第6話 枯れた花見も乙なもの



「いい天気だね~」

「曇天ですが?」

「結構遠かったね~」

「運転したの私ですが?」

「綺麗な桜だね~」

「一つ残らず葉桜ですが?」

 桜が名所である公園。テレビなどでも宣伝されているように桜が咲いていればさぞかし綺麗な公園なのだろうが、現在すっかりオフシーズン。駐車場が満杯で違法駐車が問題に~、なんて当時は騒がれていたものだったが、駐車場、ガラ空きである。それでもチラホラ遠方から来ているらしいナンバープレートを見るに、桜に頼らない公園自体の魅力もあるのだろう。花見のシーズンを間違えた、とかでなければ。

 今年は例年より早く桜が咲いたらしく、その関係で早く散ったという諸事情があるので、例年通りだと思って花見の予定を先に決めていた場合は桜が散った花見をすることになる。こればっかりは自然の現象なので誰にも予想できまい。集まりを中止するか、開き直って別のことをするかのどちらかだろう。

 まぁ、彼女たちはしっかり、枯れた時期を見極めて花見にきたわけだが。何故か?

「人混み嫌いって言ってたので」

 そう。確かに花見に誘われた時、人がごった返している映像ばかり観ていたので、人混み嫌いだから行かない、と彼女は断りはした。断りはしたが、

「人混み嫌いとは言いましたが、枯れた花見がしたいとは言ってませんが?」

 当然だが、人混みが嫌いと枯れた花見は全くの別問題だと彼女は思ったのだが、彼はキョトンとして、

「あれ? 『桜は満開だけど人でごった返している花見』と『桜は散っているけど人が空いている花見』なら後者がいいって言ってなかった?」

「………………」

 言ってたな。身に覚えがある。覚えはあるが……、半分くらい冗談で言ったつもりだったのだが。極端な二択だけ用意されたならそれを選ぶってだけの話で、別に他の選択肢があるならそれでいいのだが。

「ってわけで、遠路はるばるこの公園に花見にやってきた次第」

「助手席に乗ってただけでしょう」

「え? 僕の運転する車に乗りたい?」

「乗りたくない」

「でしょ?」

 勝ち誇った顔をされるのは彼女としては心外ではあるがここはハッキリと肯定しておいた方がいい。これの運転する車に乗るくらいであれば、スピードが一定以上下がると爆破される車に自分で乗った方がまだ安全だと思う。なので、こちらが運転すること自体に異議は無いのだが、

「自分の運転技術を脅しに使って恥ずかしくないですか?」

「身の程を知るのは大事なことなのだ」

 開き直りやがった。本当に誰だ、こいつに免許発行した奴。責任持って助手席にブレーキが付いていない通常の車に一緒に乗ってほしいものだ。きっとすぐに自分の過ちに気付くことだろう。

「まぁ、運転が下手な自覚があるのはいいことかもしれないですね」

 大体運転が上手いと思っている人が事故を起こしたりするものだ。下手だと思っていれば乗る頻度も控えるし、注意もする。まぁ、彼が車を運転することはもう無いだろうが。車が必要な時は彼女が運転するだろうし。大方彼も身分証欲しさに取ったのだろうし、その目的はもう果たしているのだから無理に運転することも、

「ちょっとずつでも上手くなって、そのうち好きな所に連れて行ってあげるからね」

「………………」

 訂正。免許を取った理由、ちゃんとあったみたいである。まぁ、なら運転の練習をすること自体は止めないし応援する彼女だが、

「その時には一回一緒に教習所行きましょうね。公道に急に一緒に乗せられると私の身が持たないので。後、教習所の教官は信用できないので私の目で見て公道出ても平気か判断します」

 別に一緒に行けるなら車に拘らず電車でも、何なら徒歩でもいいけどな、ってコッソリ思いながら彼女は車を降りると、

「ああ、でも公園を散歩するにはいい天気かもしれないですね。日差しも強くなくて」

 緑も多くて池もある。自然豊かで空気が澄んでいる公園だ。のんびり散歩でもしたら気持ち良さそうだな、と彼女が思っていると、

「あれ? 花見から目的が散歩にシフトした?」

「ああ、めげずに花見するつもりですか? まぁそれでもいいですが」

「うん、ほらブルーシート」

「ブルーシート……」

 普通、レジャーシート的なの用意しないだろうか? ブルーシートに並んで座ると会社の花見感強い気がするのだが。まぁ、要領は一緒だろうから元々家にブルーシートがあったのであれば、わざわざレジャーシートを買えとも言わないが。

