第54話 頬を伝う涙

 俺たちのトラックは将軍の馬車のあとについて走り、途中休憩をはさみながら進むとメゼズに到着するまで八時間かかった。

 俺たちだけならもっと早く到着できたが将軍の馬車に速度を合わせての移動だったため遅くなってしまったが、移動中の俺たちはシャワーを浴びたり美味しい食事を取ったり好きなことをしていたので別に苦ではなかった。


 二機の重神兵をなんとかトラックに押し込め、入らなかったもう一機の重神兵はカートに乗せて運んだ。


 キャサリンは自分を充電すると言って充電アダプターを持って荷室にこもっていた。二本の細長いゆるやかなカーブをえがいたピンのある充電プラグは鼻の穴に刺して充電するらしく誰にも見られたくないそうだ。


 俺自身はメゼズに用はなかったのだが、マーツェが王から褒美を貰わなければ帰れないというので将軍のあとに続いたのだ。


 王都メゼズに入ると街中が賑やかだった。早馬が城へ勝利の報告をして街にも話が広まったのだろう。


 歩行者天国状態の大通りに将軍の馬車の列が入ると街を警備していたと思われる兵士が集まってきて路上の人々に声をかけて道を開けだした。


 道を埋めていた人々が割れ、そこを将軍の馬車が通りその後ろを俺たちのトラックとカートに乗った重神兵が続く。


 将軍の馬車は箱型なので中は見えないが馬車には旗がはためいている。将軍旗のようだ。それで将軍だと気がついたらしく、民衆が馬車を囲み歓声を上げ手を振る。将軍に喜びを伝えたいのだろう。


 先に見える第二門は解放状態のようで門が開きっぱなしで通行証を確認する兵もいない。誰もが素通りしている。


 路上には酒を飲んで奇声を上げて踊る人、泣いている人に抱き合う人、共通するのはみんな笑顔だということ。そこは多くの喜びに溢れていた。


 俺はコックピットで姉妹と一緒にモニターに映る人々を見ている。その喜ぶ人々を見ているだけで俺まで自然と微笑んでしまう。


 姉妹は瞬きの回数が多くなり泣きそうにも見える複雑な微笑みを浮かべている。二人とも何も言わないが俺と思いは同じはず。平和を守れて良かったと。



 王城に着くと俺とカリョは以前招かれたときと同じ大きな部屋に通された。


 マーツェは連れて行けと煩かったが、将軍との対面のときのこともあり、面倒なことは避けたいのでキャサリンと共にトラックに残ってもらった。もちろんたんまり褒美を貰うことを約束させられている。


 俺が将軍に続いて部屋の中に入ると王が補佐官や文官をおいて駆け足で近寄ってきた。

「カイヤ様! カイヤ様!! 本当にありがとうございました!」


 のしかかりそうな勢いでやってきた王は俺の両手を強く握るがその笑顔には涙が光っている。大量の兵が逃げたと聞いたときは生きた心地がしなかったのだろう。


「褒美をもらいに来たんだけど……」


 王の勢いにたじろいで少し体が引いてしまったが、マーツェとの約束は忘れないうちに言っておかないと。


「もちろんです! 用意させますのでお待ちください!」


 王は俺の手を握りながら首を回し、後ろに立つ首席補佐官のザンザッカーに小さな声で何やら指示を出すとすぐにこちらに向き直って話を続けた。


「敵のゴーレム五百を僅か三体のゴーレムで倒したと聞きましたが本当ですか? そして神をもお呼びになったとか」


 王の目は輝き、聞く気満々だ。


「その報告は将軍がした方がいいんじゃないですか?」


 俺はそう言いながら将軍を見た。報告は将軍の仕事だろう。


「そうです。私から報告します」


 将軍は任せてくれとばかりに目で俺に知らせ、そして将軍は王に向かい話し始めたので俺は王から解放された。


 俺は黙って話を聞くが将軍の話は大げさ聞こえる。いや、大げさに聞こえるが大げさではなく事実だ。敵のゴーレム五百を三体の重神兵で土塊つちくれに変えたし、神が天罰を下したところは将軍の視点では嘘ではない。将軍の視点だと圧倒的な勝利だったけどキャサリンが神のふりをし、それが上手くいったのが大きかった。


 何気に周りを見ると第一王子がいないことに気がついた。第一王子はどのツラ下げてってのがあって出てこれないのかもしれないが、そんな王子でこの国は大丈夫なのだろうか?


