二個めの、記憶の断片
まだ私が、泥中を感じなかった頃。人生に積み重なる汚濁、その澱について思案をしなくとも良かった時代。ただ私がたんに『オタク』だった頃。
私が好んだ例のアニメはそのOP・EDは勿論のこと、それぞれ人気があるキャラクターたちのソロ曲も販売されており、その中にはキャラクターが単独でそのアニメのEDを歌うものもある。
私はこれらCDを何とかして入手しようとしていた。このキャラクターソング群の中身の凝りようとくれば一種異様なもので、それぞれキャラクターの個性が全開に出ていて、私はそれら一つ一つをとてつもなく愛していた。となれば、それらを手元に置きたいと思うのは当然の心理であり、私は以前あれだけ強く叱責されたにも関わらず、これらのアイテムを試行錯誤し、入手しようと考えた。
それだけではない。原作となる小説、いわゆるライトノベルと呼ばれるものも何とかして手元に置きたい。地元の図書館はその作品群は大人気で予約してもどれだけ待つかが分からない状態である。そのわりに、学校内では同じ作品を好きだという相手に出会ったことがないので、これも不思議だった。学内図書は漫画よりはこれらの小説に寛容的で、少しずつそれらの作品が揃いつつあったけれども、現行巻全てが揃う頃には私は高校へと上がっている。為に、その利益を享受するのはそれ以降の世代だろうと思われると、私は悔しくてしようがなかった。
ある時、母は私の生まれ住むこの富士宮について、こう語った。
「別に東京なんざ行かなくても、このへんにはなんでもある。駅前だし、車を出せば手に入らないもんはない」
果たして本当にそうなのだろうか、と私は思った。少なくとも、私が求めるグッズ群は、今の富士宮にはない。たった一つしかない学習塾に地元の子供は殺到するし、テレビでみた新商品がすぐには流通せず、そのCMを見飽きた頃にようやく入り込むという場面も多い。
確かに、生活上の不便はない。手に入れようとすれば、色々な物が手に入るのかもしれない。けれど、ここにある手に入るものというのは、全てがコピーアンドペーストされた模造品なのだ。それは偽物ではなく、模造品。きっと東京とか、そういうところで流行して、それがポピュラーなものとして受け入れられて、いわば毒味がされた後の、さらにそれが量産された形。だから、保守的な地方の、例えば私の地元のような場所でも、それは受け入れられる。東京で流行ったもんだぞ、と言えばそれが若い子にとっての大義名分になる。ここでは、新しいことをするにあたり、それを行うための言い訳が必要なのだ。そうした言い訳なしに新しいことをしたならば、この地域ではひんしゅくを買う。
「なんだね、あれがお洒落のつもりかい」
そうした陰口をささやきあう時……大抵はおばさんが言うことで、普段は標準語を話すくせに、こういう時の言葉には静岡弁が末尾に漂う。
そういう、土地に染み付いた保守性。毒を食らわず、味も知らずというような態度が嫌いな子は、勉強をしてこの土地から抜け出そうとする。東京か、次点で大阪・京都のどこか良い大学に行くというのは、ここを出るよい理由となる。お金がないなら奨学金を。それでも足りないならバイトをしてでも、お金を貯めてここを出る。ここにはない、何か本当のものが欲しいがために。そして、もし仮にその本当のものが毒であったとしても、自分は一向に構わないとさえ思う。それが、一部の学生にとっての共通認識。
それでは、私はどうだったのか。私は親に言われて学習塾に通わされていたので、学内では決して落ちこぼれではなかった。悪い話をするなら、私は特別頭の良い学生でもなかった。
だから……東京へ行きたい。東京へ出ようという願望は、どこか良い大学に行くという名分に結びつくことはなかった。親もそれを期待するでもなく、できれば国立の大学にいってくれればよいと話す。その親の口ぶりからは、程々に良いところへ行って、地元の堅い企業に入って、そうして良い相手をみつけて寿退社をしてくれという一種の願掛けが透けて見えるものだった。
地元の名物を押し出すというのも、そうした模造品だらけの世界観の中で、本物を作り出そうとする作為があるようにさえ思えた。富士宮の焼きそばは有名になり始めてきていたが、私はあれの麺がかたいので好きではない。あの焼きそば以外に、この街に一体何があるというのだろう? 風光明媚な情景は沿岸部にあり、富士山には近いが、逆に言えばそれぐらいしかない。駅前はそれなりに綺麗だが、写真として切り取ればこれが関西だろうと四国だろうと九州だろうと、区別はつけられないだろう。どこかでみたような気がするような、そんな漠然とした風景を毎日みている。毎日みているはずなのに、どこかでみたような漠然とした風景のように感じ取れる。だから、これはきっと模造品なのだろうと私は思う。本物に寄せることを目的として作られた偽物。八割の同じ生活、同じ空間、同じ人生……そして同じ、死。