「昨日ネットで買ったんだ」

 ならレジャーシートを買え、と思ったが、買ってもらった身なので大人しくしておく。手伝ってブルーシートを敷き、その上にお互い腰を下ろす。花見(笑)とのことだったので、一応何か飲み物でもと思い、コーヒーを水筒に入れて持ってきた。本来アイスコーヒー派の彼女だが、屋外ということもあり冷えるかな、と思ったので今回は暖かい物を入れてきた。曇っていることもあって若干肌寒いので、英断だったと言えよう。ちなみに持ってきたのは水筒だけ。お弁当の類は持って来ていない。

 花見のオフシーズンなので出店などもやっていないだろうから、お昼どうするの? と彼に聞いたところ、彼の方が用意する、とのことだったが、特にお昼ご飯らしき持ち物を持っている様子は無い。そんなに公園に長居しないでどこかへ食べに行く予定なのだろうか? この男のことだから、単純に持ってくるのを忘れた、なんて可能性もありそうである。

 若干の疑いの目を持って、彼女が横に座った彼を見ていると、彼は着いてそうそうスマホを弄っている。何だ? ソシャゲのログインボーナスでもあるのか? 人によっては横で彼氏がスマホを弄り出したら怒る女性も居るかもしれないが、彼女はその辺り寛大である。ログインボーナスへの理解は人並み以上にある。ログインボーナス、マジ大事。

 ログインボーナスを貰い終わったのか、は定かではないが、とりあえずスマホを弄る用事は終わったらしい。彼はスマホをしまうとゴロンとブルーシートの上に寝っ転がる。

「気持ちいいねー」

「そうですねー」

 彼女も真似して、水筒を抜いて柔らかくなったリュックを枕にして寝っ転がる。近くに大きな池があることもあってか、心地良い風が吹いてくる。日光が出ていない関係で少し肌寒く感じるくらいだ。

「こう気持ち……、いい……、と。眠く……」

「…………ん?」

「………………」

「…………え? 嘘? 寝た?」

「すー……すー……」

「………………」

 寝やがったこの男。信じられん。お日様が当たって気持ちいいとか、運転して疲れてるとか、そういう事情があるなら寝るのも分かるが、そのどっちにも当てはまらないこの条件下で寝やがった。

 まさかお昼ご飯、夢の中で一緒に食べようね、ってことじゃないだろうな?

 せっかく遠くの公園まで来たので、ブラブラ公園内でも散歩してこようかと思っていたのだが、流石に寝ている人間を一人放置しておくのも危険だろう。っていうか、風邪引かないか? これ。日当たりのいい状態ならともかく、ただいま絶賛曇天中。起きていても肌寒いのだから寝たら風邪を引きそうなものである。

 彼女は自分が着ていた薄手の上着を彼に掛けてやる。直後、薄手とはいえ上着を失った関係で体感温度が下がり、風が吹くと肌寒いからしっかり寒いと感じるくらいに寒さのレベルがアップしたので、貸した上着を取り上げてやろうかとも思ったが、寝ている人間相手に流石に大人げないなと思い、持ってきた熱いコーヒーを飲むことで我慢することに。

 熱いコーヒーを飲んで一旦体を温めてふぅ、と息を吐いた後、リュックから本を取り出し彼女は読書を始めることにした。花見、と考えると花が散っているので微妙感あるが、ピクニック、と考えるとそんなに悪くもないかもしれない。こうして外でコーヒーを飲みながら本を読むというのも普段中々味わえない、贅沢な時間と言えよう。



「ふぁ~あ……」

 本を一冊しっかり読み終わったわけだが、横の男は依然目を覚まさない。小さな寝息を立てずっとぐーすか眠っている。人によっては横で彼氏が居眠りし始めたら怒る女性も居るかもしれないが、彼女はその辺り寛大である。むしろ、話し掛けられることもなく読書に集中できて良かったとさえ言えよう。

