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Nora
01話
寒く暗い夜道を歩いていた。
完全に暗くなる前に話しかけてきた女の人には適当に嘘をついた、だけど仕方がないんだ。
だってもうあの家に居場所はないから、待っていてもなにかが変わるということはないから、生きるためにはこうして行動をすることが必要なのだ。
ただはっきりしていることはこうして闇雲に歩いたところでいい方には傾かないということで、足を止めてしまった。
「雪だ……」
こういう日に限ってやたらと冷える、私の限界がくるのもそう遠くないような気がした。
「お姉ちゃん……」
「お友達の家に行きたい?」
「ううん、だけどこれからどうするの?」
「どうするんだろうね」
親戚の家に行けないこともないけど受け入れてもらえなかったらその分だけお金を無駄にするということになる。
これからを考えれば仮に駄目だった場合は詰むから安易に選べない、だけど妹のことを考えるならそれしかないというのも事実だった。
「あ、あのさ、お母さんとお父さんって……」
「もうあの二人はいないんだよ、だからこんな時間なのに外にいるんだ」
「お金もこれしかない……」
一応探すだけ探したものの、二万円しか見つからなかった。
口座を見てみればそれなりにあるのかもしれないけど精神的に疲れてしまってこれだけ持って出てきた形になる。
もしかしたら嫌がる妹をあのままあの家に置いたままの方がよかったのかもしれない、そうすれば周りの大人が助けてくれた可能性だってあるのに、なにができるというわけでもないのに連れてきてしまった。
一人になりたくなかったのも大きい、だけどそれを優先したばかりに二人とも死んでしまうかもしれないのだ。
「あそこに行こう」
「そ、それって親戚の……?」
「うん、頼るしかないよ、そうじゃないと私達も死んじゃうから」
「……頼ることになるぐらいならお姉ちゃんと二人で最後を迎えた方がいい」
「こ、こういうときぐらいは大丈夫だよ、いくらなんでも……さ」
「嫌だ、絶対に行きたくない」
そうきたか、ただ妹と仲悪くなるぐらいならその方が幸せなのかもしれない。
とりあえずお布団と少しの食べ物を買おう、それだけで凄く違うはずだ。
「ありがとうございました」
自分で貯めていたお金でなんとかなったのが大きい、まだ二万円があるというだけで勇気が出る。
行きつく先が同じだとしても関係ない、とにかくこのお金はなるべく妹のために使おう。
「で、でかいね、だけど掛けたら温かいから掛けて」
「家まで戻ってもいい?」
「……そうだね、そうしようか」
自宅の近くにはコンビニがあるから温かいご飯を買って食べられる、それにあの部屋に行かなければ風にやられることもない。
まあ、そうなるとお布団を買った意味がなくなってしまうけどどうでもいい、何枚掛けても無駄にはならないんだからね。
「はい、熱いから火傷しないように――」
「おねえ……ちゃん……」
「はい起きて、食べてから寝てくださーい」
贅沢をしなければ一か月以上は生きられる……のかな。
分からないけど妹がいる以上は簡単には諦められないから頑張るしかなかった。
「ん……やたらと寒いと思ったら……」
まあいいか、風邪を引いているわけではなかったから迷惑をかけることもない。
とりあえず顔を洗って……と動こうとしたときにおじさんがいることに気づいて足を止めた。
「おはよう」
「学校から帰ったら既にこの状態でした」
失敗だったのは妹も見てしまったこと、それでも連れ出すためには余程の理由がなければ駄目だったから説得するのに時間がかからなかったのはいいことだった。
「そうか」
「それよりいつ頃この家に……?」
「六時頃だ、こいつの友達と言う奴から電話がかかってきた」
こうして大人が来てくれたということはいい結果になるかどうかは分からないけど前に進めるということだ、それと可愛気のある妹が生き続ける可能性が高まったわけだから私としては嬉しい。
「荷物をまとめておけ」
「あ、だけどあの子は……」
