若気の至り

 ――イルミナス セントラルタワー コート―ヤードスタジアム――


 眩い地上からの光に照らし出されるフィールド。観客席から発せられる大歓声。とまぁ、ここまではいつも通りの見慣れた光景だ。ただいつもと違うのは、会場の雰囲気そのものと言えば良いのだろうか。勝負開始前から、アナウンサーが解説口上を述べるのは対戦相手チームのことばかり。まさに俺たちのことなんて、最初から眼中に無いという様子だった。


 となると観客も同様だ。確かほんの少し前までは、俺たちだって、そこそこの数のファンに支持されていた筈だったのだが。いつからか、もう誰もこっちには見向きもしないって有り様だ。圧倒的なアウェイ。最早この場所に、俺たちの居場所なんて残されてはいない。まったく、いつからこうなっちまったんだかな――。


 ある日、俺たちの雇い主であるパトリシアお嬢様から、とあるチームを徹底的にマークして、潰すようにとの命令が下された。で、そのチームってのが、Nobody’sノーバディーズ? なんだそりゃ。そんなふざけたチーム名は聞いたことがないし、メンバーだって、どいつもこいつも見たこともないような無名の新参ばかりじゃないか。どうしてこんな新設のチームを気に掛けなくちゃいけないのか。なんて、当初は疑問に思ったもんだ。だがその疑問が、ある種の確信に変わるのに、そう大して時間は掛からなかった。


 連中が現れたのは、約一か月前のこと。連中がステージに上がるのは、三日から四日に一度程度と、ここではかなりハイペースでの出場だ。そして今日の試合で、通算八度目の登壇とうだんとなる訳だが、こいつら、それら全ての試合で全勝していやがる。


 いや、こいつらとは言ったが、実際に試合に出て戦っているのは、先鋒の一人だけ。しかもその一人ってのが、俺よりも一回り程は歳の離れている若いお姉ちゃんで、今日までたった一度の敗北も無く、全試合をストレート勝ちで決めちまっている。しかも試合開始から数秒で決着が付いているって有り様さ。


 そして今日もきっとそうなってしまうのだろうと、現在連中の相手をしているチームリーダーたる俺は、内心そう考えていた。何故なら、うちの先鋒も次鋒も、たった数秒で、それもプロテクトブレイクで負けちまったのだから。本来こんな風にあっさりと試合を終わらせちまおうものなら、高い金を払って試合を見に来ている観客たちからブーイングで見送られて、二度とステージには上がれないようになるもんなんだ。しかし、このお嬢ちゃんはそうじゃない。顔を出すだけで会場は毎回大盛り上がりだ。


 これは、なんて言えば良いのかな。華がある、とでも言えば良いのか。言い訳じみたことを言わせてもらうなら、根本からして、俺たちとは別の何かを持っているような気がする。


 最初の頃、俺たちの雇い主であるパトリシアお嬢様にも似たようなものを感じはした。が、実際にこうして目の前で相対してみると……まぁ、正直に言うならば、うちのお嬢様よりも、目の前のお姉ちゃん、雫雨衣咲しずくういさきの方がずっと輝いているように見えちまうんだよな。当然そんなことは、あの癇癪かんしゃく持ちのお嬢様には口が裂けても言えないが。だけどさ、そう思っちまったもんはしょうがないってもんだろ?


 おっと、いつまでもぼさっとはしちゃいられない。俺はチームの大将で、負けると分かっている試合だろうと、必ずリングに上がらなくちゃいけないんだから。それが、ずっと続けて来た俺の仕事なんだから。


 ………………。


 本当に、いつからこうなっちまったんだか。いや、俺たちはそもそもどうしてアリーナコロシアムなんかに出ようと思ったんだっけか。あぁそうだ、思い出したぞ。いつかテレビか何かで見たアリーナの試合。そいつがガキの頃の俺には、やけにキラキラと輝いて見えたんだよ。それから何年かして、ジニアンになって、昔なじみの仲間たちと手を組んだんだった。当時はこの場所で活躍して、クラスマスターになって、マスターズに参加しようとか、そんな夢物語みたいなことを考えていたんだったかな。


 まぁ、要するに若気の至りってやつだ。良いじゃないか。当時は実際に若かったし、どんなに荒唐無稽な夢物語を語ったって、笑って許してもらえるような時期だったんだから。誰にだって、そんな時期はあるってもんだろう?


