第3話 品のある変哲もない屋敷

 馬車に少女と二人で乗せられて町の中を行く。窓から覗く異世界の風景を楽しみたいが、正面に座る少女の視線が気になって仕方なかった。


 自己紹介ぐらいはしたほうがいいのかどうか。貴族との接し方を察するのは庶民だと難しい。多少の失礼は許してもらおう。


「……ソーダと言います」


 本名の相田哀斗という名前はあまり好きじゃない。アイアイと愛称をつけられがちだったので、先手を打ってよくソーダと名乗っていた。


「フェルスとお呼びください」


 変わらずの無表情でも反応があって安心する。そして、会話を繰り広げようにも話題がなくて困った。


「今向かってる場所っていうのは……」


「お屋敷です」


 俺は途中下車で合ってます?


「冒険者が集まる場所があれば降ろしてもらえると助かるんだが」


 ラヴィの口ぶりで危険が伴う仕事なのは想像できる。しかし、他の生き方はいまいちピンとこなかった。


「大丈夫。座ってて」


 フェルスが静かに口を開く。大丈夫の意味はわからないけど、この場で主導権を持つのは彼女だ。諦めて流れに身を任せる。


 馬車に揺られていると喧騒が聞こえ始め、外では屋台が並ぶ様子が確認できる。隣で馬車がすれ違えるほどの幅があり、町の規模の大きさが窺えた。


 少しすると喧騒がやむ。風景も落ち着いた雰囲気に変わって大きな建物が増えてきた。


 どうやら俺も屋敷へ連れて行かれそうだ。もしかすると、お礼的な何かをくれるのか? 一応は助けた形になるんだしな。


 期待に胸を膨らませていると門を通って馬車が止まる。ドアが開くと執事服を着た女の人が立っていた。


「ご無事で安心しました」


 フェルスはお嬢様らしく手を取られて馬車を降りる。女執事に耳打ちをした後、二人で歩いて行った。


 ついていくべきか迷っているとダンディな男老執事が顔を見せる。お辞儀をされてどうぞこちらへと手を伸ばされかけたので、その前に自力で地面へ降り立った。


 芝生に挟まれた綺麗な石畳の先には巨大な屋敷が建っている。石造りの壁は重厚そのもので、屋根の青さに品を感じられた。


「お嬢様を助けていただいたこと、主に代わってお礼申し上げます」


「いえ、そんなそんな……」


「よければ屋敷のほうへお越しいただきたいのですが。いかがでしょうか?」


「よろしくお願いします」


 お礼を求める気持ちを出すのは控えようとしたけど、つい前のめり気味に答えてしまう。


「ではご案内致します」


 老執事の後ろを歩いて屋敷の中へ入る。予想通りの広いエントランスを左に抜けて廊下を進み、客室っぽい部屋についた。


「少しお待ちください」


 一人でソファーに座って部屋の中を見渡す。暖炉や絵画など全てが物珍しく、まさに場違いだった。


 そわそわしながら待っていると老執事が戻ってくる。お盆を持っていてそこにのせたカップをテーブルに置いてくれた。


 早速飲むのが礼儀かは知らないが、一口味わっておく。そこはかとなく高そうな紅茶だ。貧乏舌でもそれぐらいはわかった。


「私はアウクシリア家に仕える執事、デリックでございます。ソーダ様、改めてありがとうございました」


 深々としたお辞儀をされて逆に恐縮する。おそらく、礼の一つもなかったと噂になったら困るのだろう。だったら遠慮は不要なのかもしれない。


「もちろん謝礼は考えております。金品以外にもソーダ様が求めるものに最大限、応えさせていただきます」


 逆に求めすぎても怖いことになりそうな気配がした。何事もほどほどか。


「……魔法を教えてもらうとかは?」


 資金の入手も大事だけど魔法があるのならぜひとも覚えたい。庶民より貴族のほうが魔法に詳しかったりするものだ。


「実は今まで人里離れた場所で暮らしてたんで、魔法についての知識には浅いんです」


 魔法が常識の範疇だったときのことを考えてフォローも忘れずに。怪しまれて得はなかった。


「当屋敷には魔導書がいくつかございます。自由に閲覧できるよう手配しましょう」


「その魔導書を読めば魔法を覚えられるんですか?」


「ただ読めばいいというものではございません。初めから最後まで、一文字一文字を飛ばさずに目で追う必要があります。文字には意味などなく読み終えて初めて、魔法という形で理解できるのです」


「それは……途中で休憩を挟んでも?」


「いいえ、なりません」


 普通の小説ならともかく、謎の文字を読み続けるのはかなりの苦行だ。


「たとえば、そうですね……」


 老執事、デリックさんが壁際の本棚から一冊を手に取る。


「初級の魔法でこの本程度の分厚さになります」


 ライトノベルのサイズ感に近い本だ。初級レベルでこれとは、心底やる気がそがれる話だった。

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