十三話 見えるだけの彼が築くべきものと、その裏で築かれる暗い友情
古来よりハーレムというのは野生文明問わずして存在する。それはより優秀な遺伝子を次代に多く残そうという種の本能として自然なもの…………しかし文明が発展したことで個の能力によらずとも生活の安定が可能になると無理にその体制を維持する必要もなくなった。平等の名のもとに一人の男が複数の女性を独占することは法律によって規制され、実際に世界が崩壊する前の時点でほとんどの国が一夫一妻制となっていたらしい。
だからもちろん東都においてもそれは守られているし、僕もそれを常識として自然に受け入れている…………とは言えそういう概念があるのは歴史などで学んではいるし、物語などで扱われることも珍しくはない。ただ僕にとってそれは現実的ではなくファンタジーであったということだ。
「野生においてハーレムの主は唯その強さを示せばいいが人間は違う」
良くも悪くも人間は個が強い。ただ盲従するだけではなく己の利を優先して通そうとする。
「人の集団は数が増えるほどそれぞれの個が反発する。その集団が破綻してしまわないようにするためにはそれぞれの不満や要望を見極めてバランスを取ることが必要だ…………それは集団の主が執り行うこともあれば、例えば古い時代の後宮などでは皇后や宦官などが取り仕切ることもあったようだ」
「僕の場合は前者でしょうか」
前者や後者ではハーレムそのものの規模が異なる。両手で余る程度の数ならば主である男一人で管理できるが、それ以上の数となってしまえば組織として取り仕切るしかない。
「別に人数が少ないからといって後者を選んでいけない理由はない。人間には向き不向きがあるものだ。集団の管理に自分が適していないと思うのなら適した人間に管理を委任したほうがうまくいく可能性は高い」
「…………でもそれだと不満、でますよね」
「出るだろうな」
管理を委任された人間は必然的にハーレムのナンバーツーとなる。それはつまり他の人間に比べて主からの寵愛がより大きいという意味にも捉えられる…………つまりは嫉妬の対象であり自分がそれに成り代わろうという人間も生まれる。
「けれどその不満は君に向くものではない」
ハーレムにおいて最も避けるべきはその主への不満が爆発することだ。そうなれば愛情は容易に憎悪へと成り代わる…………しかし管理者が別にいるのなら全ての原因は管理者にあると思い憎悪の矛先は主へと向かないだろう。
「…………女の内で勝手に争えと」
「普通のハーレムであればそうなる」
何せ争い合ったところでハーレムそのものが終わるわけではない。よほどのことが無ければ当事者とその周辺の被害で済むだろう…………その為というわけではないが数はいるのだから。
しかしそれが見えざる魔女の集団となれば話は別だ。その争いによっておこる被害は周囲を盛大に巻き込むことだろう。
「つまりは平等ですよね」
「そうなるな」
彼女たちを全て平等に扱いその要望を叶えて不満を抑える。
無理だ。
と、口にしたくとも僕は出来ない。
やるしかないのだ…………けれどやれる気はまるでしなかった。
◇
「女同士で話し合いたいこともあるの」
絶対に切歌に危害は加えないから、そういう約束の元にわたくしは陽を送り出した。彼は彼で恐らくは事情を知る人間に相談したい思いもあったのだろう。多少の不安を残しつつもわたくしと切歌を残してこの倉庫を去って行った。
「さて、なの」
わたくしは二人きりになった倉庫内で切歌へ視線を向ける。陽がいなくなったからか彼女も隠れる様子はなくなりわたくしの正面に座っていた…………気持ちが落ち着いたからか、懐かしい顔だと素直に思うの。
「改めて、久しぶりなの」
「う、うん。そうだね、結、ちゃん、えへへ」
その感情を素直に口にすると嬉しそうに切歌が笑う…………少し心配になるくらいちょろいの。わたくしは狙って口にしたつもりもないのに罪悪感を覚えるくらいなのよ。
「そんなのでお前は良くこれまで耐えて来られたのよ」
だから思わずそう口にしてしまう。
「わ、私は元々…………一人が、多かった、から」
思い出してみれば研究所で初めて会った時から切歌は人見知りをする人間だったの。そんな彼女に話しかけたのは偶々わたくしも話し相手がいなくて手持ち無沙汰だったから…………しかし一度話すと警戒が解けるタイプだったのか、それからは半ば付き纏われるようになった覚えがあるの。
「そ、それに王子様を見守ってれば楽しかった、から、ふひひ」
そう考えればそれこそストーカー気質は後天的なものではなく、当時からあったものと考えるのが自然なの。
「陽は気にしない…………気にしないように振舞ってくれるとはいえ節度は大事なの。わたくしの方も我慢してあげるから正面から彼に相対する努力はするのよ」
