02話
「おかしい」
「ん?」
貸した本を読んでいたと思ったら急にこれだった。
「ここ一週間ぐらいは毎日あんた達の家にいたのに親が帰ってこなかった」
なんだそんなことかと安心する、そもそも両親が必ず彼女がいる時間帯、十七時とか十八時とかまでに帰ってくるところばかりではないだろうから特におかしなこととも言えないけどね。
「ああ、姉妹で暮らしているから――」
「保代、あいつがうるさいからまた来たぞ、それと鍋の材料も買ってきた」
「だ、誰よこいつ!」
私が答えるよりも前におじさんが自己紹介をしてくれたから助かった、納得はできていなかったみたいだけど私が答えていた場合よりは違うと思う。
「どうせなら食べていったらどうだ?」
「え、いいのっ?」
「ああ、その方が保代も保香も喜ぶだろう」
というわけで準備を手伝って、今日は一緒に食べることになった。
お鍋なんてあの家で食べたのはいつが最後か思い出せないぐらいだったからちょっとがっついてしまったのはマイナス点だ、こういうところが保香の姉らしくないと言われる原因だ。
「でも、やっぱりこれだと両親はいないということなの?」
「ちょっとお仕事が忙しいだけだよ、ね?」
「違うよ、両親は死――んー!」
「お仕事が忙しいんだよねっ、だから心配しなくていいよ!」
その通りなんだとしてもわざわざ彼女に言う必要はない、可哀想と思ってもらいたいなら正解かもしれないけど少なくとも私がいるところではやめてほしかった。
だってそんなことを求めていないからだ、それにこの話になると自分のドライなところを知られてしまう気がして怖い。
妹と違って特に慌てなかったのも問題……のように見える、妹みたいに慌てたり叫んだりするのが普通なのではないだろうか。
「それよりもっと食べて、上持さんが食べてくれないと余っちゃうんだよ」
おじさんは体が大きいのに全然食べられないから困る、妹は常に太らないかを気にしているから困る。
もったいない精神からなんとか体に詰め込んでいる私だけどいつまでもこれを続けられるとは思えない、それに食材に申し訳ないから食べられる子に食べてもらう。
無理なら明日の朝とかに食べればいい、とにかく捨てるようなことにならなければそれでよかった。
「私にそんなことを言うと全部食べちゃうよ?」
「いいよ、おじさんもいいでしょ?」
「ああ」
「じゃあはい、私がやってあげるから食べることに集中してよ」
「分かった」
妹さんは早々にやめて「お腹いっぱいだよ」などと呟きつつスマホを弄っている、こういうところは最近の女子高校生らしいと言える。
ウェブサイトを見るだけではなくお友達とのやり取りなんかもしているらしいから私とは違う、私は意味を調べたりするときだけしか使わないからスマホである意味が薄い気がした。
「「ごちそうさまでした」」
準備にはそれなりに時間がかかるのに終わるのは早い、だけどさっきも言ったように残るよりはいいから今日はいい気分だった。
お鍋パワーはすごい、これならお風呂に入った後にお勉強をもうひと頑張りできそうかな。
「保香、早く風呂に入ってこい」
「はーい――うぅ、廊下が寒いよっ」
温度差なんかにやられるとせっかく出てきたやる気もなくなってしまうから気を付けなければならない、あとはやる気を出すのはいいけど風邪を引かないようにしなければならないというやつだった。
お勉強をしっかりできても学校に行けなかったら意味がない、頼れる相手がいないから意地でも行かなければならない。
「ご両親も心配するだろう、君はもう帰った方がいい」
き、君か、私達のときは知っているのもあって名前呼びかお前呼びだから中々に面白かった、新鮮とも言えるかもしれない。
「渡高、あんた送ってよ」
「いいよ」
「俺も行く」
「え、おじさんはゆっくりしてくれていればいいよ、移動してきて疲れたでしょ?」
「いいから行こう」
妹を贔屓したりしないでこちらにも意識を向けてくれるのは珍しいな。
両親はなんだかんだでこちらにも優しかったけど妹には少しだけ違った、だからおじさんもそうなると思っていたものの、そうではなかったことになる。
