十一話 見せるのは良くても暴露は嫌いな魔女
「お前、彼の存在を他の魔女たちにばら撒いたの?」
信じられないものを見るように結が切歌へ視線を向ける。それは僕を独占しようと考えるなら絶対にやってはいけない行為だ。そんなことをすれば見えざる魔女同士の破滅的な争いを引き起こす可能性があるし、その争いにかまけて防衛を放棄された各都市は獣の脅威によって滅びる可能性が高い。
そしてその行為は単純に僕を手に入れるライバルを増やして困難にするだけではなく、肝心の僕の心証も最悪にするだろう。僕の感情などどうでもいいなら見えざる魔女を同士討ちさせる的確な方法かも知れないが、話した印象では切歌は違ったように思う。
「わ、私がそんなに愚かだと、思う?」
「正直思わないでもないの」
「…………ひ、ひどい」
ショックを受けたように切歌は目を伏せるが、正直やりかねない不安定さは僕も感じてはいたので
「まあ、正直に言えばそれはお前という個人の問題ではないの…………はっきり言ってわたくしの知るどの魔女でもそんな愚か者になっている可能性はゼロではないのよ」
見えざる魔女が孤独に過ごした時間は人を変えるには充分な時間だし、実際に結はその一例にも出会っている…………切歌に疑いの目を向けるのも無理はないことだろう。
「そ、それは否定できない……けど、王子様のことは私がばらしたわけじゃないし、本当はあなたと争いに来たわけでもない、の」
「いきなり彼を
「そ、それは私も悪いとは思ってる、けど…………王子様を見たら、我慢できなかったの、えへへ」
つまりあれは突発的な行動だったという事らしい。
「そ、それに結ちゃんはずっと王子様と一緒だったんだし、す、少しくらい私に独占させてくれたって……いいじゃない」
「よくないの。彼の髪の毛一本爪の先に至るまで他の女に渡すつもりはないの」
即座に断じる結の言葉がとても重い。
「そんな意地を、張って…………ひ、一人で守り切れるの? ふひひ」
「む」
流石にその指摘は軽く流せないというように結が顔をしかめる。
「つまり彼を共有する代わりに協力して他の魔女から守ろうと言いたいの?」
「う、うん。そう提案するつもりで、ここに来たはずだったよ、えへへ」
「…………まあ、最初からその提案を聞いても聞く耳は無かったの」
切歌の気持ちもわかるからだろうか、擁護するように結は口にする。
「ただこの提案をするために情報をばら撒いたという可能性もゼロではないの」
とはいえ疑い深く可能性は追及するらしい。
「わ、私じゃないよ…………私も教えられた側、だから」
「その愚か者は誰なのよ」
「き、聞けば結ちゃんも納得する、よ」
「それならとっとと言うの」
「
「あー」
その名前を聞いた途端に結が嫌そうな顔を浮かべる。
「あいつならやりかねないの」
僕は当然知らない名前だが、聞くだけで納得してしまうような相手ではあるらしい。
「それであいつがみんなに彼の存在を知らせたの?」
「せ、正確には彼女から手紙が来たの………それには、わ、わざわざ全員に教えたとは書いてなかった、けど」
「お前にだけ教える理由はないし、全員に送ったと考える方が確かに妥当なの」
唯一の例外は当事者である結だけだろう。
「何が目的か…………は、多すぎて正直想像がつかないの」
うんざりしたように結は顔をしかめる。
「えっと、その人は?」
「一言で説明するならいかれた知識魔なの」
「いかれた知識魔…………」
ものすごい言われようだ。
「未知を
多くの見えざる魔女を変貌させたであろう孤独も、その晴香という少女には何の変化も与えていないと結は考えているらしい。それはある意味でその少女に対する強い信頼だが、そうまで思われるというその知識欲は
「で、でもそんな人が何で情報をばら撒いたりするの?」
そういう人柄であれば僕の存在は正に探求すべき未知だろう。それをわざわざ魔女たちに明かして自分が手に入れづらくするというのはどうなんだろうか。
「単純に考えるなら漁夫の利狙いなの」
あえて一旦は僕から距離を置き、魔女同士の争いを静観した上で数が減って疲弊したところをかっさらう…………単純ではあるが有効な手段だ。なぜならその可能性を予想したとしても止まる魔女はほとんどいないだろうから。
「それ以外にも魔女を争わせることそのものが目的である可能性もあるの」
「それは…………なんで?」
「わからないし、あんまり推測する意味も無いの」
「推測する意味がないって…………」
僕は首を振る結に怪訝な視線を向ける。その狙いを知るのは今後の為にも重要な事なのではないだろうか。
「さっきも言った通り晴香はいかれた知識魔なの。あいつが知りたいと思うその目的は多すぎて一々何が狙いなのかを考えるだけ無駄なの…………だから状況の対処に注力した方が無難なのよ」
