04話

「上持ー、保香来たー?」

「来たよ、なんかよく分からないのも連れて、だけどね」


 そのよく分からないのは空気を読んで帰ろうとしたのに妹が邪魔をしてくれた形になる。

 

「ん……? あっ、お姉さんっ。ささっ、ここに座ってくださいっ」

「前々から気になっていたけどなんで同級生なのに敬語なの?」

「んー、なんか敬語を使わないといけない気がするからね」


 ということで私が来たくて来ているわけではないから端の方に座っておくことにした、この前みたいに逃げたりしなければわざわざ意識を向けてくることもない。

 ただ、お友達のお家に上がらせてもらうのはかなり久しぶりのことだったからついついじろじろ見てしまう、女の子のお部屋なら参考にもなるかもしれないからこういうチャンスを無駄にしたりはしない。


「飲み物とかお菓子を持ってくる」

「お願いね」


 あれ? 何故か上持さんはこちらの腕を掴んで移動しようとしているぞ……。

 こんなことをしなくても逃げたりはしないのにと言おうとしたけどそれだけ信用がないということだとすぐに分かってからは黙って付いて歩いていた。


「保香から今日来るということは連絡が来ていたけどまさかあんたも連れてくるとはね、あんたが言うことを聞くとも思わなかったから驚いたよ」

「別れるつもりだったんだけどいまみたいに腕を掴まれて駄目だったんだ、だけどそれは上持さんとは関係ないよね。だからごめん、付いてきちゃってさ」


 実行してから謝るなんて卑怯だ、相手からしたらどうしようもないことだ。

 だけど今回も自分のために謝罪をした、もうそういう風にプログラムされているようだった。

 相手がどう感じるのかは相手じゃないから分からないまま私は同じことを繰り返していくのだ、それで相手が消えてもしょうがないと無理やり片づけて前に進めているような進めていないような人生となっていくんだろう。


「別に、知らない人間ってわけじゃないし、男ってわけでもないからいいよ」

「優しいんだね、もっと昔に出会えていたら明るい私を見てもらえたかもしれない」

「ないでしょ、どうせあんたは昔からそうなんでしょ?」

「違うよ、小学生の頃の私は天使みたいに可愛かったんだよ?」

「ないわー、小学生のときから本ばかり読んでいるあんたしか想像できないよ」


 正解、本とたまに来る妹だけが味方だった、あ、一応両親もか……。


「お菓子、どれがいい? あんたに選ばせてあげる」

「じゃあこれかな」

「了解、じゃあ戻るよ」

「あ、待ってっ、ちょ、ちょっとこのまま二人で過ごさない?」


 島角さんという味方がいる空間で妹の相手をしたくない、どちらかと言えば彼女もあちらの味方だから尚更そういうことになる。

 一対一でゆっくりじゃなければ駄目なんだ、同時に複数人から色々なことを言われても、また、同じことであってもわちゃわちゃ言われればキャパオーバーとなってしまうから駄目だ。