「あの家には連れて行かないから安心しろ」
この人には妹は緊張しつつも普通に喋ることができていたからいやいや攻撃はないと思う、だけどあの家に連れて行かないという部分については嘘だと分かった。
寧ろあそこ以外の場所に連れて行かれたらそれはそれで怖いというやつだ。
とにかく色々なことが一気に動いてまた夜になった。
「
「無理もないだろ、お前も寝た方がいい」
「いえ、眠気がくるまではここにいます」
「そういえば家の話だが、この土地に家を借りるから心配するな。お前達は引き続きあの学校に通えばいい」
「そうですか」
それはまたありがたいようなありがたくないようなという感じだ、ここまできたら新たな土地で新しく始められた方がよかった気がする。
それでも大人の言うことを聞くしかないという状態だということには変わらないため、お礼を言っておいた。
おじさんは相変わらず無表情、どちらかと言えば怖い顔で「ああ」と答えるだけだった。
「おはよう」
「おはようございます」
一か月が経過した、その間にばたばたしていたのはおじさんだけで私達にはなにも影響はなかった。
「敬語じゃなくていい、保香はどうした?」
「えっと、朝が得意ではないので……あ、いつもぎりぎりまで寝ているんだよ」
「昔から変わらないな、そのことを母さんによく怒られていた」
「だからあの家に行くぐらいなら私と最後を迎えられた方がいいなんて言っていたんだよ」
「そうか」
ちなみにおじさんは当たり前の話だけどずっといられるわけではないらしい。
無茶だとは分かっていてもいてほしいと思ってしまう、家事なんかはできるけど高校生の女二人だけで生活するのはうーんという感じだ。
お金の援助があったとしてもだ、まあ……責任を取りたくないからなんだけど。
「……おはよー」
「おはよう」
「ん……あっ、お、おはようございますっ」
「落ち着け」
これを毎日やっているものだから面白い、だけどもう少しで見られなくなると思うと少し寂しい。
それでもやっぱりおじさんのことを気に入っているのは分かるわけで、妹が云々と言っても駄目だろうか?
「だ、だっておじさんがいるとあのときのことを思い出して……」
「あいつが来たりはしない、それよりしっかり食べてから高校に行け」
「うん……」
私は食べない派だから妹にだけ軽く作って洗面所に移動する。
いい家を借りてくれて前とほとんど変わらないから慣れるまでに一週間もかからなかったのが大きい、ちょっと寒いのは仕方がないと片づけるしかない。
「お姉ちゃん髪を梳いて」
「うん、じゃあそこに座って」
私も妹もどちらも髪が長いからこういうことも毎日となる、ちなみに私の場合は頼んでもいないのに「いいからいいから」と妹がやろうとするだけだ。
こんなことを頼んだりはしない、自分でもできることなら頼らない。
「……おじさん、もう帰っちゃうの?」
「うん、そうみたいだね」
「お金があっても私達だけで大丈夫なのかな?」
「大丈夫と言えるようにするしかないよ、まだ働いているんだからさ」
挨拶をしてから家の外へ、寒いから自然と手を握る形になった。
私と妹は双子ということで同じ学年なのは都合がいい、クラスが違うということについてはまあ仕方がないから諦めるしかない。
ただ積極的に誰かといようとする妹と違って私はいつも本を読んでいるだけだ。
「保香、おはよう」
「あ、おはよー」
「あんたまたお姉さんと手を繋いでんの?」
「違うよ、これはお姉ちゃんの方からしてくるの」
「はは、嘘をつかない――あ、それじゃあまた後でね」
年頃だからなのか学校が近づくと妹は手を離したうえに距離を作る、もしかしたら最初から断りたいのかもしれない。
いやほら、周りからの目を気にしてしまうだろうから? ……そうだと考えておきながら繰り返す私はあれだけどさ。
「じゃあまたお昼休みにね」
「うん」
あとなんか私から離れていくときだけ足が軽く見えるんだ。
「よっこいしょっと」
教室でも廊下でもどこでも本は読めるけどいつも大人しく教室には行かずにお気に入りの場所に座って読むのが日課だった。
