03話

「いたっ」

「ん?」

「あっ、む、虫がいたんだよ」

「そうか」


 うーむ、昔から無自覚に中二病なのかもしれない、何故か血を見ると落ち着く。

 だけど私のためだけのご飯作りというわけじゃないからしっかり手を洗ったうえに手袋をつけた、その際に片方だけだとなにかがあると思われるかもしれないから両方にしておいた。

 ただ、私のこれのおかげで大量の血を見ても慌てなくて済んだわけだから無駄ではないかなどと内で呟いた。


「保代、もうちょっとしたら出かけてくる」

「うん」

「金はあるが流石にずっと働かないというのも微妙だからな」


 この人のことを考えるなら向こうの県で生活を始めた方が間違いなくよかった。

 妹のことを考えるのであればここの方がよかったけど、私的にはそれでもなんら問題というやつはなかったからだ。

 死ぬことになるぐらいなら移動する方がいい、それに前も言ったけどその方が心機一転できそうな気がしたから。


「申し訳ないからあっちに帰った方が……」

「母さんが怖いから無理だ、それに夜に一人で出ようとするから保代は駄目だ」

「や、保香だって帰宅時間が遅い分、暗い中歩いていることになるけど……」

「じゃあ断れないから駄目だ……っと、食べたらもう出るよ」

「うん」


 ちなみにいま言った保香は休日なのをいいことにまだ寝ている。

 とはいえ休日になれば必ず遅くなるというわけではなく、鬼ごっこを本気でやりすぎた結果だと言っていた。


「ごちそうさま」

「あ、食器は持っていくからいいよ」


 どうせ洗うのはこちらだし、やりやすいように置けた方がいい。

 多くても三人分だからそこまでごちゃごちゃにはならないものの、流しではあっても整っていた方が気持ちがいいからそうするんだ。

 別にこういうことでポイント稼ぎをしようとしているわけじゃないから勘違いをしないでほしい、自分のためにやっているから好きなようにやらせてほしいところだった。


「いやいい、その変な行動はやめろ」

「でも、お世話になっているわけだし、これぐらいはしないと怒られちゃうよ」

「誰に? まさかこの場にいない母さんになどと言わないだろうな?」

「だ、だからそのお母さんに――あいたっ、なんで……」

「はぁ、保代が保香みたいにできるようになるまでは帰ることはできないな」


 おじさんはこっちの頭に手を置いてから「行ってくる」と言って出て行った。


「ふぁぁ~……おじさんは?」

「お仕事に行ったよ」

「え、じゃあ帰ったってこと?」

「違うよ、なんかこっちで働くみたい」

「そんなに簡単に働けるものなの?」


 さあ、バイト禁止の高校で動こうとしたことがないから分からない、とにかくお金のためではなくて自分の気持ち的に必要だということだ。

 おじさんがどんな選択をしようと支えてもらうしかないこちら側としてはやはりお母さんにちゃんと説明をして帰った方がいい気がした。

 この家では休まらないだろうし、必要もないのに新しい環境で働くよりはいいだろうから。


「まだいてくれるということならありがたいね、おじさんがいてくれた方がお姉ちゃん的にも楽だろうからさ」

「私はこれ以上迷惑をかけたくないよ」


 お母さんがうるさいから云々はきっと私達のために嘘をついただけだ、つまりおじさんが私達のことを考えて怒られる覚悟で動いているだけだから喜べない。

 唯一保香よりもできる料理を作るということを繰り返したところでおじさんのためにはならないだろう、だってその材料を買えているのはおじさんのおかげだからだ。

 そうなると返せる手段というのが一つもなくなる、いや、そもそも最初から存在していなかったと言うのが正しいか。


「し、仕方がないんだよ、まだ未成年なんだから大人のサポートがないと生きていけないんだよ」

「……保香はご飯を食べて、私はちょっとお勉強をしてくるよ」

「うん……」


 前の家とほとんど変わらないということはそれだけお金がかかっているということだ、もう一つ一つちゃんと見るだけで駄目になっていく。

 ベッドに寝転んで現実逃避をしたがっている自分をなんとか抑えて勉強を始めた、授業に付いていけないとかそういうことはないけど後の自分が慌てないためにしておくんだ。


「お姉ちゃん入ってもいい?」

「ご飯は食べてくれた?」

「残すわけがないよ」


 シャーペンを机に置いて振り返るとなんとも言えない表情で妹が立っていた。

 座ったらどうかと言ってみると「じゃあ座らせてもらうね」と、どこかに出かけたいわけではないみたいだ。


「私、本当はお姉ちゃんに怒っているんだ、なにも言わずに帰っちゃったからさ」

「この前の話をいましてどうするの」

「だって仕方がないじゃん、あれからなんかお姉ちゃんが避けてきているし」


 避けていたんじゃなくて謙虚に生きていただけだ、調子に乗ってしまわないように調整をしているだけだ。


「そもそも私を見逃している時点で成立していなかったからね、そんな人間がいたところで意味はなかったからしょうがないよ」


 迷惑をかけるだけでしかなかったわけだから姉が自分で考えて行動をしてくれて妹としてはよかったはずだけどな。

 あ、まあ、受け入れておきながら中途半端なことをするなよということなら確かにその通りだ、大丈夫、これからは断るから安心してほしい。

 自分のせいで誰にも気にかけてもらえない人間ならとことん極めるしかない、そうすれば期待すらしなくなるというものだ。


「だからってなにも言わないで帰るのはおかしいよ、おかげで私、探し回ることになったんだからね?」

「じゃあこれからは探し回らなければいいよ、うん、そうしたら保香も楽だよね」

「も……? 私が動くことでお姉ちゃんが疲れるって言いたいの?」

「そうだよ、明るい人間は明るい人間とだけ遊んでいればいいんだよ」


 お勉強をしたいからと言って出て行ってもらった、衝突ということになるか顔を合わせないようになるかというところだから心配させないためにもおじさんには帰ってもらいたかった。