ただ妹と違ってしっかりしていないから見ておかなければならないという考えになった可能性もあるため、やったーと喜ぶこともできない。
「意外だったのは学校と家での態度が変わらなかったことだよ」
「ああ、漫画やアニメだと学校ではしっかり者、だけどお家ではだらだら娘~なんて設定があるよね」
最近は異世界物ばかりだから触れる機会があまりないけど学園物とかだとよく出てくるから分かる。
大体は姉で生徒会長だったりするんだよね、逆に妹はしっかり者のイメージがあったりする。
「うん、あとあんたは家のときの方がお姉さんって感じがする」
「少しだけでも妹のために動いているからじゃないかな」
「だから見られてよかったよ、ま、学校でのあんたの評価が変わるわけじゃないから勘違いはしないように」
「はは、分かりました」
本当のことを言われたときほどむかついたりなんかはしない。
それどころかよく私のことを知っているなーという感想を抱くんだ。
「もしあの包丁が私に向けられていたらどうしていたんだろ」
相手が両親ということで受け入れるしかなかったのだろうか? それとも自分一人でやっていけないのにまだまだ生きたいからと抵抗したのだろうか。
もし私が両親を刺し殺してまで生き残っていたとしたら例え正当防衛だとしてもおじさんは味方をしてくれなかった気がする、妹の心だって離れていた。
「なにぶつぶつ言ってんの」
「あ、こんにちは、今日はもう来ないと思ったよ」
微妙に集中できていなかったため本を片づけて彼女に意識を向ける、彼女は「暇だから歩いていただけ」と答えて横に座った。
「で、なんだって?」
「ああ、いま読んでいるところが丁度そんな内容でね。上持さんだったら自分に包丁が向けられたときでも上手く対応ができそうだね」
刺すこともせずに上手く無力化してなんとかできてしまいそうだ。
「無理でしょそんなの、結局こういうときに調子のいいことを言っていてもいざそんなときになったら固まるだけだよ」
「そうかな? 誰かを守るため、相手が保香のときだったりしたら格好よく動けそうだけどな」
「それはあんたでしょ」
ないない、そういうことができるのは創作上のキャラクターだけだ。
私だったら逃げる、大切な人がやられていても自分可愛さで逃げて後からやってしまったと形だけの後悔をしそうだった。
「あ、お姉さんいた!」
「島角さん?」
ど、どうやってここを知ったのか……って、妹しかありえないか。
保香のお友達の中では唯一私のことを知っているからたまにこうやって近づいてくることもある、だから場所のこと以外は特に違和感もない。
「ちょっとお姉さんに頼みたいことがあるんですけど……って、上持もいたんだ」
「まあね」
居づらそうな感じはしないからちゃんとお友達……なのかな? 自分のことをなんとかしろよと言われてしまうかもしれないけど気になることは気になるから仕方がないと考えてほしい。
「じゃああんたも参加してよ、みんなで鬼ごっこをしようって話になったの」
「「お、鬼ごっこ……?」」
いまの子達ってスマホで遊ぶんじゃないのか、スマホじゃなかったら服を見に行ったりしていそうなのに鬼ごっことは驚いた。
「はい、運動不足の体に丁度いいと思いませんか? お姉さんが大好きな保香もいるので大丈夫ですよね?」
「あ、私は大丈夫だよ」
どうせ今日は一人になっても先程のそれで集中できないだろうからこれでいい、また、なるべく残したくなくて多く食べる関係上太る可能性が一番高いのが自分だから体を動かしておくのはありだった。
ぶよぶよに太ってからでは遅いからなるべく早い内に動いておく、そうでもしないと一方的に太っていく自分が容易に想像できてしまう。
人間性や能力とかはともかく見た目のことで妹との差を突き付けられるのは多分気になるだろうから自分のために動くんだ。
「ありがとうございますっ、じゃあ上持も参加ということで話をしておくわ」
「え」
「なによ?」
「まあ……いいけどさ」