 しかし、肝心の本が読み終わってしまうと話が別だ。話し相手も居ないし手持ち無沙汰になってしまう。音ゲーに興じようかとも思ったが、横で寝ている人を見ているせいで彼女にも眠気が移ったか、単純に手持ち無沙汰になってヒマになったせいか彼女も眠くなってきた。

 そんなに過敏になることもないのかもしれないが、防犯の都合上、どっちかは起きていた方がいいよなぁ~、と彼女は思っているのだが、段々、このまま眠ったら気持ちいいよなぁ~、という誘惑が彼女を襲ってきた。例えるなら眠ってはいけない授業中に襲ってくる眠気に似ている。寝てはいけないと思うほど眠くなってくるあれだ。え? 授業中に寝たりなんてしないって? 嘘吐け!

 寝るかどうかは別にして寝っ転がるだけ寝っ転がってみようかな、と本をリュックにしまい、それを枕にして寝っ転がろうとしたところ。

 ポツン……、と。鼻の頭に何かあたった。ん? と思って見上げてみると、どうやら雨が降ってきたようである。にわか雨かとも思ったが止む気配もなく、少しずつ強くなってきているような気もする。

 屋根のある所に避難した方がいいな、と思った彼女は横で未だにぐーすか眠っている彼を起こそうと肩を優しめに揺すってみる。

「すー……すー……」

 起きない。効果は今一つのようだ。次は揺するのではなく肩を強めに叩いてみる。

「すー……すー……」

 起きない。効果は今一つのようだ。次は寝転がって伸ばしている足を蹴ってみる。

「すー……すー……」

 起きない。効果は今一つのようだ。全然起きない彼に苛立ってきた彼女は熱々のコーヒーを顔面にでもぶっかけてやろうかとも思ったのだが、寝ている人間相手に流石に大人げないなと思い、もう少し平和的(?)に寝ている彼の鼻をつまんでみることにする。寝ている最中に鼻をつままれ呼吸がしづらくなったら流石に目を覚ますだろう、という算段だったのだが、

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

 寝息が止まっただけで全然起きる気配が無い。というかこれ呼吸出来ているのだろうか? 口呼吸はできるつもりだったのだが息も止まっているか? これ。下手すると効果が絶大過ぎて逆に起きなくなった可能性さえ無いか? これ。

 あれ? うそ? 死んだ? 不安になってパッと鼻をつまんでいた手を離してみると、

「…………げほぉっ!? げほっ! げほっ!」

「あ、生きてた」

「なななな何っ!? 何が起きたの一体っ!?」

「雨ですよ、雨」

「ホントッ!? 今なんか殺されかけた気したんだけどっ!?」

「気のせいですよ、気のせい」

 鼻をつまんでいない方の手に持ったスマホでそっと調べていた遺体の処理の仕方、という検索履歴を消す彼女。ちなみにだが調べた感じ、遺体を包めるブルーシートもあるし、埋める場所も多いし、何より目撃者も少ないし、今日は条件として中々良かったらしい。いいことを知った。いざという時はここに連れて来て処分することにしよう。

「……何か怖いこと考えてない?」

「気のせいですよ、気のせい」

 変なところで勘のいい男である。二人はブルーシートをせっせと畳むと荷物を片付け、一旦車へと避難する。直後くらいに雨が強さを増し、外は土砂降りとなった。

「あっぶねー」

「ちょっと様子見ます?」

「そうだね……」

 様子を見る、とは言ったものの、しばらく止みそうには無い。こりゃ帰るしかないかな、と彼女が車のエンジンを入れようとしたところ、車の横を誰かが雨の中駆け抜けて行った。そして何かを持って誰かを探すかのようにキョロキョロしている。

 この雨の中傘もささずに誰を探しているんだ? と彼女が不思議そうに見ていたら、助手席に座っている彼が叫んだ。

「あーっ! 頼んでたピザだっ!!」

 どうやら探している人間はここに居たらしい。

「ピザ?」

 言われてみれば、爆睡を始める前に何かスマホを弄っていたような気がする。お昼は用意するってなるほど。あの時ピザを注文していたのか。というか、公園にも出前に来てくれるんだな。彼女としては意外な新発見だった。

