インタビューストリート
――イルミナスアリーナコロシアム コートヤード選手控室前――
「雨衣咲選手! 一言お願いします! アリーナコロシアム参加から既に一ヵ月、今日まで無敗のまま九連勝を達成されましたが、今のお気持ちはいかがですか⁉」
「専門家の間では、イルミナス出身の統一チャンピオン、
「雨衣咲選手のファンより、公式ファンクラブはいつ開設されるのかと声が上がっておりますが、何かお決まりでしょうか?」
「雨衣咲選手の試合は、一試合が平均四・五秒での決着と非常に短く、アリーナ協会サイドから指導が入るのではと噂されておりますが、それは事実ですか?」
「あ、あっと……えっとぉ……そのぉ……」
試合を終えて控室を出ると、辺りを一瞬でインタビュアーに囲まれてしまい、矢継ぎ早に質問を投げかけられる。最初は二、三人程度だったその数は、試合を重ねる毎にどんどん数が増してゆき、今では控室から奥の通路まで人の列で埋まってしまう程になってしまっていた。そうして私は
「全てノーコメントだ。インタビューならマネージャーを通しな」
人の波を掻き分けるようこの場にやって来たバレルさんの脇に抱えられ、強引にこの場を立ち去ろうとする。
「バ、バレルさッ――むぐぅ⁉」
ついバレルさんの名前を呼ぼうとすると、咄嗟に口を塞がれてしまった。そうだった。今バレルさんは変装している上、ダレン・バレットと偽名を名乗っているのだった。最近では、ようやくシャロの施した変装を見慣れはしたものの、つい毎回本名で呼んでしまいそうになるのだ。
「だ、誰だあんた⁉ 邪魔をしないでくれ‼」
「なんなんだ、この凶悪な顔の男は⁉」
「いや、見たことがあるぞ。確か、雨衣咲選手のチームメイトじゃなかったか?」
「……そうだよ。この凶悪な面の男はな、この雨衣咲雫関係者だ。分かったら、さっさと、道を開けろってんだよ」
バレルさんはサングラスを取ってインタビュアーたちを睨みつけると、僅かな隙も無い程に人で埋まっていた通路は、まるでモーゼが海を割ったように道が出来ていた。
「ご親切にどうも」
そう捨て台詞を残して去ろうとする私たちに、尚も質問を浴びせようとする人は、誰一人いなくなっていた。恐るべし、バレルさんの顔。
「ったく、人気者ってのも考え物だな」
「今日は一段と人が集まっていましたね……。もう、通路の先まで人がびっしりで……」
「まだまだ増えるだろうな。この調子なら、クラスマスターになった日には、部屋にも辿り着けやしないだろう」
「あはは……そのときは、またお願いします……」
「フッ、なんだよ、もうクラスマスターになったつもりなのか?」
「えっ、あ、いえ……! そんなことは……。でもその……もし、もしもですけど、クラスマスターに、パトリシアさんに勝った場合、私はどうなるんですか?」
「選択肢は二つだな。一つはその階級のクラスマスターになるか、今いる階級より一つ上の階級に進むかだ。ちなみにイルミナスではベラージオが最上級で、ベラージオではクラスマスターになる権利が与えられるだけになるが」
「へぇ~。やっぱり、クラスマスターになると、何か良いことがあるんですか?」
「そりゃあ勿論あるとも。毎試合毎のファイトマネーは、一般闘技者の数倍に跳ね上がるし、何より、ワンフロアを丸ごと使った部屋が自分だけの物になるんだからな」
「ワ、ワンフロアを丸ごと使った部屋がですか⁉」
「破格の待遇だろう? だからクラスマスターになったやつは、必死でその地位を守ろうとするって訳だ。それこそ、どんなに汚い手を使って、他の闘技者を蹴落とそうとするやつだって珍しくはない。あのパトリシアのようにな」
「えっ、パトリシアさんって、何か悪いことでもやっているんですか?」
「あー……、いや、俺たちには関係ないことだよ。まぁ、それでもだ、例えどんな手を使おうとも、クラスマスターになる為には実力が無くちゃいけないし、それを維持するのだって簡単なことじゃない。ちなみにパトリシアは、コートヤードのクラスマスターになってからというもの、一年以上もその地位を防衛しているらしい。手強いぞ。少なくとも、他の闘技者よりはな」
「そ、そうです、よね……。で、でも……フフ、フロアを丸ごと使った部屋が、私の物に……」
「雫、やっぱりもう勝った気になっているな?」
「い、いえ! そんな、ことは……ほんの、少しだけ……うヘヘ……」
「分かりやすいやつだ」
「そう言えば、前から少し気になっていたんですけど、イルミナスのアリーナでは階級が四つに分かれていますよね? やっぱり、階級が違うと、そこにいる選手の強さも違うものなんでしょうか?」
「そうだな。当然それぞれの階級の中でも強いやつ、弱いやつといる訳だが、通常イルミナスで下の階級の闘技者が通用するのは、精々一つ上の中間辺りくらいまでだろう。コートヤードだと、例えクラスマスターレベルでも、一つ上のマンダレイの中の上ってところかな」
