2.理解不明な先輩
もう関わることなんてない。
・・・・・はずだったんだけど。
「やあ、麻宮さん。それ何食べてるの? 」
急に目の前に現れた男の姿に食べていたカツ丼が喉を塞ぐ。
「――ぐっ、うぅ 」
息が詰まる。慌てて差し出されたコップを急いで受け取ると、一気に呷りプハッと息を吐いた。
( ああ、死ぬかと思った・・・ )
呼吸を整えて顔を上げればすまなそうな篠塚先輩の顔がある。イケメンはどんな顔をしてもイケメンなんだなぁとそんな感想が浮かんだ。
「・・・カツ丼ですよ」
「え?」
「ただのカツ丼。ここのは安いしそこそこ旨いので」
問いかけに対する返事は済んだので奈生はまた丼へと視線を戻し、「へえ」と、先輩のどうでも良さげな声が頭に落ちた。
学食のうちでもここはお世辞にも綺麗とは言い難く、どちらかと言えば大衆食堂っぽい雰囲気で、苦学生やむさ苦しい男子学生の為にあるような食堂だ。( あくまでイメージ )
キラキラした人種が来るところではない。
その上、篠塚先輩のようなカジュアルそうに見せて実はハイブランドの服を身に纏い、尚且つそれを見事に着こなし大層お似合いという人間は、この場所では逆にとても浮いている。
何しに来たんだろうか?
カツ丼を食べながら目の前に座った男を見る。
先輩は興味深げに周りを眺めていたが、不意にその目がわたしへと流れた。
今さら逸らすのも不自然で、別にやましい気持ちもなかったのでそのまま見つめていれば先輩はニコリと笑った。
だけどやはりその目は笑っていない。だから尋ねた。
「わたしに、何か用なんですか?」
言った後、直ぐに後悔する。
何を言っているんだ。これじゃあ自意識過剰のヤツみたいじゃないか。
でもだ。わざわざわたしの目の前に座る意味もわからない。
十和子に篠塚先輩の存在を教えられた日から約一ヶ月。何故か先輩との遭遇率が跳ね上がった。その度に声をかけられ、仕方なしに会話をする。今はそんな関係。
十和子には羨ましいと言われるけど、こちらとしては迷惑以外の何物ではない。
二、三転するわたしの表情に、案の定先輩は可笑しそうにスッと目を眇める。
「ねえ、ここのオススメって何?」
「え?」
「食堂なんだからもちろん食事に来たんだけど、麻宮さんのオススメは?」
「・・・・・・・」
ニコニコと笑顔の先輩。圧倒的に男子が多い食堂とは言え女子も少なからずはいる。そんな女子たちの視線をかっさらう篠塚先輩の感情のない『笑顔』を見つめて、ため息が漏れた。
十和子は羨ましいと言うが、先輩がわたしに向けるものは羨ましがられるようなものじゃない。どちらかと言えば嫌われているんじゃないかと思う。
嫌われるようなことはした覚えたはないけど、わたしの何かが先輩の琴線に触れるのかもしれない。
かと言ってこちらとしてはそれが何かわかりようもないし、わかる必要すら感じないので出来ればそちらから避けて欲しいとこなんだけど。
もう一度ため息を吐けば、先輩の笑顔が少し曇る。まぁ、自分の顔見て二回もため息を吐かれればそうなるだろう。
だけど先輩が席を立つことはなく。
「A定がいいんじゃないですかね」
「えーてい?」
「A定食です。ボリュームがあって男子学生には人気なんですよ。量が多すぎてわたし個人では頼んだことがないんですけど美味しいかったですよ」
知人が頼んだのを少しだけ食べさせてもらったが、人気も頷ける味だった。
わたしの提案に暫し思案するように黙った先輩は、「じゃあそれにしよう」と立ち上がった。そのままカウンターへと向かって行く。
本当に注文するらしい。
わたしは呆れと不審が混じった目を向ける。