 だけどお前の理想通りにはならないぞとでも言われているような感じでなにかが変わったりすることはなかった。




「もう十二月十日か」


 テスト期間が終われば冬休みになる、冬休みはなるべく家以外のところで過ごそうと決めた。


「馬鹿がいた」

「もう、なんで前から馬鹿馬鹿って言ってくるの上持さん」

「敢えて妹に嫌われるムーブばっかりしているからでしょ、あんたにとっての味方は保香だけなのに馬鹿だよね」

「私達はこれでいいんだよ、姉なりに妹のために動いているんだ」


 あの家に住めているだけで十分だ、だからこれからもやめたりはしない。

 家事なんかはやるから安心してくれればいい、妹は本当に過ごしたい相手と自由に過ごしてくれればよかった。

 姉を気にしなければならないなんてルールはないんだから上手くやるべきだ、もしこのまま続けるようなら下手くそとしか言いようがなくなる。

 私に下手くそなんて言われたくないだろうから? 自分のためにも変えていかなければならない。


「つかこんなところでやったら目が悪くなるよ」

「その方がいいかもね」


 なんとも言えない現実を直視しなくて済む、相手が怒った顔をしていてもびくびくする必要はなくなる。

 五体満足だからこそ生きたいなんて欲が出てきてしまうんだ、だったらいっそのこと……って無理か。


「は?」

「見えすぎるからこんなことになるんじゃないかなって、上持さんはどう?」

「馬鹿過ぎて困る」


 赤点なんかは絶対にないけど少しでも高得点を目指すために手を動かし始めた。

 喋りながらでも手を動かし続けるのは余裕だ、それでもいい方向に働くパーセントというのが下がるから集中する。


「あ、返してよ」

「駄目、やるにしても空き教室にしな」

「上持さんも付き合ってくれるなら移動する、言うことを聞いてくれないなら私も聞いたりはしない」


 なんてね、なにをどうしても変わったりはしない。

 なんでも理想通りになると思ったら大間違いだ、分からないなら今回の件で知った方がいい。


「教えてくれるなら付き合ってあげるよ」

「……じゃあ駄目だね、だって上持さんは二つのお願いをしているわけだから」

「あんた……」


 固まっている間に取り返してお勉強を再開した、次は絶対に取られないために警戒しつつだ。

 どこまで彼女はやるのかな、意外と粘ったりとかは……ないか。

 保香や島角さんが来てくれたら一発でこの状況をなんとかできるものの、妹の方はいま自分のせいで期待できないから自業自得と言える状態だった。


「ひゃっ!?」

「お姉さんすみませんっ、保香のお願いは絶対なんですっ」

「し、島角さんっ? 人を間違えているよ、上持さんならそこにいるよっ」

「上持、あんたも手伝ってっ」

「んー、仕方がないなぁ」


 もちろん暴れたけど後ろから抱き着かれている時点で勝ち目はなかった、なんなら妹が現れたときにすとんと止まってしまった形になる。


「お姉ちゃん、言うことを聞かない限りはずっとこれが続くよ? 周りの子に迷惑をかけたくないのに結果的に迷惑をかけることになっちゃうんだよ?」

「……これは私と保香の問題でしょ、島角さん達を巻き込むのは違うよ」

「私一人じゃどうしようもないから聡子ふさこちゃんにお願いしたんだよ」


 たった一回の衝突で諦めてしまうぐらいなら所詮それぐらいの気持ちと言えてしまう気がする、本気で心の底から私とのそれをどうにかしたいと思っているならすぐに誰かに頼ったりはしない。