冗談じゃない、と私は思った。私の生まれ育った街が模造品で、そこにある人々の人生が模造品であったとして、自分自身まで模造品のように生きて死んでいくなど、絶対にあってはならないと思っていた。
私はこの模造品の街の中で、私が求める作品群を入手しようと試みた。とくにCD類が書店にあれば図書カードの使い道も出ると言ったところだが、実際には……大方の予想通り、そういったものは地元にはなかった。ごくまれに中古品が売られるぐらいで、これもすぐになくなってしまうし、中古品なのに新品とそう変わらない値段になっていることも多い。それでも、売れてしまうのだ。
確実にそれがあると断言できる場所は、電車で揺られて一時間以上かかる場所にある。交通費で言えば片道で八〇〇円以上。中学生時代のわずかな小遣いから考えればこれも痛い出費だったが、それでも私はこれらのグッズを購入するために、電車に乗ってアニメショップまで行こうと画策した。
私はこの時、その中古品のCDや本を買う、という選択をとることもできたはずだった。けれども私は敢えて、遠くにあるアニメショップに行こうとした。新品の方が気持ちが良いとか、最初の持ち主について負の想像をしてしまうとか以前に、自分の思うあの美しい異世界。模造品の世界からみた理想郷の、その集積場が、私の向かう場所には存在するのだと思われた。それは、近所にある富士山を登るとか、伊豆の観光名所をまわるとか言うものよりもずっと危険で刺激的で冒険的であるかのように、私には感じ取れた。
中学二年生。十月の半ばに私はその計画を実行した。
ある時期の土曜日。家族の予定はない。私は昼食を食べた後、母へ言った。
「ちょっと買い物いってくる」
「どこに」
「近所のとこ。あるでしょ、おっきなやつ」
「わざわざ歩いていくんか」
「ウィンドウショッピングで車出すわけにもいかん」
「あ、そ。じゃあ七時までには帰りなさいね」
嘘をついていないと言えばこれは嘘になるが、確定的に嘘ではない。私にとっては近所というだけのことなのだ。
こうして私の冒険は始まった。
いつもと同じ駅。何も変わらぬ風景のはずなのに、行き先が違うというだけでこんなに心踊るものなのか、という強い感動を私は覚えた。歌にある、普段と反対側の電車。みたことのない海へ行く……というような一種の風景が実態を伴って自分自身の目の前に展開されていくことへの情感。その例えようもない感覚!
この道筋の途上には一度乗り換えがある。近所の駅から身延線に乗って、東海道本線に乗り換える。その途上で海がみえ始め、私は居ても立っても居られず、窓を開いた。
吹き込んでくる風は遠くの水平線にある海を暗示するもので、遠くにあるように思えるその海が唐突に向こうから迫ってくるような、そんな錯覚をおぼえさせるに十分なものだった。
そうした道筋の先に、静岡県の県庁所在地たる静岡駅がある。
乗り換えに使ったその駅の広さにも驚かされたが、静岡駅はそれ以上だった。あまりの密度で人が行き来するので、私は自分の目的地を見失い、静岡駅の中から抜け出せず、地下と駅構内を行き来して、外にやっと出た頃には四時になっていた。それでも諦めたくないという気持ちから、日の傾いた遠くに夕日の沈み始めた頃合いに私はショップに辿り着いた。
十月。既に冬の寒さの片鱗を見せ始めたこの頃合いであるのに、私は汗だくで、息は切れ切れだった。迷っているという不安感、残された時間の少なさといった要素が、私の心を追い詰める。しかし、私はそれに打ち勝った。
土曜日の夕方、人だらけの空間で、私はグッズを買おうと試みた。目的としていたグッズはあっさりと見つかり、私は一安心した。その人混みの中で私は、心の底から望んでいたグッズ。原作小説、CD、ラバーストラップ……とにかく、買えるだけ買った。お店では図書カードが使えるという噂があった。私は、過去に貯め込んできたそれを何枚も使って、両手が埋まるほどのグッズを私は購入した。
そうして店を出る頃には既に夕方五時半になっていて、辺りは夜の暗闇に支配されようとしている。
「帰らなきゃ」
今帰宅すれば、ちょうど七時に家に帰ることができる。そのように私は算段を立てた。
帰宅ラッシュの時間帯。既に事態は田舎者である私に収拾がつけられる状態にはなく、購入した物々を抱えながら、私は必死に電車に乗った。飛び乗った、というような感覚で、それは何か乗り物に乗るというような生易しいことのようには思えず、私はこの静岡駅を使う大人たち皆がこのような中で生きているのだという事実が半ば、信用できなかった。