( ホント、何なんだろうあの先輩は )
首を振りつつ、また食事を再開したわたしの背中を、「よぅ」と言いながらポンと叩いたのは十和子と同じ程に親しい友人、田中 次郎。
呼び名はジローで、もちろん次男。
バスケ部所属で見上げるほど背が高く目印としては見つけやすい男。
「今日は弁当じゃないのな」
「寝坊した」
「何? バイト最終だったのか?」
「そ、バイト代上がるし」
「お前を遅くの枠に入れんなって店長に言ってたんだけどなー」
「なにそれ」
ジローはバイト先が同じで知り合った友人で、たまたま大学も同じだった。若干しかめっ面で、さっき先輩に話していたA定食が乗ったトレーをテーブルに置くとわたしの横にドカリと座る。
身長が高いがヒョロリとしたタイプではないので、直ぐ横の席に座られるとかなり狭い。
狭いと文句を言えば、ジローは「ん」と答えて少しだけ席をずらし、いただきますと直ぐにお箸を握った。
まだ狭いと言えば狭いけど、食べるのに支障がないのでまぁいいかと奈生もジローに倣う。
すごい勢いで消えていくボリューム満点のはずのA定を感嘆の面持ちで横目にしながら、もそもそと自分のカツ丼を消費する。
そんなわたしの前でカタンとトレーを置く音がした。
顔を向ければ微笑むイケメン。もとい篠塚先輩。あ、でも間違ってはいないからやっぱりイケメンか。
そんなどうでもいいことを考えていたら先輩はさっきと同じわたしの目の前の席に座る。
「おれもここで食べさせてもらってもいいかな?」
尋ねる割にはもう座ってるじゃないかと思ったが、断る理由もこれまたない。どこに座ろうが個人の自由だから。
肯定の返事をする前にジローが顔を上げた。
「あれ? 篠塚先輩じゃないっすか。今日もイケメンすね」
「うん、田中は相変わらず大きいな」
どんな挨拶だ。
「えー何? 奈生、先輩と知り合いなのか?」
「あー・・・、知り合い、なんですかね?」
嫌われてると自覚する立場であるわたしでは迂闊なことは言えない。曖昧な返答でヘラリと先輩を見れば、肯定も否定もなくニッコリと笑う。あの胡散臭い笑顔で。
なので、アハハと誤魔化しジローに振り返した。
「と、いうよりっ。 ジローこそ篠塚先輩と知り合いなんだね」
「ああ、バスケの先輩繋がりでな。でも、それにしても・・・」
「何よ」
「いや、珍しいなぁーと思って」
「何がよ?」
「だって奈生は先輩みたいなタイプには絶対近寄らないないじゃん」
「ちょっ・・・」
「おれみたいなって?」
先輩が口を挟んだ。
相変わらず笑顔ではあるが、少し声が低くなった気がする。だけど体育会系脳筋気味なジローは気付かない。
「うーん、何て言うか・・・、カースト上位っていうか、上流階級的な感じ? キラキラした格好で社交界にいそうな・・・」
「ば・・・っ、ジロー、言い方!」
「え? あ、や、誉めてるんすよっ」
「へえ・・・・・」
チラリと、先輩の視線が焦るわたしを捉えた。
その視線で、先輩はやはりわたしを知っているのだと悟った。
お前が言うのか?と。
わたしが先輩を知らなくても、わたしは先輩の父親を知っている。
幾つもの子会社を持つシノヅカコーポレーションの社長、先輩の父親。
わたしがドロップアウトする前、ジローが言うきらびやかな社交の場にまだ身を置いていた時、何度か顔を合わせたことのある人。
何故かわたしは彼に気に入られ、家に伺ったこともある。
だけど先輩に会ったことは一度もなかったはずだ。
引きつった笑みを浮かべるわたしとは違い、とても優雅に先輩は笑った。
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