 関係のない島角さんを頼ったのも問題だった、おじさんとかなら……まあ家族ということでまだ救いはあったというのに……。


「島角さん離して」

「保香が大丈夫だと言わない限りはできません、すみません」

「そっか」


 いくら抵抗をしても勝てないということならということで力を抜いた、前に進めないから表面上だけは合わせておく必要があった。


「予鈴、だね」

「一旦解散にしようか。聡子ちゃん、上持さん、手伝ってくれてありがとう」

「「うん」」


 トイレや移動教室のとき以外は教室に居座ってやろうと決める。

 そうすればこの三人だって文句はないだろうからね。




「はぁ……はぁ……、お姉ちゃん……どこまで歩くつもりなの……?」

「どこまでかな、少なくとも私はまだまだ行けるよ」


 まだ隣の市にやっと着いたぐらいだ、つまり全然距離は稼げていないということで帰ることはできなかった。

 おじさんが朝から夜まで働くようになってお家にいても暇だからしているわけだ。


「こんなことをしてなにがしたいの……」

「狭い範囲の中だけで生きるのは嫌なんだよ、それにちゃんと帰るって言ったのに付いてきたのは保香でしょ? だからちゃんと最後まで付き合って」

「さ、流石にこんなに歩くと私も……」

「もう、しょうがないなぁ」


 丁度ベンチがあったから保香を座らせて飲み物も飲ませた。

 私も横に座って少しだけ飲む、それから通行人や走り去っていく車なんかを見てぼうっとしていた。


「まったく、一人で頑張ろうとするのはいいけど島角さんや上持さんを巻き込むのはやめてよ」


 何度も言うけどこれは私達の問題だ、きっと保香から離れた際にはなにをしているんだろうと考えてしまっているはずだった。

 だけどお友達でいたいから頼まれたら動くしかない、お友達以上の感情を抱えているのだとしたら尚更そういうことになる。

 でも、いくら頑張ったところで得をするのは保香や私で、あの二人には特にメリットというやつがない。

 保香が嬉しそうならそれでいいなんて言ってきそうだけど、それだって無理やり抑え込んでいるだけでしかないんだ。


「だって私だけじゃお姉ちゃんは言うことを聞いてくれないし……」

「だってで巻き込まれるあの子達の気持ちを考えなよ、お家なら逃げられないんだからそこでやればいいでしょ?」

「家でも逃げるじゃん……誰のせいだと思っているのかな……」

「あの日から急に変わりすぎていて怖いんだよ」


 私だからこそ上手く対応ができないということだ、相手が血の繋がった妹でもそういうときの方が多い。

 急に変えて色々な角度から踏み込んでこようとする存在に対して警戒をしないわけがない、期待をしてしまった分だけダメージを受けることもあるんだ。

 最初から最後まで付き合うなんてのは所詮口先だけでしかない、こちらを変えるだけ変えて責任も取らずに消えていくんだ。

 結局最終的には届かない相手に手を伸ばし続ける私と、本当に一緒にいたい子と楽しそうな生活を送っている妹――存在ということになるんだよ。

 実際に中学生のときはそうだったから勝手な妄想とはならない。


「あの日……ああ、だけど私とお姉ちゃんはその前も仲良かったでしょ?」

「そうかな? いつもお友達を優先していて私のことなんて後回しだったけどな」


 ご飯を作って待っていてもすぐに帰ってきてくれなかった、やっと帰ってきても食べてきたからとかそういう気分じゃないからとか言って食べてくれなかったときも多々あった。

 それでも私が作ると決めていたから作り続けて、まあ、続けていたからこそいまでもやれているわけだから不満もあんまりないけどやっぱり机の上に残ったままのご飯を見ると気になるんだ。


