私を嫌う理由、彼を好きになる理由

@notou

1.胡散臭い先輩

真面目でいい子であることを止めたらきちんと息ができるようになった。


テレビCMにも出るような名の知れた会社の重役である父親の、期待と干渉ともろもろの重圧を受けて過ごした日々は高校生の時に崩壊した。ようするに軽く病んだ。

自分の母校の大学に入らせようとした父親と真っ向から対立して敢えて国立一本に絞り、落ちてもいいやと受けたそれは無事合格した。だが案の定、わたしは父親から最低限の支援以外は切り捨てられた。

だけど自慢でなくわたしはそこそこ優秀で特待生制度を受けることが出来、教育ローンも通ったので何とか大学生活を送れている。

今までの生活水準からは明らかに落ちたとはいえ、それでも色々と開放された今はとても生きやすい。

でもその結果の大半が今まで施された教育の賜物であることは何とも複雑ではあるけれど。


「あっ! あの人よ、ほらっ」

「えー、何?」

「前に言ってたじゃん! すんごいモテモテのイケメン先輩!」


ジェントルだし、金持ちだし、優しいの!と人の肩をバシバシと叩いて訴える友人に奈生なおは呆れた目を向ける。

ジェントルって・・・。

その呆れた視線のまま友人が指差す方向を見れば人だかりがあり、その中心にいる人物に自然に焦点があった。


――なるほど。

真っ先に浮かんだ言葉はそれ。

中心にいたのは言われたようにとてもイケメンでスラッとした長身の男。

今時の中性的な感じではなくどちらかと言えば男らしいしっかりとした顔立ちの、でもキツイ印象を与えないのは浮かべた柔らかい笑みのせいか。


――なんて。


「・・・胡散臭い笑顔・・・」


零してしまった呟きは友人、十和子とわこには聞こえなかったようだ。バシバシと叩いていた手は今度はわたしの洗いざらしのロンTの袖をぎゅっと掴みブンブンと振る。


「ちょっとっ、ゆうこもいるじゃん!? あの子最近の彼氏出来たばっかなのに篠塚しのづか先輩にまで媚っちゃってサイアクー!」 


あの胡散臭い笑顔の男は篠塚先輩と言うらしい。まぁどうせ関わることなんてないからどうでもいいけど。


十和子がぐるんとこちらを見た。目が座っていて怖い。


「奈生・・・、行くわよ」

「どこに?」

「決まってるじゃない! 先輩のとこよ!」

「いや、私行かないけど?」

「つべこべ言わない!」

「つべこべの使い方間違ってるし」

「いいのよ! あんな群がる肉食女子よりアンタの方が勝つわ!」

「いやホント意味わかんないからっ」


奈生は顔をしかめるも、掴まれたロンTが離されることはなく。十和子はズンズンと肉食女子らしい群れの中に突っ込んで行った。




「先輩!」


十和子のここぞという時によく通る声で、その篠塚先輩という人物こちらを向いた。

なるほど、近くで見ると尚更男前なことが良くわかった。


「あ、えっと、佐藤さんだったよね?」


どうしたの?と促す笑顔も完璧過ぎて得体が知れない感満載だ。だけどそう思っているのはわたしだけのようで、周りでは「ホゥ・・・」というウットリとした息が漏れた。

ちなみに佐藤は十和子の名字だ。


「先輩が最近サークルに顔出さないから他のメンバーも寂しがってますよー」

「ああ、ごめん。ちょっと家の方が忙しくて」

「家ですか・・・、ええっと何か・・・?」


おいおい十和子、人の家の内情に踏み込むのはと思ったが、先輩は軽く苦笑して「家って言うか、家業?」と訂正をした。


「ねぇ、先輩の家って・・・だよね」

コソッと周りから聞こえた声。それはこの篠塚先輩の家がやってるらしき会社の名前。

わたしは思わずマジマジと男を見つめてしまった。

図らずも視線が合った。

切れ長の瞳が微かに見開かれる。


「君は・・・・・・」


「ああ! そうそうこの子はわたしの友達で麻宮あさみや奈生って言うんですよ!」

「麻、宮さん・・・?」


男の零した声に反応した十和子にグイっと引っ張られて篠塚先輩の目の前に引きずり出された。「何この子?」という周りの視線が突き刺さる。なのでわたしは無害ですとヘラリと笑った。


「あー・・・と、初めまして。十和子の友人の麻宮です・・・」


無難だろう挨拶をすれば見開かれていた瞳がスウッと細められた。

( え? わたしなんか変なこと言った? )


「・・初めまして・・・」

噛み締めるように呟かれた声は低く、笑顔を消した先輩の顔は整ってるが故に少し怖い。


( ・・・あれ? もしかして、挨拶したことがあったかな? )


その可能性は無きにしもあらずだ。


「もしかして、前にも会ったことあったりします・・・?」

 

恐る恐る尋ねた奈生に、男はニコリと笑って答える。


「いや、きっと初めてだと思うよ」

「そうよ、奈生。アンタなんてベタな・・・」

「あっ、違っ! いや・・・、うん・・・」

「ああでも、同じ大学なんだしキャンパスのどこかで顔を合わしてるとかもあるよね? えっと、おれは篠塚 和希かずき、経済学部の三回生です。 麻宮さんは一回生だよね、学部は?」

「あー・・・、文学部です」

「へぇ・・・」


何故か意外な顔をされた後、緩やかな笑みを浮かべてわたしを見た。だけどそれやはり胡散臭く、それに今度はちょっと怖い感じがする。


「――あ、ごめん。おれそろそろ行かないと」

 

篠塚先輩は腕時計を確認してそう言った。


「えー、先輩行っちゃうんですかー。今日もサークルありますよ」

「うーん、今日は無理だけど、また必ず顔出すから」


残念だと周りの女子たちが声を上げる中、自分から視線が外れたことで奈生はホッと息を吐く。


やっと手に入れたわたしのこの平穏な暮しには先輩のような存在は不必要だ。むしろ関わり合いになりたくない。 


立ち去ろうとする先輩とそれにまだ群がる女子たち。いやしかし、恋する女子の迫力や如何に。わたしには無理無理と肩を竦めてから顔を上げれば、振り返った先輩と目が合った。


「じゃあまたね、麻宮さん」


口元は笑えどその目は笑ってはいない。

個別に挨拶を貰ったことで周りの女子の尖りきった視線がまた突き刺さり、横の十和子からも怪訝な顔が向けられた。


「え? 何で奈生に?」

「わたしが聞きたいよ・・・」

 

半笑いを浮かべで固まるわたしを見て、笑顔のくせに剣呑という謎の表情を残して篠塚先輩は立ち去った。


( いやホント・・・ワケわからん )

奈生は深いため息を吐く。


あれだけのイケメンだ、自分に関心を向けないわたしが珍しくて尚且つ腹立たしかったのだろう。それ以上考えるのが面倒臭くなってそういう結論にした。


( まぁこれっきり関わることなんてないからどうでもいいや )

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