下手に相手の目的を定めてしまうほうが視野を狭めてしまって危険…………そういう類の相手という事なんだろうか。その当人を見ていない僕には判断しづらい話だ。
「ともあれあの女がばら撒いたというなら納得も出来るの…………ただ、それが作り話だという可能性もゼロではないの」
「そ、それは他の魔女がやってくればわかる、ことだよ」
「それは確かなの…………ただ問題は今ここで信用できるかという話なのよ」
そうでなければ僕の身近に置いておくことなど出来ないとのだと結は冷たく言い放つ。
「あ、あのさ…………ちょっといいかな」
僕はいくばくかの勇気を振り絞ってそこへ口を挟む。二人の話し合いがどちらに転ぶにせよ僕には聞いておかなければいかないことがあった。
「なになの」
「いや、結じゃなくて切歌の方に」
「ふうん、なの」
露骨に苛立つような視線を向けられるが、こればかりは仕方ない。
「な、なにかな、王子様」
対照的に嬉しそうに切歌は僕に顔を向ける。
「単刀直入に尋ねるけど、切歌がここにいることで君が守っている都市に危険が及んだりはしないの?」
結はこの都市を離れられない理由として見えざる獣が神出鬼没であるからと説明した。近場の獣をどれだけ綺麗に掃除してもそれはまたどこからともなく現れる。けれど見えざる魔女の近くからだけは現れない…………だから都市を離れられないのだと。
「そうなの、担当の都市は守るのが見えざる魔女の
ここぞとばかりに結が僕に乗って畳みかける。君も一度この都市を見捨ててるじゃないかと思わず口にしそうになったが、僕の立場でそれを責める事は出来ないから口を紡ぐしかない。
「だ、大丈夫だよ王子様…………都市は、潜ませてあるから」
「都市を潜ませる!?」
驚いて僕は叫んでしまう。僕自身から大岩まで切歌がその力で潜ませるのは見たが、都市丸々を潜ませるというのは想像の埒外だ。
「それが本当ならなかなかやると認めてやるの」
そしてそれは結にとっても切歌の力を認めざるを得ない実績のようだった。ただその表情が忌々し気なのは、僕にとっても彼女の力がとても大きいものになるからだろう…………なにせ切歌がいれば見えざる魔女の行動の制約がなくなるのだ。
「仕方ないから協力することを認めてやるの…………ただ、彼と二人きりになる事は許さないし、陽もその女を優先するようなことがあったらわたくしはブチ切れるの」
妥協するように結は口にするが、その後半の言葉は真に迫っていた。僕としても切歌の力が便利だからと彼女を優先するつもりは毛頭なかったが、そうと勘違いされるような行動をしないよう気を付けねばと心に刻み込む。
「そ、それは大丈夫、だよ…………さっきは興奮で先走っちゃった、けど、王子様と二人きりとか、は、恥ずかしいし、ふへへ」
赤く頬を染めて切歌が僕からそっと目を逸らす。
「と、当分は二人が一緒にいるのを、こっそり見守ってる、から、えへへ」
ずっと見守る専門だったから真正面からは相対しづらいという事だろうか…………しかし結といるところを潜んでみられるというのも僕としては落ち着かない話だ。
「それなら構わないの」
「…………構わないんだ」
肯定するその言葉には仕方ないという雰囲気もなかった…………よくよく考えてみれば結は見られる事には抵抗のない人間だったと僕は気づく。
「えっと、それじゃあ二人ともこれで仲直りってことでいいのかな?」
ともあれまとまる話ならとっととまとめるべきだと僕は二人に確認する。
「別に喧嘩したつもりはないけどそれで構わないの」
「わ、私も結ちゃんが受け入れてくれるなら、それでいいよ、えへへ」
それを二人は拒否なく受け入れた…………これで二人に関しては一区切りだ。
「でもまだ切歌以外の魔女がやって来るんだよね…………」
けれど全てが終わっていないことを僕は忘れるわけにもいかない。切歌とは致命的な
「正直な話今回はレアパターンなの」
甘い期待を持つなと釘を刺すように結が告げる。
「他の魔女が切歌のように妥協できるとは限らないし…………そもそもわたくしが陽との時間を削られることをこれ以上許容できないの」
「…………」
出来れば妥協点を探って欲しいが、それを今頼んでも無駄だろう。
「いずれにせよ対策を考える必要があるの…………街に戻るのよ」
「あ、うん」
それには僕も賛成だ。気が付けば日も落ちているし落ち着ける場所で話したい。
「え、ええとその前に…………一ついい、かな?」
けれどそれを切歌が少し引き留める。その視線は結に向けられていた。
「なんなの?」
「その、ね」
少し言いづらそうに、けれど聞くしかないというように切歌は続けた。
「結ちゃんはなんで、裸…………なの?」
なるほど、それは気になる事だろうと僕は納得した。
「…………趣味なの」
しばらくして、結は少し恥ずかしそうに答えた。
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