「じゃあ決まりね、それじゃあ放課後になったら昇降口前で待っていてくださいね」
の前に俯いてしまった上持さんの頭を撫でておいた、「なに?」と嫌そうな顔で聞いてきた彼女には保香が似たような状態になったときはこうしてきたんだと返した。
「別に島角と仲が悪いとかそういうのじゃないよ、だけどあの子の友達が苦手なの」
「お友達のお友達とは仲良くなりづらいよね」
「そのお友達とやらすらいないあんたには分からないだろうけどね」
「お友達ならいるよ? 目の前にいる上持さん」
「はあ? って、そっか、そんな話になったんだっけ」
お、ちょっとずついつも通りに戻ってきた。
他の子が相手のときに出てしまわないようなレベルに調節をしつつやってくれればよかった、間違ったことは言っていないから怒ったりはしない。
「あんたのせいでこうなったようなものだからちゃんとサポートしてよ、特に島角が話しかけてきたときなんかにはね」
「できることならするよ」
「あとは……あ、おじさんはいい人みたいだけど気をつけなさい」
「え? おじさん相手になにを気を付ける――あ、調子に乗らないようにしろよってことだよね。おじさんのおかげでなんとかなっていることを忘れたら駄目だよね」
本人に言われて敬語をやめたのもあって前よりは近くなった気がする、だけどその点彼女が言うように距離感を見誤ってしまう可能性もあるから怖くもある。
だから指摘してもらえるのはありがたいことだった、毎日言ってもらいたいぐらいのことだ。
「おじさんのおかげでなんとかなっている……?」
「あっ、いやっ、ほらっ、両親はお仕事で忙しくて甘えることができないからさっ、ああして大人のおじさんが気にかけてくれるのは嬉しいな……って」
ぐっ、私の方がよっぽど下手くそだな、それに正しいのかどうかも……。
これを続けるということは彼女に対して嘘をつき続けるということでもあり、いつか取り返しのつかないことになるんじゃないかって不安もある。
だけどさ、両親が自殺したんだーなどと言われたところで相手としては困るだけだろうし、前も言ったようにそれで気にかけてもらいたいわけじゃないんだ。
「ふーん、私が言いたいのはそういうことじゃないけどね」
それ以外でなにかあるかな……? ちゃんと言ってくれないと妹とは違うから分からない。
「自由に弄ばれないように気をつけなさいってこと、普通分かるでしょ」
「おじさんはそんなことをしないよ」
「まあいい、放課後は頼むよ」
「うん、あ、だけどあんまり期待しないでね?」
「大丈夫」
勝手に期待をして勝手に失望をされるのはもうごめんだ。
だから自分のためにも〇〇だから〇〇ぐらいしかできないでしょ程度に抑えてもらいたいところだった。
「はぁ……はぁ……」
おかしい、去年の二月頃にあったマラソン並みに走っている気がする。
サポートをしてよと言っていた上持さんとも全く会えていない、ずっと私が鬼のままだ。
多分参加している子達的にはかくれんぼをしているような気分になっているんじゃないかな、あまりにも追われなさ過ぎて退屈な子もいそうだ。
「ど、どこだ……」
「お姉ちゃん発見……って、その様子だとずっと鬼みたいだね?」
「ま、まあね、あの……みんなのために引き受けてくれないかな……?」
「いいよっ、じゃあはい――よしっ、みんなを探すぞー!」
情けないぜ、こういうところが一緒にいてもらえない理由なんじゃ……。
誰と過ごそうが自由だからこそ敢えて面倒くさい人間、使えない人間と一緒にいようとはしない、中にはいるかもしれないけどそれはいたいからではなく心配だからでしかない。
それは私が求めているものとは違う。
「ちょんちょん、お姉さん」
「ん……? ああ、島角さん」
弱っていたとはいえあまりに自然に後ろにいて少し驚いた、冷静に対応できているように見えたら成功かな。
「だいぶ弱っていますね」
「うん、保香と違ってぽんこつなんだよ」
汚れることも気にせずに地面に座ると「隣、失礼します」と彼女も座った。