 慌てて助手席を飛び降りてピザを受け取りに行く彼。屋根のある所にでも移動すればいいと思うのだが、律義に屋根の無い先ほどまでブルーシートを敷いていたところ(注文したところ)でピザの受け渡しを行う両者。

 が、何かもたついている。注文でも間違ったのか、届いたピザでも違ったのか、何かしらのトラブルが発生したようである。何だろう? と気になって彼女が前傾姿勢になって雨で視界が悪いフロントガラスの向こうを見つめていると、どうにも彼の方がチラチラとこちらの方に視線をよこしているような気がする。

 何だ? 何か合図でもよこしている? しかし暗いのとフロントガラスが雨で濡れているので、どういうハンドシグナルを送っているのかは全く分からない。とりあえずワイパーでも動かして視界を良くしてみるか、とワイパーを操作しようと思った際に、ふと助手席が視界に入り、彼がこちらをチラチラ見ていた意味を知った。

 そこにはドーンと彼のバッグが置いたままになっていた。言われてみれば、彼の背中にバッグが無い。雨の中待たせちゃいけないと焦って飛び降りたばかりに身に着けるのを忘れたのだろう。

 アイツ、財布持たずに降りていきやがったな……。お財布が無いのでお会計が終わらないらしい。事情を話して一回車に戻るなり、車の方に一緒に来てもらうなりすればいいだろうにパニくってロクに事情も説明できていないご様子。おかげで配達員の人の方もただ戸惑っていそうだ。

 全くもう……、と呆れながら彼女は自分のリュックを持って車を出る。いやいや僕が出すよ、とか多分言い出すだろうが、彼のバッグに財布が入っているのかも怪しいし、財布が入ってたとしてその中にお金が入っているのかも怪しい。今この場で彼のバッグの中を確認するのも人の荷物を漁っているようで嫌だし、持って行って中身がなくて再び揉めるのはもっと面倒である。確実にお金が入っている自分のリュックを持って行った方が安心である。

 運転席を降りた瞬間、頭に大量の雨が降りかかる。その瞬間、あ、車の中に戻ろうかな、と8割くらい本気で考えたが、2割の配達員の人を雨の中待たせてはいけない、という善意が車に戻ろうとする彼女の足を踏み止まらせた(え? 彼のことはって? ああ。あれはどんだけ濡れようが知ったことではない。むしろじゃんじゃん濡れたまえ)。意を決して車を飛び降り、彼らの元へと走っていく。

 運転席を降りて彼らと合流すると、案の定の会話が彼から繰り広げられたが無視。気になるなら後で返してくれと話を切り上げてとっとと会計を済ますことにする。自分と彼だけならいざ知らず、こちらの揉め事に配達員の人をこんな雨の中に巻き込むのは申し訳なさすぎる。

 ようやくピザの受け渡しが終わり、配達員の人がダッシュで去っていく。彼女たちも見習って車の方へとダッシュで戻る。運転席に乗り、目の前にあるバックミラーに映る自分の姿を見てみると、こんな土砂降りの中、傘もささずに出て行ったのだから当たり前だが、髪がびしょ濡れになり髪の毛先から水がポタポタ垂れている。服を確認してみるが一緒にずぶ濡れ。何なら下着まで雨が染み込んできていそうである。

 タオル持ってくれば良かったなぁ……、びしょ濡れの状態で座ったものだから、運転席もびしょ濡れになっている。返す時なんか言われそうだな、まぁ言われても仕方ないか、と、もう既に濡れているからと開き直り、髪の毛を車の中で絞りながらふと彼の方を見てみると、彼の方も似たようなびしょ濡れの状態。膝の上にピザの箱を乗せて放心状態となっている。

 彼女の視線に気付いたのか、放心状態から戻り彼が彼女の方を見てくる。お互いのびしょ濡れの状態。そんな様子を見て、

「「ぷっ、あはははっ」」

 どちらからともなく声に出して笑ってしまった。

 まったく、今日は何しに来たんだったか。考えれば考えるほど可笑しくなってきた。


 花見とは名ばかりで、土砂降りの雨の中、車の中でピザを食べる二人。

 まぁ、たまにはこんな花見も乙なものだろう。

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