「わ、わかってる…………けど」
「けど?」
切歌のその視線はわたくしの身体へと向けられていた。
「む、結ちゃんも露出は、もう少し控えるべき、だと思う」
「わたくしは露出狂では…………あるの」
思わず否定しそうになったけれどわたくしは素直に認める。今更ではあるがこんな格好で否定など出来ないし、彼にもすでにバレている。それを否定したところで切歌との関係の弱みにはなっても益は無いの。
「そ、そうなんだ」
困ったように切歌は顔を引きつらせる…………自分はストーカーの癖に人の趣味に引くなんてむかつくの。
「誰も彼もまともなままじゃあの孤独には耐えられなかったはずなのよ」
ただ、これは怒っても仕方のない話なの。お互いのおかしなところを卑下しあったっところで不毛なだけなのよ。
「う、うん。そうだよ…………ね」
そしてそれは切歌もわかっている事なのでそれ以上踏み込むこともないの。
「それより早急に今後の方針を決めておく必要があるの」
「そ、そうだね!」
「そうなの」
頷き合う。なぜならそれは陽のいない内に決めておかなくてはならない事なの。
「基本的な方針としてこれからやって来る魔女には友好的に接することを提案するの」
「え……それで、いい、の?」
「よくはないの。だからあくまで基本的には、なの」
つまりは表向きの対応という事になるの。
「どれだけわたくしたちが反対したとしても陽は他の魔女たちとも友好的にすることを求めているの…………根が善人なのもあるし、見えざる獣の問題を解決したいと思っているからなのよ」
その問題を解決するには残存している見えざる魔女たち全ての協力が必要なのはわたくしにもわかってはいるの…………わかっていても無理なものは無理なのよ。
「だからわたくしたちは陽に嫌われないためにもその方針を基本的には守るの…………おいたをする他の魔女たちを寛容に窘めるくらいの立ち位置が理想なのよ」
そうすれば頼れる女として陽のわたくし達への目も変わるはずなの。
「き、基本的じゃない、ときは?」
「そんなの決まってるのよ」
にっこりとわたくしは切歌に微笑む。
「まずこちらの説得に耳を貸さないようなら仕方のないことなの」
何を言っても聞くことなく陽を独占しようとわたくしたちを排除しに来るなら、流石に彼だってそれを排除したわたくしたちを責める事はしないはずなの。見えざる魔女が協調できないという現実を直視することにもなるから、むしろそういう手合いがやってきて欲しいところなのよ。
「せ、説得されちゃったら?」
「それなら受け入れるしかないの」
流石に協調の姿勢を見せる相手を排除は出来ない…………そんなことをすれば陽への印象が最悪になるのは間違いないの。一旦は協力する仲間として受け入れる必要があるのよ。
「ただ、その先の事を考えれば事故はありえるの」
「そ、そうだよね、ふひひ」
暗い笑みをわたくしと切歌は浮かべる。
「見えざる獣は雑魚だけど数だけは多い…………それに時々強力な個体がでてこないわけでもないの」
「ふ、不注意でやられちゃうことも…………ぜ、ぜろじゃない、よね」
「そうなの。もしも起これば残念な事故なのよ」
露骨な真似はもちろんできないが、例えば見えざる獣を狙った攻撃が偶然にも他の魔女を直撃して隙を作ってしまう可能性はゼロではないの…………見えざる獣との戦いはその数から乱戦になりやすいので仕方ないことなの。
「陽がどう頑張ったところで魔女が増えれば増えるほど、わたくしたちが彼と過ごせる時間は減るの…………事故で消えてくれるのなら助かるの」
切歌のようなケースは稀なのだ。そしてその切歌だっていずれ慣れれば陽との二人きりの時間を望むはずなの…………まあ、彼女一人の時間くらいなら我慢してやらないでもないの。ただそれ以上の数の魔女などいない方がいいに決まっているのよ。
「それに」
そう、それになの。
「どうせ他の連中も同じことを考えるの」
陽への心証の為に表面上は取り繕うだろうが、どうせ裏では邪魔者を排除しようとするのが目に見えているの。
「だからある意味これは自衛でもあるのよ」
もちろんそれは
「切歌、わたくしたちは友人なの」
「う、うん、えへへ」
今ここで口にするのは白々しい話ではあるけど、その事実は大切なの…………だからそのはにかんだ微笑みが演技でないことをわたくしは祈るの。なぜならその関係が確かであればあくまで自分一人で陽を独占しようとするであろう連中に対して大きなアドバンテージとなるのだから。
「今後ともよろしくなのよ」
「うん!」
わたくしたちは笑みを浮かべる、その表情だけはかつての思い出の中の二人のように。
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