First clash

野原想

First clash

彼と会うのは今日で何度目なんだろう。今日もいつもと同じあの風が吹いていた、何色とも形容し難いその風に頬を、髪を撫でられながら約束なんてしたことがない約束の場所へと向かう。

「は、」

ハロウィンとは、本来どっかの国から伝わってきたなんかの収穫を祝うだか祈るだかそんな感じの行事らしい。最近の日本では思い思いの仮装という名のコスプレをして夜のゴミゴミした都会を練り歩くという、本家よりも恐ろしいであろう行事の形に落ち着いてしまっている。そして、私は両方心底どうでもいい。私にとって、今年の10月31日は初恋の人に想いを伝える特別な日だから。



彼に出会ったのは数年前のハロウィン。あの日はただ綺麗な彼を眺めていることしかできなかった。でも二度目に会った時は勇気を振り絞って声をかけた。少し驚いた様子で私の声に答えてくれた彼は楽しげな他の人たちをぼんやりと見ながら話をしてくれた。「僕に話しかけてくるなんて、物好きだね」そう笑う彼は不思議な色の飴玉を口の中でカランと鳴らしていた。会う場所は毎度決まって大きな交差点が見えるビルの真横にあるベンチだった。


彼と会う日はいつも同じ様な風が吹いていた。下から上へ、頬をなぞって消えていく。私から何かを掠め取っていくような風だ。色んなものが混ざった匂いと騒がしすぎる街を背景のように、彼のいる場所まで歩く。仮装をしているわけでもない彼を見つけるなんて、私には簡単すぎることなのだ。歩くのを早めて彼の正面にふわっと立った。

「あ、今日は髪の毛の雰囲気が違うね、括ってるのも似合ってるよ」

ベンチに座っている彼が顔を上げて私という存在を認識するこの時間が幸せなんだ。

「ほんと?皆派手な仮装してるから地味に見えるちゃうけど」

後ろで結いた髪に触りながら彼の隣に腰を下ろした。

「そんなことない、可愛いよ」

「そうやってすぐ褒めるんだから〜、他の子にも言ってるんじゃないの〜?」

手作りのクッキーが詰まった缶を膝の上で広げた。

「そんなことしないって、知ってるくせに」

「だね、ごめん」

彼に向けて意識的に、ふわりと笑った。好きになって欲しい。私の仕草や表情、言葉一つをとっても気になって仕方なくなるくらい夢中になって欲しい。苦しいくらいに私の全てを好きになって欲しい、こんな気持ちが彼にバレてしまわないように無意識を装って可愛い私を演じ続けてきた。私を、好きになって欲しい。

「本当に毎回君の作るお菓子は美味しそうだね」

「でしょ?頑張ってるからね〜!」

貴方の為に、という一番伝えたい言葉だけ飲み込んでニコリと笑う。


彼との会話や、一緒に見たものを思い出す。最後の瞬間に見る走馬灯っていうのはこんな感じかもしれない、なんて思いながら。彼と会うのは今日が何度目なんだろう。今日もいつもと同じあの風が吹いていた、何色とも形容し難いその風に頬を、髪を撫でられながら約束なんてしたことがない約束の場所へと向かう。そして落胆した。彼がいない。いつも、いつもいつも、そこにいた彼が。私に会うためにそこにいてくれた彼が、私の大好きな彼が。好きで好きで愛おしくてたまらない彼がいない。心の拠り所だったベンチがドロドロと溶けていく、そんな気がした。私の心の中にあった感情と同じだ。なんとなく、いや、はっきりと確信を持って分かっていたんだ。彼は私を好きになることはない、その日が来たらもう二度と会えないのだと。彼がいない、ドロドロのベンチに縋るように座った。クッキーの入った缶を開けて一つ口へと運ぶ。

「美味しいんだってば…頑張ってるもん…」

ぼろぼろと溢れた涙がクッキーを濡らした。

「貴方の為なのにぃ…」

肺の中の空気を全て吐き切るように絞り出した声は、ポロポロと崩れるクッキーの様に落ちていった。

「あれ?今日は髪の毛下ろしてるんだ、やっぱり何しても似合うね?」

聴き慣れた大好きな声に顔を上げた。

「うわぁ、上目遣いってこんな感じなんだ〜!いつもの逆だね」

「な、んで、」

「なんでって、待ち合わせ場所でしょ〜?あ、やってみたかったやつあるんだけどいい?」

私の前にストンとしゃがみ込んだ彼はにこやかに言った。

「おまたせ、待った?」

涙で顔なんか見えなかったけど私の好きで好きでたまらない彼が目の前にいることが嬉しかった。崩れ込むみたいに抱きつくと、彼は呆れたように背中に手を回してそのまま耳元で囁いた。

「俺の為に死ねる?」

待ち望んでいた誘いに声も出さずに頷いた。

「だよね〜、なんて言ったって10回目のデートだしね〜!」

私の体を起こして頭を撫でながら再び口を開く彼。

「十年越し、やっと触れたよ」

「十一年越しだよ、ずっと待ってた」

私の言葉聞くと最初に話しかけた時のように驚いた様子で目をパチクリさせた。

「最初の年は話しかけられなかったから、」

「えっ、そうなの〜?!早く言ってよ〜!俺、ちゃんと記念日とか把握してる系男子なのに〜!」

彼はもう一度私を抱きしめて言った。

「俺の為に死ねるね?」

「うん、大好き」

「これからは年に一回じゃなくて毎日会えるね〜!」

彼の突き抜ける様な声は、いくつもの音が重なっているこの街の騒がしさの中で一番愛おしいものだった。私の大好きな人、十一年前に恋をした、初恋の人。

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First clash 野原想 @soragatogitai

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