4.視線の合う先輩

「ちょっと奈生、アンタ先輩にケンカ売ったんだって?」

「先輩ってどの?」

「篠塚先輩に決まってんじゃん!」

「ああ――」


席について早々に十和子に絡まれた。


「別にケンカじゃないと思うけど」

「ジローはそう言ってた」

「じゃあ意見の相違だね」


そう言って退ければ十和子は呆れた顔をする。


「アンタさー、折角の綺麗な顔してんだからもっと愛想良くしたらいいのに」

「全然関係なくないそれ? 大体私の愛想はもう他で売り過ぎて売り切れなんです。だから今更無理」

「何それ」

「格言」


ホント何それ。と十和子はやはり呆れた目を向け、授業が始まると同時にその話しは打ち切った。


とは言え、やはりちょっとは気まずくもあり。何となく先輩を避けるように過ごす日々。

元々学年も違えば学部も違う。私はサークルにも入ってないし学校とバイトだけの暮しであれば先輩との接点などない。だからつい気も抜けて、廊下でゼミの先輩たちと談笑してた時、「――鈴木」と呼ぶ声に一瞬体がピクリと固まった。

 

「ああ、ちょっとゴメン聞きたいことがあるんだけど。いいかな?」


「鈴木」は、私と話していたゼミの先輩の一人で、その人に今声を掛けてきたのは私が避けて来た人間だ。


「あれ篠塚久しぶりじゃね?」

「うん、暫く学校に来てなかったから」

「へえ、そうなんだ」

( あ、そうなんだ )


なら私が必死に・・・、でもなく避けていたのは全然意味なかったのか。

無駄、という程でもないけど、いらない努力にアホらしくなって顔を上げれば、真顔の先輩と目が合った。本当によく合う目だ。  

そしてやっぱり先輩は格好いいのだなとしみじみ思う。何気ない仕草でただ立っているだけなのに視線が彼に向いてしまう。

なるほど、だから目が合うのか 。


取りあえず目が合ってしまったので、この前のこともあり挨拶的な感じで小さくペコリと頭を下げれば、フイと視線を逸らされた。

( あれ・・・? )

直ぐに他の人と笑顔で話しを始める先輩。


視線は合った、はずだ。

これはあれか? 所謂無視ってことか?


( うーん・・・ )


まぁ、元々こちらも避けて来たのであるから、先輩の今の態度に私が気分を害するのもお門違いだ。ってか、私って今、気分を害してんの?

自問自答の突っ込みため息が漏れた。

向こうがそういう態度をとってくれるのなら私は普段通りの生活が出来るということじゃないか。問題は解決だ。

それでもあんまり気分は良くなくて、でもそんなことは尾首にも出さず。私は先輩たちに挨拶をして一人その場を去った。



今日の授業は全て終わり、バイトまではまだ大分時間がある。さてどうしようか?と、私は中庭にある木陰のベンチに座る。

ジローは部活だろうし、十和子は午前で終わって今日はピンク色の髪の美容師の彼氏とデートのはずだ。

時間を潰す趣味もない自分にちょっと悲しくなる。

( 趣味かぁ・・・趣味ねぇ・・・ )

実際には趣味と呼んでも差し支えないものなら沢山ある。ピアノ、活け花、絵画鑑賞、あとなんだっけ?

でもそれは私がやりたくてやったものでないから趣味とは言えない。

そんな押し付けられた趣味の中で、ただ読書だけは好きだった。ジャンルはとはない。フィクションもノンフィクションも、自伝も詩もエッセイも。

図書館で時間を潰すか。と思ったところに学舎から出てきた人物に目を取られた。

つい先程も見た姿だ。

また視線を奪われてしまったことに舌打ちしたくなる。


歩く毎に色んな人に話しかけられ、その度にいつもの笑顔を浮かべて会話をする篠塚先輩。

先輩の笑顔それは鉄壁の鎧だ。いや、堅牢なる門か。それ以上踏み込まさない為の。


でも知ってる? 先輩。

そんなものいつかは崩壊しちゃうんだよ。


人が切れた後、先輩も胡散臭い笑顔を消した。

笑顔のない先輩はどこか茫洋としていて、そのくせ焦っているようにも見える。それが先輩の素の表情なんだろうか。

視線がさ迷うように少し下がってからゆっくりと持ち上がる。


( ―――あっ )


私は急いで顔を伏せた。

別に先輩がこちらを見たとは限らないし、私は少し離れた場所にいるから気付いてないかもしれない。

それでも顔を上げることなくそのまま俯いていれば、私のスニーカーの先に綺麗な革靴の爪先が見えた。


「それってさっきの仕返し?」

「――え?」


思わず顔を上げてしまった先にはその靴の持ち主、篠塚先輩。


今何て言った? 仕返し?

それに、何でわざわざこっちに来たんだろう? 無視する方向じゃなかったの?


浮かぶ疑問符に首を傾げて見上げる。

先輩は軽く目を細め今度は違う言葉を口にした。


「麻宮さんは暇なの?」


これは直ぐに理解出来たし答えれるものだ。だけど少しだけ険の混じった声に反発の気持ちが湧いた。


「暇ではないです」

「そう?」

「世情の流行りと動向、それにおける自分と他者との因果関係についてを考察してるんです」

「ああ、暇なんだね」


あっさりさっぱり言い捨てられた。


「いや、聞いてました?」

「うん、趣味もないし友達もいないから暇だってことだよね?」

「・・・・・見当外れもはなただしいです」

「そうかな?」


ムスっと答えれば先輩は笑う。が、いつもの笑顔ではなく若干意地悪そうな笑みだ。

「まぁ、そんなことはどうでもいいよ」と言って( どうでもいい!? )先輩は更に近付くと私の目の前に立った。

見上げる私と見下ろす先輩。それじゃなくても背の高い先輩を至近距離で見上げれば首はもう直角だ。


先輩は笑みを浮かべたまま、私は「何だ?」と視線に込め眉を寄せる。


ますます深くなる笑顔。イケメンだけに圧が強い。

それに耐えられなくなって口を開こうとしたらフッと圧が緩んだ。そして。


「暇ならちょっと付き合ってよ、麻宮さん」


と、そんなことを言った。


いやだから、私暇ではないって言ったよね?

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