せっかくの謝礼が無駄に終わってしまいそうだ。これはもう、数日間は魔導書を閲覧できるよう頼むしか……。


 そもそもの話、魔法を覚えるには適正があるとかないとか。魔導書は魔術師と呼ばれる連中が作ったもので、個人によって覚えやすさなどに差が出ると聞いた。


 読み進めるのに苦痛を伴うのは適正なしとみて諦めるべきらしいのだが、今は単純な眠気にやられている気がした。


 そういえば泊まる場所の確保すらまだだ。追加で宿の提供を頼むのは厚かましいだろうか。


 とはいえ無一文では野宿になってしまう。見知らぬ世界に裸一貫で放り出されるのはハードモードだな。


 寝床の確保に動こうとしたところでドアがノックされる。入ってきたのはデリックさんだった。


「お食事の準備が整いました」


 思わぬ言葉に驚いたけど向こうからの慈悲は素直に頂こう。しっかり世話になったと各所で言えば許されるはずだ。


 魔導書を本棚に戻して書斎を出る。ここを利用する日数を伸ばすよう図々しく頼み込むタイミングを窺っているうちに、ダイニングに見える部屋へ入った。


「こちらへどうぞ」


 まだ現実的な長テーブルの端にはフェルスが座っていて、その隣に座らされる。場所が合っているのか不安どころか、お嬢様と一緒に食事をしていいのか。これもある種のもてなし?


 デリックさんが出て行って二人になる。特に会話はなく沈黙の時間が流れた。庶民には厳しい気まずさだ。


 すぐに使用人の男女二人組がやってきて安心したのも束の間、料理を置いて静けさが逆戻り。フェルスが食事を始めたので続くことにした。


 肉に魚にパイの包み焼きと料理の内容に一貫性はない。スパイスの香りがしたりと味はかなり美味しく、飲み物の赤ワインも高級感があった。


「……」


 こんな静かな食事は初めてかもしれない。一人で食べてもテレビの音などで騒がしさがあるし。今は食器の音を鳴らすのさえ緊張した。


 とにかくお腹を膨らませることに集中してごちそうさまをし、空いた食器類が下げられた。


「……」


 食後も静かなまま、しばらくするとフェルスが席を立って部屋を出て行く。なんとも奇妙な時間を過ごしたな。


「ソーダ様」


 そして、デリックさんが入れ替わるように入ってきた。


「料理はお口に合いましたか?」


「とても美味しかったです。ごちそうさまでした」


「それは良かったです。ところで人里離れた場所で暮らしていたとお聞きしましたが、この町では宿にお泊りなのでしょうか」


「いや、今日来たばかりで……」


「誰であれ魔法を覚えるには時間がかかります。よければ屋敷でお泊りになられるのはいかがでしょう?」


 まさしく望んでいた提案に飛びつきそうになるが、さすがに都合が良すぎて訝しみたくなる。


「フェルスお嬢様からできる限りのことを、と仰せつかっております。不都合がなければぜひご利用ください」


 そんな大げさにと思ったけど殺生沙汰だったしな。急な異世界と現実感のなさから軽く考えていたが結構な事件か。


「じゃあ……お願いします」


 どうせ俺を嵌めても意味などまったくないのだ。頭を空っぽにしてもてなされることにしよう。






 翌朝。元の世界で寝ていた場所よりもグレードの高いベッドで目覚める。いきなりこんな贅沢ができるとは思わなかった。


 用意されていた服に着替えると一気にファンタジーの住人に近づく。その後は朝食もしっかり食べさせてもらい、魔法を覚えるために書斎を利用する。


 最高なコンディションで魔導書を読み始めるが、気になることが一つ。なぜかフェルスが目の前に座っていた。


「……」


 特に会話などなく変な汗が出てくる。魔導書は当たり前のように途中で読み間違えるし。何かアドバイスを期待したけどフェルスは涼しい顔で普通の本を読む。


 馬車が走る世界で本の類は高価なはず。こういう書斎を持つのもステータスなんだろうと、変に気が散って仕方ない。結局、今日も魔法を覚えることはできなかった。

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