序章(中)

 暗中。暗闇の中、幕はまだ開いていない。観衆の多種多様な色のペンライトは揺れず、戸惑うように宙に浮く。

ざわついた静寂。何かが擦れるような音や、誰かの咳の音がする。静かなのに、騒がしい感じ……変化を待つ。展開を心待ちにする、その様子。

 その静寂の中で、暗幕は切り開かれた。

ゲーム画面を流用した過去回想……走馬灯じみた映像と、大音量のゲーム本編楽曲が流れ出す。

上がる歓声。ざわつきは消え、彼らが心待ちにする人々の声が聞こえると、悲鳴にも似た声が上がる。

 やがて演出を終え、舞台は再度暗く暗転。少しの静寂の後、ライブが始まる。

「司令官の皆さん、プレーン・コレクション、ファーストライブ『航空奇想曲』へ、ようこそ!」

 ブラウザゲーム『プレコレ』の看板キャラクターと称されるFー4役の声優の声。

「『プレコレ』は今年で一周年です。ハーフアニバーサリーを超え、今こうして私達は、ライブを行うことが出来て、ほんっとうに嬉しいです!」

 観客から湧く、言葉にならない喜びの声。誰かが叫んだ『ありがとう』の言葉に、言葉を返す。

「ありがとう! それは私達も、同じ気持ちです。ね、みんな!」

 その言葉に、五人の声優が答えを返す。

「司令官の皆さん、ありがとう!」

 その言葉と共に、今まで開かれていなかったスポットライトが一挙に光り、舞台上に立つ五人の声優が、まるで光り輝くように、彼らの視界に入ってくる。

「『プレコレ』ファーストライブ『航空奇想曲』! これより、始まります!」

 歓声と喝采。これらが切実な悲鳴のように会場全体を包む。

「私達 最後まで戦います!

私達は、全ての戦場で戦います!

日々強まっていく自信と、そして司令官と共に!

私達は絶対に……負けません!」

 プレーン・コレクション、テーマソング『スクランブル! コンディション・グリーン』にはこの導入がある。

 観客たちの掛け声とともにテーマソングが歌われ、二番までを歌い切る。その後に、キャラクターソロが歌われる。

 声優・遠藤蓮花の出番は四番目、ライブの後半。全体で見れば、少し難しい場面で彼女は歌うことになる。しかし、怖いとは思わない。それが彼女、声優・遠藤蓮花なのである。

前曲までの明るい、刺すような光がやわらぎ、青くおぼろげに、声優・遠藤蓮花の演じるキャラクター、シュペルエタンダールを暗示するように演出が切り替わり、観客は息を呑む。それが彼女の演じるキャラクター、シュペルエタンダールに相応しい空気であった。

 彼女は思った。

あの時のパソコンで見た輝きを。『可憐』そのものを、自分は体現できているであろうか?

彼女は観客へ、こう呼びかけた。

「雨の日はいつも、何かある……そうでしょ?」

 会場を覆う、切り裂くような静寂。

 その中で、スポットライトを浴びる声優・遠藤蓮花。

 彼女は言った。

「ねえ、コマンダンテ」

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