暗くて狭くて落ち着く場所だ、誰かが近くまで来ることはあってもわざわざ覗く人間はいないからいちいち慌てる必要はない。
「やっぱりね、見間違いじゃなかった」
違うか、誰かが来ても慌てる必要はない。
ここは私有地というわけではないし、喋りかけられれば普通に相手をするだけだ。
元々敵を作るような生き方はしていないからそういうことになる、普通にしている限り敵はできない。
「ここが好きなの?」
「は? こんな暗くて狭いところ好きなわけがないでしょ」
「じゃあなんでここに?」
「渡高保香の姉がこんなところで変なことをしているからだよ」
渡高保香の姉は妹と違って明るい方ではないからお似合いな気がする。
寧ろ自分が積極的に明るい子達の輪に加わろうとしていたら驚くよ、やめておきなよと止めたくなる。
「保香のお友達かな?」
「友達……と言えるかどうかは分からないけど話せるよ」
「大丈夫ならサポートしてあげてくれないかな」
「どうせあんたよりしっかりしているでしょ」
「そういう風に見えるだけだよ、あの子、無理をしちゃうところがあるから誰かがいないと駄目なんだ」
抑え込んでいるだけだ。
いつまでも抑え続けることはできないから吐ける相手が必要なんだ、残念ながら私ではそういう対象になれないだろうから他に求めるしかない。
あの言葉だって多分五パーセントぐらいしか本当のところは含まれていなかった。
「
「うん、ちゃんと血の繋がった姉妹だよ」
「とにかくあんたはこんなところで過ごすのはやめて」
「えー、だけどここはお気に入りの場所で……」
「知らない、保香に迷惑をかけるようなことはやめてってことだよ」
別に保香といる子達は姉が変だろうが気にしないけどな。
だけど敢えて相手の嫌がることをする人間ではないからもう少しぐらいは明るい場所に移動しようかという考えも出てきていたのだった。
「で、これが変えた結果なの?」
「うん」
「はぁ、もう教室で読めばいいでしょ?」
無茶なことではないけど逆らうつもりはないんだということを分かってほしい。
仲良くなりたいわけではなく敵を作りたくないからという理由で動いたものの、相手からしたら理由なんてどうでもいいだろう。
全てとまではいかなくてもちゃんと言うことを聞くかどうか、そこが大事だろうからこれでいいと思う。
「あんたもしかしなくても友達がいないの?」
「お友達か、本を読んでいると誰かといられるような時間がないからね」
「はい嘘、友達がいないから仕方がなく本を読んでいるだけなんでしょ」
「本は裏切らないからね、それに気を使わなくてもいいから楽だよ」
幼稚園の頃からずっと屋内で一人で過ごしてきたから分からない、本があれば時間はいくらでもつぶせる。
一人ということと本ばかりを読んでいるということで悪く言ってきた子もいたけど相手にしなかったら勝手に飽きてやめていった。
「それより保香のところに行ったらどうかな? 多分、あなたのことをお友達と一緒に待っているよ」
「待っているわけがないでしょ」
「はは、あなたもこちら側なのかな?」
「あんたと一緒にしないで、流石に友達はいるよ」
彼女は壁に背を預けてから「本に頼らなくてもね」と重ねた。
まあいいか、私がここでやることは変わらない、読めるだけ読んで戻るだけだ。
お布団を買ってしまったから当分の間は新しい本を買うことはできないけど読了済みの本でも十分楽しめるからいい。
文字を目で追うことすらできなくなったらそのときが本当の私の最後と言える、間違いなくそのときは周りに誰かがいてくれたりはしないだろうなと予想している。
「あ、やっぱり上持さんだったっ」
「渡高……」
「それにお姉ちゃんもいたっ、こんな偶然もあるんだねっ」
うーん明るい、この子が妹ということにたまに違和感を覚えるぐらいだ。
どうして両親も妹だけを連れて逃げるという選択をしなかったのだろうか? もう聞くことはできないけどどうしても気になってしまう。
「んー、前の場所よりは明るくていいね」
「この子に言われて変えてみたんだ、だけどまだ不満があるみたい」
「そうだよ、教室で過ごせばいいんだよ」