「なるほど……。でもそれなら、殆どの人が上の階級に上がるよりもクラスマスターになりたがるものなんじゃないですか? だって、部屋一つを丸ごと貰えるんですよ?」
「そういう考えのやつもいるだろう。聞いたところによると、現マンダレイのクラスマスターは、わざわざ一つ上のシーザーパレスからドロップアウトして、今の地位に居座っているって話だしな」
「ですよね。他の階級のことは分からないですけど、このコートヤードの選手を見ていると、どの選手もそれほど力の差があるようには思えなくて。だけど、クラスマスターになったらそれだけの待遇を与えられるんですから、それなら階級を落としてもっと強い人が集まっていたっておかしくはないんじゃないかなって、そう考えたんですけど……。あっ、もしかして、階級が上がると何か良いことでもあるんですか?」
「階級が上がって得られる利点って言えば、ファイトマネーの額が上がるくらいか。後は、上層の限られた娯楽部屋を使えることや、自分の持ち部屋が幾分か豪勢になるってくらいじゃないのか。とは言え、それでもクラスマスターになって得られる特典とは比べ物にならないだろうが」
「う~ん……それでも、上の階級を目指す人がいるんですか?」
「いるのさ。そういう場合は総じて、強さを求めるやつなんだと思って良いだろう。俗に言う、金よりも名誉を欲するってやつだ」
「なるほど……。でも、分からなくはない、かも、しれません……」
「本当かよ? 俺には分からねぇな。まぁ上の階級に行けば、一般闘技者にも試合結果次第でマスターズへの参加資格が与えられもするからな」
「マスターズ、ですか?」
「世界中のアリーナコロシアムで最強の闘技者を決める大会のことさ。優勝者には、リベレーター最強、ゼニスの称号を持つやつに挑戦する権利と、国宝級のアクセルギアが
「……あの、もしかしてですけど、バレルさんとシャロなら、そのマスターズに出場すれば、チャンピオンにだってなれるんじゃないですか?」
「いや、そいつは無理だ。俺たちがこのイルミナスのアリーナ通用するのは、精々マンダレイが限界だろう。まぁシャロがその気になって本気を出したなら、もっと上を狙えるかもしれないが」
「えっ⁉ もしかしてシャロって、バレルさんよりも強いんですか⁉」
「ま、そういうことになる」
あっさりと、バレルさんはそう言う。今まで特に意識したことはないけれど、まさかシャロの方が強かったなんて。と言うか、この二人が挑戦してもチャンピオンになれない世界って、一体どうなっているのだろう。
「あっそれと、シャロはどこにいるんですか? 今日も姿が見えませんけど」
ここしばらく、試合を終えて控室を出ると、出迎えてくれるのはバレルさんだけで、シャロの姿は無いというのがお決まりになっていた。ただこうして暫く歩いていると、気付いたときには合流しているのだけれど。
「あぁ、今日もトイレじゃないのか。あいつはいつも唐突に尿意を催すんだ。ま、心配しなくてもすぐに戻って来るって」
「人の排尿事情を勝手に喋るなんて、随分とお行儀が良いのですね?」
「うひぇッ⁉ シャ、シャロ⁉」
気が付くと、気配も無く隣に現れて、何事も無かったかのようの会話に参加している。これが最近のお決まりのパターンとなっていた。いつも全く気付かないまま隣に現れるので、今日は気付けるよう周囲を警戒していたつもりだったのに……。
「ただ今戻りました。雫、お疲れさまです。今日の試合も見事でしたね」
「あ、う、うん! 今日で九連勝だよ!」
「えぇ、ちゃんと見ていましたよ。これでクラスマスターに王手ですね。それに、雫は試合の度明確に強くなっているのが分かりますわ」
「本当? えへへ、ありがとう。今日はレイジスの消費を抑えるように気を付けていたから、明日にだって試合ができそうな勢いだよ!」
「残念だが、明日の予定は休みにしておこう」
「えっ? えぇ……で、でも……」
「分かってるって、力を持て余してるんだろう? なら丁度良い。まだ夜も始まったばかりだし、今日中にもう一試合やってもらおうじゃないか」
「試合って、今日……今、これからですか⁉」
「安心しろよ、試合と言ってもアリーナに出場する訳じゃない。俺の用意した相手とちょっと模擬戦でもやろうってことさ。それとも、やっぱり今日は止めておくか?」
「あぁ、いえ。やろうと思えば、全然やれますけど……。でも、一体私は誰と戦えば良いんですか?」
「心配するなよ。そいつは俺たちとは顔なじみで、しかも雫も知っているやつだからな。気楽にやれば良い」
「えっ、私の知っている人、ですか?」
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