第2話 森の中に馬車とお嬢様

「……」


 目を開けたらポツンと森の中。身体に異常がないことから異世界へ来たのがわかった。


 いきなり死んで、いきなり異世界か。愛の祝福とは言ってたけど何か実感できる能力がほしかった。


 自分が知る定番とは程遠い始まりに肩を落とす。しかし、美愛の目がないと身体が軽い。刺された今も好意は残っているが四六時中気を張っていた状況と比べるとな。


「さてと」


 まずは人と出会って話を聞こう。この世界で知る情報は魔王が幅を利かせていることだけ。そんな人間に頼る意味は今のところ謎だった。


「誰か……!」


 その時、甲高い叫び声が聞こえてくる。まさかと思って耳を澄まし、騒ぎを聞き分けて森の中を進むとすぐに街道が現れて馬車が見えた。


 その周りでは派手な争いが起きている。鎧姿の兵士数人と軽装の集団が剣の音を鳴らしていた。


「これは……」


 迫力ある光景に足がすくむ。人間同士で争われても困るんだが。魔王はどうした。


 兵士が馬車を守ってるのは見ていればわかるし、軽装側の人相が悪すぎて味方をするならどちらかは一目瞭然だった。


 どうか頑張れと応援していると双方が一人ずつ残る接戦になる。茂みに隠れて近づいたら地面が血だらけで、自分が刺されたのを思い出す。経験があるからか不思議と冷静になってきた。


 馬車を守るほうが手練れなのは素人目にも明らかだが、相手が多かったのか疲弊が見て取れる。


「おら!」


 心配通りに兵士が足を取られて転んでしまう。悪人面が余裕を表情に出して握った剣を振り上げた。


 もうここしかないと覚悟を決めて茂みを飛び出す。なりふり構わず勢いそのままにタックルを食らわせた。


「んなっ!」


 完全に意識の外だったのか意外なほど綺麗に決まり、馬車に頭をぶつけて地面に倒れてくれた。


「やった、のか……?」


 立ち尽くして様子を探っていると、いつの間にか兵士が立ち上がって悪人面へ剣を突き刺す。血が生々しく流れて命が尽きるのがわかった。


「はぁ、はぁ……この先にあるイニティウムの町へ、お嬢様を頼む……」


 最後に言うと限界だったのか地面へ倒れてしまう。今、誰かが通りかかったら俺が悪者扱いされそうだ。


 とにかく、倒れる間際に頼まれては無視できない。お嬢様とやらは馬車の中だろう。ドアをノックして声をかけてみる。


「もう大丈夫だと思いますよ」


 襲っていた連中の仲間が来る可能性もあるので、できるだけ早くイニティウムとかいう町で助けを求めたほうがいい。


 音がしてドアがゆっくり開かれる。顔を見せたのはドレス姿の金髪美少女だった。


「……」


 こちらは見惚れて、向こうはおそらく不信感で無言の間が生まれる。


「見ての通り丸腰で貧弱だから安心してほしい。町までの付き添いぐらいはできると思う」


 両手を上げて無害をアピールすると、少女が手を差し出してくる。これはエスコートみたいに手で支えろと仰るのか。


 緊張しながら手を取って慎重に地面へ降ろす。少女は倒れた兵士を見つけるとお辞儀をした。


「じゃあ……こっちかな?」


 馬車の向きで行き先を判断する。引いていた馬は手綱が外れたのかどこにもいなかった。


 歩き始めると少女も黙って素直についてくる。信用は置いといて、この状況だと取れる行動は限られるか。


 それにしても落ち着きようがすごい。襲われるのが日常的なことなら、ラヴィが言ってた愛どころの騒ぎじゃないんだが。


 特に会話もなく森に挟まれた土の道を行く。この先に町があると簡単に言ってたわりに同じ景色が続いていた。


 移動は馬車で戦いに剣が使われている世界だ。距離の感覚にかなりの差がありそうだった。


 ちらりと少女を見ると息は上がってない。歩きにくい格好なのに背筋が真っすぐ伸びる。これが貴族という人種なんだろうな。






「あれか……?」


 森を抜けて平野を歩いた先にようやく建造物が見えてきた。高い壁があって道の続きに大きな門があるようだ。


「足は大丈夫?」


「……はい」


 自分の疲れ具合に反して少女が平気な声音で答える。もしかすると貴族は間違いで冒険者なのかもしれない。


 走りはせず門に近づくと二人の衛兵が不審な様子で迎えた。


「あの、森の中でこの子が乗ってた馬車が襲われてました」


「何……? おい、お前は応援を呼んで来い!」


 衛兵の一人が門を入ってすぐにある詰所風の建物に入っていき、もう一人は森方面へ走っていった。


 俺はお役御免でいいのか? 少女の様子を窺っても反応は乏しかった。


 すぐに詰所から何人もの衛兵が出てきて森へ向かう。この必死さを見回りに割いてほしいというのは事情知らずの勝手なんだろうか。


 最後に来た衛兵が目の前で立ち止まりかしこまった。


「馬車を手配しますので、こちらで少々お待ちください」


 俺じゃなく少女への対応なのは明らか。棒立ちで置いて行ってくれ感を出していると服を引っ張られる。


「……」


 横を見ると少女が小さな手で服をつまんでいた。ちょっと威圧感のある衛兵と二人きりはごめんだから間に弱そうな人物を挟みたいとか、そんな意思表示で合ってます?

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