この子は妹にだけじゃなく私にも優しいから仲良くしたいと思っている子達リストの中の一人だったりもする、それでも先程のことが影響していて自分からは言えていなかった。
「上持を見ませんでしたか?」
「別れてからは一度も会えていないんだ、そう言うってことは島角さんも会えていないんだね?」
「はい。もしかしたら先に帰っているのもかもしれないわね……」
「それはないと思うよ、あっ、出会ったばかりであんまり知らないけど受け入れておきながらなにも言わずに帰る子じゃないと……思う」
勝手に期待しているのはこちらだ、ただ、勝手に失望をしたりするような人間ではないから勘違いをしないでほしい。
失望をするんだとしたらそれは私に対してだった、他の子のために全く役に立てない自分に絶望すらするかもしれない。
なにもかもを諦めて、そういうものだと片づけて、へらへら笑って合わせて最後まで情けないところしか晒さないままの可能性が高い。
「私としてもその方がありがたいです、あの子はいつもすぐにどこかに行ってしまうので話したくても話せないんですよ」
「お友達……だよね?」
「はい、寧ろ保香とよりも前から一緒にいますから、幼馴染なんですよ」
幼馴染か、羨ましいなぁ。
絶対というわけじゃなくても一緒にいられた可能性が高い、関係が変わることはなくてもお友達としてはいられたかもしれないわけだから私にとってその価値は大きくなっていく。
だけど期待をしたところでいまから変わるわけじゃない、一人っ子の子が他の子のきょうだいの話を聞いて羨ましく感じるのと同じ心理だ。
「あー! 二人がさぼってる!」
「やばっ、上持を見つけたら話したがっていたということを伝えておいてください、それじゃ!」
残念だ、私はもうこれ以上は動けない。
優しい妹は私を見逃してくれた、あっという間に視界外へと消えていく。
運動のためにとまとめていたゴムを外して地面に寝転ぶ、私が死んでいればこのまま蟻なんかに解体されていたのかもしれない。
死んでいたら、か、特に役に立てない人間でもまだ死にたいとは思わないなぁ。
だけど両親にとっては違ったと、会社で分かりやすく役に立てる両親でも、大人でもお友達がちゃんといる両親でも違ったわけだ。
私と違って大人だから社会から逃げて生きるということができなかったのか。
「なにやってんの」
「あ、島角さんが話したいって言っていたよ」
「やたらと気にしてんだよね、別に幼馴染だからって気にしなければならないルールなんてないのにね」
「上持さんが魅力的だからだよ、だから島角さんは気にするんだよ」
対するこちらは誰もいない、妹のそれはまた違うだろう。
このまま一緒にいられれば彼女が、また、島角さんが気にしてくれるようになるのかな? 結局、努力をしても心配だからという域からは出られなさそうだ。
仕方がないと言い訳に言い訳を重ねてきっと最後は思ってもいないのに楽しかったなんて嘘をついて散るんだ。
それでも病死や事故死、自殺なんかよりは寿命を全うできたということでましなのかもしれない。
長く生きたいと思っていても生きられるかは完全にランダムで、目標なんかがある子に限ってどこかで邪魔が入って叶えられずに終わりそうな中で、なにもないからと絶望して自死を選ぶよりはきっと……。
「それより起きなって、髪の毛が傷つくでしょ」
「楽でいいんだけどなー」
「いいから」
「……分かったよ、心配してくれてありがとう」
体を起こして適当なところで髪を縛る、たったそれだけでかなり楽になるというものだ。
それから意外にもどこかに行こうとしない彼女を見ていると「ま、たまには島角に付き合ってあげるか」と呟きつつ歩いて行った。
結局誰も残らない、残ってもらえるように動こうともしない。
彼女達が悪いわけじゃないけどこういうことの繰り返しだったから求める気も起きないんだ。
「帰ろう」
私だって寝転ぶなら本当のところはベッドの方がいい。
それに部屋なら文句を言われないからベストだと言えた。
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