「はぁ? 別にこうしてあんたが家にいるのは構わないけど私達は仲がいいわけじゃないんだからそこは勘違いしないように」

「ちょ……っとでいいからさ」


 帰るという選択ができないなら他の方法でなんとかするしかないという状態で彼女が連れ出してくれたのはチャンスなんだ。

 短期間であっても私と関わって私が面倒くさい人間だとは分かったはず、だからこういう風になる前提で動かなければならない。

 それに私になにかを求めるなら私だって相手になにかを求めたっていいだろう、相手しか駄目だという歪な関係なら離れることを選ぶというものだ。


「はぁ、聡子が苦手ってこと? 敬語を使われていて遠く感じるから嫌だとか?」

「あ、名前で呼んでいるんだ?」

「喧嘩してからはお互いに名字呼びになったけどね、まあ、家でぐらいは問題ないでしょ……じゃなくて、苦手なの?」

「ううん、保香がいるからだよ」

「面倒くさい姉妹だね」


 姉妹揃って上手く生きられていないのは確かなことだと言える。

 何故面倒くさい人間に敢えて近づいてしまうのか、こいつは面倒くさいから近づくのはやめておこうとならないのが不思議だった。

 なんらかのメリットがあるならともかくとして、残念ながらマイナス方向にしか働かないことを続けたところで意味はない。

 なんだかんだで相手をしてくれることが嬉しいとも思っていないし、お互いにとって微妙なことだから引っかかり続けているんだ。


「私はちょっとこれを運んでくるけどじゃあ座って待っていなよ」

「うん」


 が、廊下に出た途端に保香の声が聞こえてきて無意味なものとなった、なんならそのまま戻ってきて保香はまるで自宅のように隣に座ってきたという……。


「そういうのはよくないと思う」

「盗み聞きの方がよくないよ」

「だってすぐに戻ってこなかったから、絶対になにかがあると思って一階に移動してみたら案の定……」


 よく家主がいないのに移動できるな、私だったら固まっているかその場でのんびりしていることしかできない。


「お姉さんは上持が好きなんですか?」

「優しいからね」

「おお!」

「私はごめんだけどね、友達としているならいいけどそれ以上はごめんだよ」

「え、友達以上の意味で聞いていないけど? ぷー、これは恥ずかしい自爆ね」


 その喧嘩とやらもこういう感じで繋がってしまったんだろうな。

 本当は仲良くしたいのにお互いに素直になれなくてついつい悪いことを言ってしまって一人になった際に多分悔やんでいる。


「もう出てけっ、特に島角と渡高姉はもう来るな!」

「まあまあ、上持さん落ち着いて」

「……だから島角は嫌なんだよ」

「そ、そう言わないでさ?」

「……ちょっとトイレに行ってくる」


 好きだからこそなのかな? あくまで私は関係ないですとでも言いたげな島角さんも気にしてしまっているのかもしれない。

 なんで毎回こうなってしまうんだろうと考えた際に相手のせいだと結論を出そうとしていや違うと、自分のせいだという答えが出ていそうだ。

 島角さんは基本的に保香といる、それ以外の時間は他の子といる、だからついついそういうときに余計なことを言ってしまって微妙な結果となっている可能性がある。


「保香、私達はもう帰ろう」

「もう、またそうやって……」

「違うよ、島角さんと上持さんは二人で話し合う必要があるからだよ」


 時間が経過することで勝手に解決するような内容じゃない、となればこういうときに動くしかないんだ。

 私達が来るまでは問題なく二人でやれていたわけだし、やはり私達の存在が余計なんだ。

 この場合だと保香が来たことによって発生したとはならない、上持さんが私といることで気になってしまったんだ。


「でも、いまのまま二人きりにするともっと酷いことになるんじゃ……」

「どうなるのかは分からない、だけど必要なことなんだよ」

「気にしなくて大丈夫ですよ、私達にとっては普通のことなので」

「駄目だよ、とにかく私は帰るから」


 いちいち言わなくても勝手に帰ればいいと言われてしまうような存在だけど保香がいたから仕方がなかったと片づけてほしい。

 上持さんに挨拶をできなかったのは気になったものの、この選択をしたことを後悔はしていなかった。




「あんたなんか勘違いしてない?」

「そ、それよりさ、どうだったの?」

「別になにもないよ、島角が言っていたようにあんなのは普通のことなんだから」

「でも、島角さんを名指しして嫌だって言っていたわけだからさ」


 本当になにもないならあんな顔で誰かの名字や名前を出したりはしない。

