いや、やめておこう。



 俺たちは幼なじみだが、それであっても言いたくないことは当然あるだろう。むしろ、近い存在だからこそ知られたくないということも。



 これ以上、二人で部室にいられる空気ではない。けれど、お互い別れて帰るというのも何か違う。



 そう思ったのは怜奈も同じだったらしく、俺たちは二人、目を合わすことも、言葉を交わすこともないまま、ただ毎日の習慣に沿って動くロボットのように並んで学校を後にした。



 既に日の落ちた秋の空は、深い紺色に染まっている。白い吐息越しにボンヤリとその空を見上げて歩いていると、不意に怜奈が口を開いた。



「あなたがいてくれて……本当によかった」


「あ?」



 横を見ると、怜奈の姿がない。少し後ろで、怜奈は立ち止まっていた。



 街灯の白い光の下、まるでスポットライトに照らされたような姿で立ちながら、怜奈はにこりと微笑んでいた。



「こんな私といてくれて、本当にありがとう。ずっと……楽しかった。じゃあね」


「え? おい、怜奈……」



 怜奈は俺にくるりと背を向けて駆け出し、すぐ傍の角を曲がって路地の中へと入っていってしまった。



「なんだ、あいつ……?」



 っていうか、『ずっと楽しかった』って……どういうことだ? そんなのまるで、一生の別れの挨拶みたいじゃないか。



 何か変だ。後を追いかけたほうがいいかもしれない。そう思いつつも、怜奈は今それを望んでいないような気がして、俺は惨めに一人で帰ることにした。



 すると、それから少しして、周囲にパトカーや救急車のサイレンの音がけたたましく鳴り始めた。秋の冴えた空気に、その音は鋭く鮮明に響き渡った。



「近いな……」



 刻一刻と暗さの中へ沈んでいく空を見上げながら、俺は呟く。頭に浮かんだ嫌な予感を『そんな馬鹿な』と心の裡で笑った。



 翌朝、登校をする時にいつも待ち合わせをする公園前に怜奈は現れず、そしてその日の一時限目を潰して開かれた全校集会で、怜奈が自動車の前に飛び込んで亡くなったことを俺は知った。




 何か、俺にできることがあったはずだ。


 


 そう思えてならないが、今は何も考えられない。ただあの時のサイレンの音だけが、俺の頭の中に鳴り響いていた……。



 エンド3:サイレン。

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