十二話 穏便ならざる魔女たちと見えるだけの彼

 結の居住スペースである倉庫に移動する頃には東都は夜になっていた。最終防壁に覆われた都市内はドーム状になっていて、昼夜の概念もある程度は人工的に作られている。

 もちろん太陽光の取り込みなどは行われているけれど、それも全面ではなく限られたスペースだけだからだ。第二防壁まで出れば外の光景は眺め放題だが、それができるのは防衛隊員だけで都民は基本的に近づくこともできない。


「それで、まず切歌はいつまでここにいるつもりなの?」


 結のそれは邪魔者はさっさと帰れというような口調と表情だったが、僕としてもそれは聞いておきたいと思っていたことだ。


「二、三日くらいは、いるつもり、だよ、ふひひ」

「えっと、それくらいなら潜ませてる君の都市は大丈夫ってこと?」


 切歌は自分が守る都市をその力で潜ませているらしいが、それも永遠に続くものではないだろうし、潜ませることによる都市の住民への影響も気になる。


「い、一週間くらいなら、大丈夫、だよ…………王子様の想像してるのと、潜ませ方は違う、から」

「えっと、どういうこと?」

「ち、地中とかに潜ませるんじゃ、なくて…………見えざる獣、から、潜ませてるだけだから、えへへ」


 僕を地面に引きずり込んだように物理的に潜ませているわけではなく、そこに変わらず存在しつつも見えざる獣にだけ認識できない…………その気配を潜ませているという感じだろうか? 真正面からは恥ずかしいと言っていたように切歌は僕から顔を背け気味だが、そう説明する表情はどこか自慢げにも見える…………ちらちらと僕を見ているし。


「す、すごいね」

「そ、そう? ふへへ」


 とりあえず褒めてみると嬉し気に頬を緩ませる。


「で、でも一週間も空けるのはちょっと不安、だから」

「それで二、三日でいったん戻るってこと?」

「う、うん」


 切歌が頷く。ギリギリを選ばない辺り都市を守る責任感はちゃんとあるらしい。


「陽、わたくしもちゃんとこの都市を守っているの」

「う、うん。ちゃんと感謝してるよ」

「ならいいの」


 それならば許してやるというように結が鷹揚おうように頷く…………嫉妬、だろうか。これからはどちらかを褒めるにしてももう一人への配慮も意識しないといけないらしい。


「それで切歌、他の魔女の動向はどれくらい知ってるの?」

「ご、ごめんなさい…………全然、わからないの」

「むう、役に立たない女なの」

「だ、だって…………他の都市の場所とか、知らなかったし」

「それはまあ、そうなの」

「えっ」


 それには僕が驚いてしまう。


「互いの担当の都市の場所は教えない、皆で別れた時にそう決めたのよ」

「なんでそんな」

「知っていれば会いに行きたくなってしまうの…………それに正直に話してしまうと前に生き残った魔女は善良な人間ばかりと言ったのは嘘なの。大半はそうだったけど晴香のように厄介な魔女も何人かはいたのよ」


 だからあえて互いの情報を隠匿したという事らしい。


「でもそれならこの都市の場所は?」

「は、晴香からの手紙にはこの都市の場所も書いてあった、から」

「…………本当に厄介な人なんだね」


 手紙を送っているのだし事前に魔女の場所も全て調べてあったのだろう。僕の事を知っていたことから考えれば各都市の新鮮な情報もある程度得られるようにしているはずだ。それでいてこれまで他の魔女たちと交流を持とうとすらしていなかったのだから、確かに結の言う通り孤独など感じない人間なのだろう。


「真っ先に殺しておきたいけど、どうせ自分の安全は確保してるのよ」


 当然ながら切歌が貰ったという手紙にも自分の居場所は書いていない。魔女の優先度は僕へ集中するだろうからその居場所を探ることにリソースを割く魔女は少ないだろう…………高みの見物が出来るわけだ。


「いずれ落とし前を付けるとして目下は他の魔女の対処を優先するの…………この感じだと切歌が最初に来たのは単純に距離が近かったか移動スピードが速かったからなの」

「力の質の問題ってこと?」


 確かに少し話している間に僕を連れた切歌はかなりの距離を移動していた。


「世界に刻み込んだ想念次第では移動には全く応用できない可能性もあるの」

「わ、私の場合は、進行方向に向かって潜み続けることで……移動できるんだよ、えへへ」


 切歌は物体の中に自分を潜ませることを移動に応用しているらしい。地中ではわからなかったが、遠くの物へ潜もうとすればそこまで一瞬で移動して潜めるのかもしれない。それであればあの移動速度にも納得だ。


「えっと単純に都市を守るために離れられないって可能性は…………」

「それはないの」

「無いと思う」


 見えざる魔女の良心に期待する僕の意見は即座に二人から否定された。


                ◇


「それでまた私の元に来たというわけか」


 すでに夜分も遅い時間に訪問した僕から事情を説明された支倉司令は、そう呟いて疲れた表情を浮かべる。それは単純に疲労から来る疲れというよりは、今しがた説明されたことに対する精神的な疲労のように見えた。


