十四話 見えざる魔女の妥協したようでしてない話

「二人で話し合ってわたくし達も少し陽の為に妥協することにしたの」


 支倉司令に相談した翌日、ハーレムを維持する話の前にそもそも他の見えざる魔女を受け入れる事を二人に納得させなければならない…………そう改めて決意してやって来た僕に開口一番結はそう告げた。


「…………妥協って?」

「昨日話した時はさすがにわたくしたちも頑な過ぎたの…………それにわたくし達だって他の魔女に情が全く無いわけでもないのよ。だからやって来る魔女にも一旦は話し合う姿勢を見せるべきだと思い直したの」


 昨日の自分を反省するように自戒を込めた口調で結が話す。いきなり僕にとって都合の良すぎる話に少し疑問を抱かなくもないが、彼女の言う通り元々他の魔女も仲間だったのだから感情が落ち着けば思い直しても不思議はないとも思う。


「えっと、それじゃあ他の魔女と協力する方針ってことでいいの?」

「もちろんなの」


 頷く結に僕はほっとする。


「相手が話し合いに応じるのなら争う必要なんてどこにもないの。協力できるのならそれが一番いいに決まっているのよ…………ただ」


 例外はあるのだというように結は僕を見る。


「話し合いが出来ないのならわたくし達も容赦するつもりはないの」

「それは…………」

「刃物を持って襲ってくる相手に話し合いをしようとするのは愚かなのよ」

「…………わかってるよ」


 僕だってそこまで理想主義者じゃない。確かに僕は他の見えざる魔女たちも助けたいと思っているが結と切歌の二人の命も大切だ。襲い掛かってくる相手に自分を危険に曝してまで説得しろとは流石に言えない。


「わかってくれるならいいの。やって来る魔女が話し合いに応じるなら話し合いで済ませる、応じないなら排除する…………その方針で納得して欲しいのよ」

「排除って」

「殺すの」


 欠片もオブラートに包むこともなく結は即答した。


「…………その、取り押さえたりとか」


 一旦はその程度で済ませられないだろうかと僕は聞く。


「駄目なの」


 けれどその一点に関して結は妥協するつもりがない様子だった。


「こちらの話し合いを蹴った時点でもはや信用できないの。わたくしは例えに刃物を使ったけれど刃物なら取り上げる事は出来るの………けれど魔女の力は無理なのよ」


 刃物を持った相手であればそれを取り上げて閉じ込めてしまえばこちらの安全は確保できる…………無力化した上でじっくりと説得するという手段が選べるのだ。


 しかし相手が見えざる魔女であればそれは出来ない。力を取り上げることできないから実力で勝る人間がずっと見張っていなければならないし、安易に改心を信用すれば不意を突かれてやられるようなことも起きかねない。


「だから敵対を選んだ魔女は殺すしかないの」


 もちろん時間をかければ説得の可能性はある…………けれどそれをしている余裕はないのだと結は僕に告げる。


「その点に関してだけはわたくしたちも妥協はできないのよ」


 はっきりと明言する結に僕は切歌へと視線を向ける。黙って僕らの話を見守っていた彼女はその視線にこくりと頷いた…………結が口にした通りその意見は二人一致しているらしい。


「…………わかったよ」


 僕は頷く。出来る限り他の魔女たちも助けたいとは思うが、やはり優先すべきは確実に協力関係が結ばれている結と切歌の二人だ。説得できるかどうかもわからない相手の為に二人を危険にさらすよりはその提案を受け入れるべきだろう。


「でもちゃんとその…………」

「いきなり攻撃を仕掛けたりしないと約束するの」


 くどいような僕の確認に結はしっかりと頷く。


「わ、私も約束、するよ、えへへ」


 視線を向けると切歌も頷いた。


「ええと、うん。ありがとう」


 自主的に考えを改めてくれた二人に僕はとりあえずお礼を口にする。


 状況はまだ不安要素ばかりだが、先行きに少しは期待が持てるような気がした。


                ◇


「それじゃあこれからどうしようか」


 今後やって来るであろう魔女たちに対する方針はいい方向に固まってくれた。しかしその魔女がいつやって来るかもわからないし、何人現れるかも今のところは不明だ。


「…………荒野の方を監視したりした方がいいのかな」


 見えざる魔女の来訪を知る方法としてそれくらいしか僕には浮かばない。


「単純に監視していても見えるとは限らないの…………例えば切歌がこの都市に遠くから近づいて来てもそれではわからないはずなのよ」

「それは確かにそうだね」


 地面に潜んで移動してくる切歌は単純に荒野を監視していただけでは気づけない。


「近づかれれば気配でわかるけど、正確な位置が分かるわけではないし、それもやっぱり切歌のような力で隠れられたら気づけないのよ」


 見えざる獣と同じように魔女の位置も何となくならわかるらしい。ただ獣と違い魔女は気配を隠すような力を持つ者もいる。そういう相手の場合は切歌のように直接姿を現すまで結にも気づけないということらしい。