乗った当初は満員で人ばかり。座ることもできない状態。それでも駅を幾つか超えると人が減ってくる。私はシートに座り込み、大きく深呼吸する。
その瞬間だった。
親から渡されていた携帯電話が、震えているのに気付いたのは。
その着信履歴の夥しいことに恐怖を覚えた私は、本来やってはならないことであるのに、電車内で親に電話をかけた。相手はすぐに出た。
「あんた今どこにいるの」
沈着だった。その静かさが逆に私の恐怖を助長した。
「え、どうしたの。何かあったの」
「あんたが居なくなったから、私達あんたのこと探してるの!」
そんな馬鹿な。そう言おうとして、言えなかった。殆ど私が母を騙したようなものだったからだ。
「あんた今どこなの。それ教えなさい。どこ」
そこまで言われて、私は息を呑む。相手は真剣だ。先程までの浮かれ気分なぞ、どこかへと消し飛んでいってしまった。
「次、由比だって」
「由比ね。本当に次は由比なんだね?」
「そうです。そう」
「その由比駅で降りなさい!」
「え、なんで」
「迎え行くのよ」
「帰れるよ、私」
「そういう問題じゃない。言う通りにしなさい」
「……はい」
私はその言葉に従う他なかった。
バレてしまった、というより……元々、見込みの薄いところだった。静岡まで行くと言えば止められるのは目に見えていて、だから私は騙し討ちのように家を出ていったのだ。
私は親の言う通り、由比駅で降りた。この駅は地元の駅よりもずっと人が少なく、街灯の光はぼんやりとしていて、私はとんでもないところに降りてしまったと思った。
不思議なもので、私自身が道を決めて、どこにどう行こうなどと考えている間には、迷いや戸惑いはあっても先行きに対する不安はどこにもなかったというのに、自分が目的地として定めていなかったこの由比駅に降りて親を待つ間には、一人でいる時には決して感じ取らなかった恐怖が私の心を侵食、支配し始めたのだ。
「私、どうなっちゃうんだろう」
頼りない街灯だけが今や唯一の友人であった。その街灯の下で、静岡で購入した物を眺めたり、或いは読んだりして気を紛らわせようとしたが、結局全部上手くいかなかった。第一、このように薄ぼんやりとした光では、本など読めようもない。
やがて幾らかの時間……私自身にとってはとても長い時間待った末に、家族で使っているミニバンのナンバーが見えた。その様子を見て私はほんの少しだけ安心したが、根本的な不安は解決されなかった。この駅で回収されたということは、このあとに私は両親からたっぷりとお叱りを受けるのだろうということが容易に想像できたからだ。
迎えに来たのは父と、兄だった。父は車内から私の姿を確認するとすぐそばに車を寄せてハザードランプをつけ窓をあけ、言った。
「乗りなさい」
父は怒るでもなく呆れるでもなく……もしかしたら、呆れていたのかもしれない。分からないが、何であれその時父は何も話そうとしなかった。父が運転中に癖で流す昔のアイドル曲と走行音だけが虚しく響く中で、兄は一言。
「俺だってさ。疲れてるってのに」
とだけ言う。父はそれを否定しないし、私もそうしようとは思わなかった。
「どうしても、行きたかったから」
私は素直にそう言った。兄は外を見ているばかりで何も言わない。
帰宅後、静かに怒りを蓄えていた母が爆発するような勢いで私を叱り飛ばした。
曰く。
「一時間して帰ってこないからどうしたもんかと思った」
「このへんで道に迷うことなんてないはずなのに」
「あんた何してたの」
「私は四時の時点でおかしいと思った」
「誘拐かと思って警察に電話しようかと思った」
「あの電話に出なかったら(警察に電話)してた」
と、何度も何度も繰り返し私を叱る。それを見ている父は何も言わずにただ私の方をじっと見る。
「あんたも何か言えばいい」
母は父にそう言ったので、父は静かに言葉を発し始める。
「なあ、菜摘。お父さんにはよくわからないんだけど……どうしても、そこに行きたかったんか?」
私は答えた。
「はい」
「じゃ、今度からは車で行こうな」
そのように言われて、拒否できるわけがなかった。
その日に購入したアニメグッズの殆どは没収され、以降プレゼントの殆どはその時に没収された品々から恩着せがましく取り出されるようになった。私はその温情の吝嗇とも言うべき両親の行動を内心、軽蔑していたが、同時にこうも思った……一人でも平気なんだ、と。私自身の両足で、両親の知らない場所まで私は走っていくことができる。その確信が、この時に初めて芽生えたのである。
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