 だけど、現実は厳しかったね。必死な努力の果てに得られた俺たちの実力なんてたかが知れていて、こんな場末のコートヤード級で、勝ったり負けたり、負けたり、負けたりするのが関の山だったよ。なんだよ、よくよく考えてみれば、負けた記憶ばかり残っているじゃないか。


 だが今となっちゃ、そんなことはどうだって良い。むしろラッキーだったね。こうしてパトリシアお嬢様に声を掛けてもらったお蔭で、ここ数年間は安定した生活を送れていた訳だし。ただ、そうだな。強いて後悔していることを挙げるとするなら、こんな冴えない俺たちのファンだって言ってくれる観客たちを騙すようにしてリングに上がり続けたのは、少し心残りかな。


 ………………。


 さぁ、考え事はこの辺にしておこう。そしていずれチャンピオンになるようなやつの実力ってものを、少しでも堪能させてもらおうじゃないか。仕事を引退して、爺さんにでもなった頃、今のチームの連中と酒でも飲みながら、『あのとき戦ったお姉ちゃんは本当に強かったよな』なんて、いつかそんな風に話のネタにでもできれば上出来だ。


 目の前で審判がいつもの聞き慣れた口上を述べ、そいつを適当に聞き流しながら相槌を打つ。そして勝負が始まった瞬間――。


 “雨衣咲二刀流ういさきにとうりゅう にわか”。


 全身を走る衝撃。浮遊する体。少し遅れて体の中心を交差するように走る鋭い二筋の感触。そんな自分が斬られたという確固たる証拠をこの身で体感しつつも、俺はその瞬間を、目で見ることさえ叶わなかった。斬撃の衝撃を肩代わりするように、レイズプロテクターのエンブレムがブルブルと震えていると、少ししてからパン、パンパン、と、連続して子気味良くそれが爆ぜる音が耳に届く。


 あぁ、やっぱりやられちまった。なるほど、敵わねぇ筈だよ。こいつは間違いようもない本物なんだもの。やっちまったかなぁ。お嬢様の命令を遂行するどころか、こんなにもあっさりやられちまったんだ。散々罵声を浴びせられた上、減給されるくらいのペナルティは覚悟しておいた方が良いかもしれない。だが悪い気分じゃない。きっとこのお姉ちゃんなら、あのお嬢様にだって――。



 ***



『ダウン‼ ダウン‼ ダウーンッ‼ アンド、プロテクトブレイク‼ 三十九勝十三敗の強豪チーム、シザースネークス‼ 四度目のクラスマスターへの挑戦権獲得ならず‼ 強いぞ、チームノーバディーズ‼ 強すぎるぞ、雫雨衣咲ぃ‼ ここまでの全試合を十秒以内で、しかもその全てをプロテクトブレイクで決着させるという大快挙‼ そして本日の勝利で九勝〇敗‼ とうとう一度の敗北も無く、クラスマスターへの挑戦権に王手を掛けたぁ‼』


 試合開始から大きくなるばかりの歓声は、今まさに絶頂を迎えていた。それに対して、雫の表情は控えめながらも確かな自信が伺え、今では剣を持ったまま手を振って観客たちの声援に応えられる程に成長していた。


「なんだか、雫が遠くへ行ってしまったような気分ですわ。そう、それはまるで、今日まで大事に育ててきた娘を、他の男に取られてしまった父親のような」

「お前はいつから雫の父親になったんだよ」

「或いは、インディーズ時代から追いかけていたアイドルが、どこの誰とも知れない相手と結婚して引退してしまったかのような」

「お前が結婚に対して、そんなに否定的な考えをしているとは知らなかったよ」

「えぇ、結婚など人生の墓場ですわ。そんなもの、生涯しないに越したことはないでしょうね」

「そんなもんかね。それで、体の方は大丈夫なのか?」

「あの程度のチンピラたち・・・・・・の相手など、何の問題になりませんわ。そのことを、雫には話していないでしょうね?」

「そんな無粋なことはしちゃいないさ。折角ああして楽しんでいるんだ、最後まで気分よくやらせてやろうじゃないか」

「……ちなみにバレル、貴方は、これで良かったのですか?」

「何がだ?」

「あの女と決着を付けるのを雫に譲っても良かったのかと、そう聞いているのです」

「どうでも良いさ、そんなこと。あいつのことなんて、ここへ来るまで顔すら忘れていたくらいだよ」

「それは、随分な偶然もあったものですね」

「あぁ、困った偶然ってやつだ。あまりにも偶然すぎて、もうあと何人か、それこそ会いたくもないような知り合いにさえ出くわすんじゃないかって、気が気じゃないね」

「……嘘つき」

「そう言うお前はどうなんだよ。お前の方こそ、思い残すことはないのか?」

「別に。私はもう、あの女のことは雫に任せると決めましたから」

「なら俺もそれに異論は無いさ。だがそうなると、少し気がかりなことが残るな」

「えぇ、そうですわね。この不安要素、どうするつもりなのですか?」

「なぁに、ちゃんと手は打ってあるさ」

「そうですか。では、私はいつも通りに」

「あぁ、頼んだぜ」

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