「えっと、つまり」

「来るのを待つ以外わたくしたちに出来る事は無いのよ。目的はあなたなのだからその前に街に被害を出すようなことはないはずなの」


 結たちと争いになったならともかく、それより前に僕の不興を買うような真似はしないということだろう。


「つまりやる事は特にないってことか」

「そうなの、だから待つ間にわたくしたちをしっかりと構うの」

「それはもちろん構わないけど」


 現状における僕の日課になっているわけだし。


「それじゃあ適当に何か話でもする?」


 結と過ごす時間は基本的にただ話すだけのことの方が多い。一緒に何かすることも提案したが触れ合うのは刺激が強すぎると言われたし、何かゲームでもとも提案したがとりあえずはのんびりと僕との対話を楽しみたいと言われていた。


「あ、切歌もそれで良ければだけど」


 忘れず意見を求めるために僕は切歌に視線を向ける。

 彼女は僕と結から少し離れた場所の段ボールの影に潜んでいるので意識しないと存在を忘れてしまう…………出来れば近くにいて欲しかったのだけど、恥ずかしいからと断られてしまったのだ。


「う、うん。その方が…………私も助かる、よ、えへへ」


 わかっていたけど切歌にも異存はないらしい。


「それじゃあ何話そうか」


 普段結としているのは特に目的も無いような会話だ。好きな食べ物のと話とか通勤途中に見かけた猫の話題とかそんな話…………そういうなんでもない話がいいらしいから。


「え、えっとね…………王子様の話、とか、聞きたい、な」


 意外というか切歌が率先して提案する。それに僕は結に視線を向けると彼女も鷹揚に頷いて見せた。


「わたくしも興味はあるの。ただいきなり踏み込んで聞くのも躊躇われたから聞かないでいただけなのよ…………流石ストーカーなの。他人の領域に踏み込むことに遠慮が無いの」

「む、結ちゃん、ひ、ひどい」

「ええと、別に僕は構わないからね」


 容赦なく切歌を罵倒する結に僕は少し頬を引きつらせつつフォローを入れる。二人は元々の親交が合ったような口ぶりを切歌がしていたが、それにしては結には容赦ないような口調が多いように見える。


 切歌の性格を考えると元々そういう上下関係があったのとも思えるが、長い孤独で結が擦れてしまったからなのかもしれないと思う。


「でも僕の事なんてそんなに面白い話もないよ?」


 二人の関係はともあれ真面目に面白い話じゃないと僕は思う。自分でも言うのもなんだけれど根が真面目なせいなのか、面白みのない人間と評されることがこれまで多かった。


「面白いかそうじゃないかはあまり重要ではないのよ」

「う、うん。私もそう思うよ、ふひひ」

「………えぇ」


 じゃあ何が目的で聞くのか。


「わたくしたちはあなたのことが知りたいの、そして聞けば興奮するの」

「…………興奮は、しないで欲しいかな」


 それでなにが起こるかわからない。


「あっ、でもそれならさ」


 僕はふと思いついて提案する。


「僕のことも話すから二人の事も聞かせてくれない?」


 見えざる魔女についての大筋の話は以前に聞かせて貰ったけど、結と切歌という個人については僕も知らない。二人が元々どういう人間で魔女になるまでにどんな経緯があったのかを知れれば今後の役に立つかもしれないし、単純に世界がこんな風になる前はどんな生活をしていたのかも気になる。


 もちろん崩壊前の文明は知識として知っているけれど、やはり実体験を伴った話はそれとは違ったものに感じられるはずだ。


「まあ、わたくしは構わないのよ。それで五分五分の取引なの…………どうせあなたにはこの身を含めて隠すものなど何もないの」

「身に関してはもう少し気持ちが通い合うまでは隠して欲しいけどね…………」

「それはつまり気持ちが通じ合えばフルオープンでも問題ないという事なの。明るい未来への期待に肌がほてって来るのよ」

「…………やっぱり脱ぎたいのか」


 頼み込んで布を羽織って貰ってはいるが、結はやはり不本意らしい。


「わたくしはもう開き直っているの。裸こそ至高なの。人間は全て生まれたままの姿でいるのが自然の姿なのよ」

「…………切歌には強要しないようにね」


 思わず僕がそう呟くと、当の切歌もそっと結から目を逸らしていた。

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