 自分の顔だから、見えないからなのかな、それでも内にあるそれからは目を逸らせないからわざと言っているんだ。

 なにより仲の良くない私に踏み込まれたくなくて無意味な嘘を重ねている、いや、この場合は私に知られなければいいわけだから意味はあるか。

 でも、基本的に自由にすればいい、どんな結果になっても自分は関係がないからと片づけてきた私でも今回の件はそうやって終わらせられなかった。

 変に関われてしまうからだ、結局遠いままなのだとしても上持さんや島角さんは物理的に限って言えば届く範囲にいるからこういうことになる。

 だから踏み込まれたくないなら顔すら見せないべきだ、相手がそうやって自衛をしていれば私だって追ったりはしない、そんな勇気はないんだ。


「あそこまでがお決まりなの、あんたは私と聡子を知らないだけ」

「あれ、学校なのにいいの?」

「ん? あ、まあね、本人がいるところ以外ならもうこれでいいかなって」

「本人がいるところでしようよ、できることは少ないけど協力してあげるから!」


 嫌なら嫌だと言ってくれ、止めるためには私だけの力じゃ無理なんだ。


「今日はどうしたの? 読書だって勉強だってやっていないし……」

「あ、なんかテンションが上がったままなんだよ、ははは……」

「それと保香を連れて帰らないでよ、ああやって学校以外のところで保香と過ごすのは難しいんだから……」


 妹が相手なら簡単だ、ちゃんと顔を見て「一緒に遊ぼう」と言うだけでいい。

 そうしたら勝手に笑みを浮かべて「うんっ」と答えてくれる、姉で近くで見てきたから分かる。

 変な遠慮なんかはいらない、あ、直接拒絶されていたらやめてあげてとしか言えないけどそれ以外なら気にする必要はない。

 自分一人じゃ勇気が出ないなら島角さんを頼ればいい、そうしたら幼馴染ということでいくらでも協力してくれるだろう。


「保香が好きなの?」

「……別にそんなのじゃないけど仲良くしたい、でも、保香のところに行こうとすると聡子がいるから気になるんだよね」

「それって島角さんのことを気にしているからじゃ……」


 何度も言うけど島角さんも気にしている、昔になにかあったのかな。

 いやまあ、昔だろうと最近だろうと知らないところばかりだから彼女達について考えるのは正直無意味だ。


「昔は付き合っていたからね、そういうのもあるんじゃない?」

「ええ!? お、女の子同士なんだよっ?」

「だから? 好きになっちゃったんだから仕方がないでしょ」

「へ、へー、好きになったなら同性でもいいんだ」


 そもそも誰かを好きになれるのがすごい、私にはできない。

 この先も絶対にありえないなんて言うつもりはないけど、今日まで好きになれなかったからやはり影響が強くなる。


「あんたもそういうのだと思ったんだけど違うんだ、てっきり保香のことが好きなのかと」

「妹としては好き……いや、正直妹としても微妙かな」


 なんであの妹の片割れがこんな人間なのかが分からない、神様もいるならもう少しぐらいは似た存在にしてもらいたかった。

 多分それだったら両親がなんらかのことに絶望してこの世を去ったりはしていなかったと思う、完璧に同じとまではいかなくても保香と同じぐらい愛でてくれていたはずだった。


「うわあ、あんたそれ絶対に保香の前で言わない方がいいよ、泣くよまじで」

「保香だって双子の姉が上持さんや島角さんだった方がよかったと言うよ」

「はぁ、で、またここに戻ってくると……」

「ちょっと考えてみてよ、上持さんのお家に保香がいたとしたら?」


 同じお部屋にずっといそうだ、迷惑そうにしながらも彼女は強気には出ずに付き合うんだ。


「んー、なんかぎこちなくなりそう」

「島角さんのお家だったら?」

「楽しくやれそうだね、ずっと喋っていそう」

「だけど私のお家だったら?」

「いや、それでも変わらないでしょ、保香はお喋り好きだからどうせ明るい場所になるよ」


 やれやれ、彼女は無自覚なタイプなんだな、これが一番大変だ。

 島角さんに対して厳しいよりはいいのかもしれないけど正直むかつく、勝手に悪く考えているんじゃないよと言いたくなる。


「はぁ、上持さんは私にどうこう言えるような立場にないよね、ひょっとしたら私よりも酷いマイナス思考タイプだよ」

「はあ!? ……って、いけないいけない、こいつにまともに付き合う方が馬鹿だ」


 前もそうだけどなんでその馬鹿に付き合うんだろうね、教室にいづらいということでもここ以外にも沢山場所はあるのに何故かここに来て無視もできずに馬鹿と繰り返して言うんだ。