「えぇ、保香もそっち側なの?」
「だってここだと寂しいでしょ? ……もう狭くて暗いところは嫌だよ」
狭くて暗い場所か、暗さはともかくあの後すぐに自宅に戻ったから狭くはなかったけどね。
二階に私達の部屋があって一階に行けば私達よりも早起きをしている両親の話し声が聞こえてくるような場所だった。
いつもは今日は何時になるからとかその程度のことだけどたまに帰ったら外食に行こうとか話し合っているときがあってそのときは勢いよく扉を開けたっけ。
そんな仲がいい家族ならありえる会話がずっと続いていた、だからこそ急だった。
喧嘩ばかりの毎日だったら出て行っても死んでも正直に言ってしまえばあまり影響というのも受けずに済んだのに……。
「そりゃそうだろうね、進んで暗い場所に行く人間なんてあんたの姉だけだよ」
「だから上持さんに手伝ってもらおうかな、お友達ができれば自然とあっちにいたくなると思うんだ」
「一人できたぐらいで変わるかねぇ、あんたは変わると思ってんの?」
「変わるよ、お姉ちゃんは格好よく動けるんだから」
格好よくできるとか笑えてしまう、あ、彼女のことを言っているということにしておけばいいか。
しかもこれでよかった点は妹が彼女のことを知っているということだった、いまは名字呼びでも一緒にいる内にすぐに変わる。
「じゃあこのままいたらあんたの姉の格好いいところが見られるんだね、それなら退屈な毎日じゃなくなるかもしれない」
「うん、一緒にいればすぐに分かるよ」
「じゃあ一緒にいることにする」
いやいや、こちらとではなく妹と過ごすことに集中した方がいい、頑張って頑張って頑張って疲れたときなんかになってからでも遅くはない。
二年生の冬ということで来年になったら終わってしまうけどそうだ、まずは一番いたい子と過ごせるように努力をしなくてどうするのかと言いたくなる。
「あ、そろそろ戻らないと、ほら行こ?」
「うん」
彼女を連れて行ってしまったから一人でのんびりと教室まで歩いた、教室に着いてからもそう変わらなかった。
授業に集中をして、休み時間になったら読書に集中をして、そんなことを繰り返している内にあっという間に放課後になった。
「ちょっと待ちな」
「一緒に帰る?」
「うん、荷物をまとめてくるから待ってて……って、違うでしょ」
「待っているからゆっくりでいいよ」
どうせ早く帰ったところで妹が帰ってこなければご飯を作ることもできないから仕方がない、早く作っておくこともできるけど温めるのももったいないからなるべく合わせるようにしていた。
帰る時間がどれぐらいになるのかを毎回連絡をさせているからこその遠さなのかもしれない、だけど出来たての温かいご飯を食べてもらいたいと考えるのは作る側なら当たり前なのではないだろうか。
「お姉ちゃん一緒に帰ろー」
「ちょっと待ってて、いま上持さんが荷物を取りに行っているから」
「はーい」
ど、どうした、これまでと変わらないのに妹がこうして近づいてくるなんておかしいぞ……。
いやまあたまにこうして一緒に帰るときもあったけど前と違ってこの短期間では回数が増えすぎだ。
「お待たせ、あれ、渡高もいたんだ」
「紛らわしいから私かお姉ちゃんのどっちかの名前で呼ぼうよ」
「じゃあ保香って呼ぶ、あんたから言い出したんだから文句を言うのはなしね」
「言わないよー、じゃあ上持さんはこのまま私達の家に来てね」
「うん……って、なんで……?」
ちゃんと理由も説明せずに歩いて行く妹に苦笑いを浮かべた。
こういうところは昔から変わらない、おじさんも知っていることだから同じような反応を見せてくれると思う。
「本当にあんたとは似ていないね……」
「でしょ?」
「でも、たまにだけ雰囲気が似ているときもあるんだよね」
「保香と? 悪い意味じゃないならいいことだと言えるね」
「はぁ、やっぱり似てないわ……」
似ていないらしい。
だけどそれは自分でも分かっていることだから特になにかを言いたくなったりはしなかった。
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