「まさか少し時間を置くようにアドバイスしてすぐに最悪のケースの報告をされるとは私も思っていなかったよ」

「…………一応不可抗力です」


 僕が動いた結果ではなく夜闇晴香という想定外の存在による介入のせいなのだ。


「私とて君を責めるべき話でないことは理解している…………しかしこの都市の防衛を統括するものとして愚痴の一つも言わせてくれ」

「…………それは、はい」


 支倉司令からすれば愚痴の一つも言いたくなるだろうと僕も思う。


「ただまあ僕の立場からしても伝えないわけには……」

「無論私としてそれは理解しているとも」


 自由に行動する権限を与えたとはいえ僕は防衛隊員だしその志を忘れたつもりはない。で、あれば都市の危機になりうる情報を伝える以外の選択肢は無いのだ。


「見えざる魔女同士の争いには干渉できないが、それが起こる事を知っているかいないでは出来る対応は大きく異なる…………魔女たちは君を奪い合う為に争ってもわざわざこの都市の住民を狙ったりはしないだろうからな。巻き添えだけであれば犠牲を減らす手段はある」


 都民を直接狙われれば見えざる魔女を認識できない防衛隊にはどうしようもない。しかしそれが単なる巻き添えだけであれば戦闘地域から避難させるだけでも犠牲を抑えられる可能性はあるのだ…………もちろんそれはやって来る魔女が以前に結が遭遇したというような悪辣な魔女でない前提ではあるが。


「だからその情報をいち早く知らせてくれたのは大きい…………故に愚痴だ。無事に通り過ぎることを祈るしかない災害がいつやって来るのかと、胃を痛めて待たねばならない人間としては少し吐き出しても許されることだろう」


 そう口にする支倉司令の表情はここ最近で一番に悲痛そうだった。


「え、えっと…………何も起こらない可能性もありますから」


 せめてもの気休めに僕はそう口にする…………可能性はゼロではない。


「そう甘くないとたしなめられたから君は私に相談に来たのだろう?」


 しかし支倉司令は気休めに甘えることなく現実を直視する。その辺りは流石組織の長と頼るに足る相手ではあるのだが、その心労を軽減すら出来ないことには申し訳なさを覚える。


「僕は…………どうするべきでしょうか」


 望まずとも僕は見えざる魔女に対して影響が大きな立場になっている。もちろん魔女たちは僕の願う通りに動いてくれるわけではなく、あくまで僕の行動が大きく影響を与えてしまうだけだ…………つまるところ状況をひどく悪化させる可能性もある。


「例えば、僕が一時的にこの都市を離れるというのはどうでしょうか」


 そうすれば少なくとも見えざる魔女の争いにこの都市が巻き込まれることは無くなる。守り手がいなくなるという問題も切歌に頼んで都市を潜ませておいてもらえば大丈夫だ。


「それには二つ問題がある。一つは君を見失った魔女がこの都市に対して何をするかわからないという点だ」

「それは…………」

「長い孤独の果てにようやく出会えると思った異性がすでに逃げている…………それを知った時にその魔女がいかなる行動に出るかは私としても想像はしたくない」


 その喪失感を苛立ちに代えて都市にぶつけられればそれで終わる。


「そしてもう一つはそれが根本的な解決にならない事だ。君が一生を逃亡に費やしこの世界を放浪するというのなら話は別だが、定期的に戻ってくるつもりならばいずれは捕捉されることだろう」


 僕を追う魔女たちが諦める事はないだろうし、僕にとっての故郷であるこの都市は当然マークされるはずだ。僕の郷愁だけではなく見えざる獣に対する対処を維持するという観点からも戻る必要はあるから、支倉司令の言う通りいつかは捕まる。


「その問題を解決するなら自身の居場所を明かした上で都市を離れるしかないだろう」


 つまりは見えざる魔女の争いがこの都市に及ばないようにしつつ、逃げる真似はしないで正面からやって来る魔女との話し合いに挑むわけだ…………うん、この都市の安全が確保される以外に何も進んでいない。


「出来ればその先を相談したいのですが」

「まあ、そうだろうな」


 それは流石に支倉司令だってわかっている。


「だが見えざる魔女に対して君が一人しかいない時点で話し合いが難しいことは理解しているだろう…………結局のところは誰が君を手に入れるかになる可能性が高い」

「…………」


 結と切歌は協力関係を結べたがそれはあの場に魔女が二人だけだったからだ。二人で僕を共有するならそれほど時間は分散されないし、切歌も当分は僕を独占する時間は必要ないという態度だった…………そして何より今後やって来るであろう魔女に対する戦力確保の意味合いもあった。


 しかし魔女の数が増えれば増えるほどそんな関係は維持できなくなる。


「この都市の防衛を担うものとして正直に言わせてもらえば…………今後やって来る魔女に関しては全て排除して貰いたいところだ」


 都市を守る戦力としては二人いれば充分…………それ以上は危険因子でしかないのだと支倉司令は告げる。


「でもそれじゃあ」

「うむ、それでは根本的な解決には繋がらないし、他の都市は滅びる」


 全ての元凶たる見えざる獣の根本的な対処。二人では自分の都市は守れても見えざる獣の根本的な対処にまでは手が足りないはずだ…………そして排除された魔女の守っていた都市は当然滅んでしまう。


「根本的な解決を望むのなら残存する全ての魔女の協力が必要だろう」

「…………」


 けれどそれは夢物語なのだと結も切歌も言っている。


「そもそも見えざる魔女のような特殊な環境に置かれていなくとも、人間というものは数が集まればそれだけで争いの可能性が生まれるものだ…………しかし男と女の非均等な集団というのは古来より例がないわけではない」

「えっと、それは…………」


 頭に浮かぶ言葉は嫌な予感しかしないものだった。


「だからもしも君が最上の結果を望むのなら」


 真剣な表情で支倉司令は僕を見る。


「君に必要なのはそう…………ハーレムを維持する力だ」

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