 不器用なんだな、私よりもの人を初めて見た、みんななんだかんだで上手くやれるようになっているのに彼女は対象外みたいだ。


「もしもし?」

「保香、あの場所に来てくれる?」

「分かったー」


 まああれだ、実際にそうでも馬鹿と何度も言われるのは嫌なんだ、だからそう言えないようにした。

 好きな子の前で仮にもその子と関わりがある人間を馬鹿にしたりはできない、それはそれこれはこれという精神でやれるならそれはもうすごいとしか言えない。


「あ、上持さんもここにいたんだ」

「保香、ちょっと上持さんの相手をお願いね」

「戻ってくるってこと?」

「戻るよ、来させるだけ来させて後は任せるなんて無責任なことはしないよ」

「分かったっ」


 今日お勉強や読書をしていなかったのはお弁当を忘れてしまったからだった、だから小銭を握りしめて購買に行こうとしている。

 なんでもいい、食べられればいい、やはり食べないまま放課後までは頑張れない。


「んー、結構残ってて逆に悩むな」

「これとかおすすめですよお姉さん」

「あれ、なんで残らなかったの?」

「だってあれ、上持のためでしょう? それなのに残ったらお姉さんが動いた意味がなくなるじゃないですか」


 別によかったんだけどな、だってさっきも言ったように戻るつもりだったから。

 信用されていないからかもしれないけど獲物を確保したら本当にすぐに戻るつもりだった、向こうに戻ったらむしゃむしゃ食べながら若者が盛り上がっているところを見ようとしていたんだよ。


「ありがとうございます。じゃあ戻ろうか」

「え、いやいいですよ、たまには保香とゆっくりいたいんじゃないですかね」

「でも、保香に戻るって言っちゃったから……」


 常時適当にはできない、また追われないためにも対保香のときは慎重に動かなければならないんだ。

 私よりも上手くやれる彼女ではこの気持ちは分からないだろう、でも、別に理解をしてくれなくていいから守らせてほしかった。

 保香の近くに私がいて、邪魔で、やっと潰せるチャンスがきて実行しているならともかく、そうではないならちょっとの言うことを聞いてほしい。

 大丈夫、頼んでばかりじゃない、私はこれまでに彼女のために動いたことがあるからやっとプラスマイナスゼロに戻るだけだ。


「じゃあお姉さんはここで待っていてくださいっ、私が保香に言ってきますっ」

「え、ちょ、見たくないのかな」


 保香が仲良くしているところを? それとも、やはり幼馴染の上持さんに対して複雑な感情を抱えているのかな。

 無意味とか言っておきながら繰り返しちゃうよね、これはもう一種の病気だ。


「そういうことか」


 結局、予鈴が鳴る直前になっても、鳴ってからも現れることはなかった。

 じゃあそのどちらでもなく、いや逆にどちらでも可能性はあるか、とにかく私が邪魔だったということになる。

 教室は賑やかだった、対する私の内側は静かだ。

 いやまあこれに関しては盛り上がれるお友達がいないということでいつものことだからいいとして、これからどうしようと悩んでいた。

 だけどちゃんと見ようとしていなかった私が悪い、よく分からないところから急に変わったというわけでもない。

 動き回るいまでも諦めていない保香が一番厄介だ、相手をしているだけでまた放置されるなんてことになったら面倒くさい。

 いや放置をされるだけならどうでもいい、それよりエスカレートしていくのが問題だった。

 毎回どこかに連れて行って一人にする、それだけを繰り返す人間はいない。

 悪口、物を隠す、物理的に傷つける、いくらでも手段はあるわけで、そのことだけを繰り返すようなら馬鹿だと言うしかない。


「授業を始めるぞー」


 どっちが好きなのかだけでもはっきりすればいいんだけどな、そうすればどちらかには相談を……って、駄目か。

 じゃあこうなった時点で詰み……いや、まだ繰り返してくるからは分からないから判断は早いか。

 とりあえずごたごたしたことになるんだとしてもテストが終わってからにしてほしい、そうでもないとやられてしまう。


「渡高、五十ページの一行目から読んでくれ」

「はい」


 授業中は平和でよかった。

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