「だって家ではろくに会話もなかったし……」

「だって、か、好きだね」

「急に変わったのはお姉ちゃんだよ、なんでそんなにマイナス思考をするようになっちゃったのっ」


 妹は立ち上がりびしっと指を差してそう叫んだ。


「なんでって保香とは違うからだよ、私は保香みたいに上手くやれないんだ」

「上手くってなにっ? そんな曖昧なことばかり言って生きていくのっ?」

「もうちょっとボリュームを下げて、みんなが見ているよ」

「お姉ちゃんのせいだからっ」


 どうしても下がらないみたいだったから飲食店に入って食べさせることにした。

 あまり無駄遣いはしたくないけどこうでもしないとそろそろ他の人に怒られてしまいそうだったか諦めた形となる。


「これふぉあったらまたちゅづき――ぐぇっ、ごほっ、ごほっ……」

「落ち着いて、はいお水」

「……先に両親のところに行くところだったよ」

「それは面白くないからやめて」


 静かに食べていると「ねえお姉ちゃん」と話しかけてきたから意識を向ける、だけどすぐに答えたりはしなかった。

 だからついつい食べたいという気持ちが勝って意識を戻した瞬間に「お姉ちゃん」と、まるでではなく完全に遊ばれていることが分かる。


「もう次に同じことをしたら今日は反応しないからね」

「保代」

「なんですか?」

「やっぱりお姉ちゃんでいいや、これを食べたら帰ろ? それで上持さんの家に行こうよ」


 一応お友達だということは分かったけどその割にはみんな名字で呼んでいるから仲がいいのか分からなくなる、島角さんは幼馴染だから気にしているだけなのかもしれないし……。


「あ、島角さんじゃなくて? 名前で呼んでいるぐらいだからやっぱり他の子とは違うんでしょ?」

「んー、聡子ちゃんとは明日会うよ、今日は上持さんともいたい気分なんだ」

「分かった、じゃああっちに着いたら私は帰るよ」

「はい? なにを分かったんですかね……」

「え、だって私に急に来られても困るでしょ、上持さんはそんなことを求めていないよ、うん」


 毎回あそこに来るけどあれはただ保香に相手をしてもらえないから仕方がなくだと思う、少なくとも暇つぶしのために来ているだけでしかない。

 上持さんは私がこういう考え方をする人間でいることに感謝をしてほしいところだった、私がすぐに勘違いをして調子に乗るような人間だったらもっと面倒くさいことになっているからだ。


「着いたねー」

「……一応聞いておくけどここが上持さんのお家?」


 豪邸というわけじゃないからそう慌てる必要はないのかもしれないけど私と上持さんは仲良くないから気になってしまう。


「そうだよ? それじゃあ押しま――あ、外にいたんだ」

「保香はともかくなんでそっちも連れてきたの?」

「そんなの上持さんがお姉ちゃんといたがっているからだよっ」


 陽キャだからなのかな? だからみんな誰かといたがっているという風に見えてしまうのかもしれない。

 実際はみんながみんな保香みたいに誰かといたがるわけじゃないのにね、一人で十分だって言っている人を見たら「なんであんな嘘をつくんだろう」とか言っていそうだった。


「は……? あ、聞き間違いか」

「違うよー、とりあえず約束通り、中に入らせてもらうね」


 たまたまじゃなくて元々そのつもりだったのか。

 私が言うことを聞いていなかったらどうしていたんだろうとすぐに気になることというのが変わっていった。

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