 そんなことを考えていると将軍の話の区切りで大神官イラの口が開いた。


「王様、話は将軍からでよろしいですな。カイヤ様はお借りしますよ」

「ああ、あの件か。わかった」


 王の了解を取るとイラは補佐官ミコトに目配せし、俺を部屋の外に連れ出した。当然のように通訳としてカリョも続く。


 どこに行くんだろう? と思いながらついていくと部屋を出て数メートル歩いたところでイラが立ち止まり振り返った。


「ところでカイヤ様、エルゴス様とキャサリン様という神の名を聞いたのですが……」


 イラの声からは緊張が感じられ、先頭を歩くミコトも立ち止まって振り返ると硬い表情を見せた。初めて聞いた神の名前だからだろう。自分たちが崇めている神の名が違えば自分たちにも神罰が下される可能性があるとでも考えているのかもしれない。


「あ、それはね、本当は神は名前を持っていないんだけど人に分かりやすくするために適当に付けた名前なんだって。だから信仰するために適当な名前を付けていていいんじゃないかな」

「そ、そうでしたか。いやしかし今後はキャサリン様という名前で崇めることになりますな」


 ホッとしたらしく笑顔を見せるイラ。


 んー、いいのかな? セクサメイドを発注したヤツがつけた名前だけど…… 今更本当のことは言えないし、いいよね。


 俺とカリョはイラとミコトに続いて薄暗い城の中を歩き、鉄で補強された重そうな木のドアをミコトが開けると外からまばゆいばかりの光が城内へと差し込んだ。


 腕で光を遮りながら城の外の広いバルコニーらしき場所に出る。暗さに慣れた目に外の光が眩しい。


 城の形に沿って弧をえがくバルコニーからは青い空の下、王都の街並にお祭り騒ぎの大通りが見える。本当にこの平和が守られて良かった。


 バルコニーには大きな傘のついた丸いテーブルが六つあり、それぞれには囲むように四脚の椅子がある。


 いちばん近いテーブルの椅子にイラが座るよう手の平で指し示し、ミコトを除く三人が座った。椅子とテーブルは小柄なイラには大きく、テーブルで体が隠れて肩から上しか見えない。ミコトは出てきたドアを背にして立っている。


「このたびのご活躍本当にありがとうございました」


 イラがシワくちゃの笑顔を見せる。


「活躍か…… 仲間のおかげでもあるけどね……」


 カリョは通訳しながらも俺と目が合うと小さく笑った。


「で、何か話でも?」

「ええ、大切なお話があります。神からお聞きかと思いますがカイヤ様の子を頂く話です」

「子を?」

「ええ、神から聞いておりませんか?」

「そういえば子を作りなさいと言われてたな」

「そうですそうです。神託は”人の世の繁栄のために神の国の兵士を授ける。命を与えてもらえよ”と」


 イラがそう言うとミコトが背にしていたドアを開けた。

 ドアからはいつの間に待機していたのか若く美しい女たちが出てきた。皆美しいドレスを着て笑顔で俺に視線をよこす。


 十人の美女が出そろうとイラは左手を女たちに向け、


「この者たちに子を授けていただきたい」


 それを聞いたカリョは固く目をつぶったと思えばうつむいてしまった。


 イラの言葉で俺は並んだ女たちを見るが、可愛い系から綺麗系まで皆タイプの違う美女がそろっている。ぱっちり目から切れ長の目まで、そしてやや細めからややぽっちゃりまでいる。作り笑いっぽい顔は見られないので女たちも納得の上でそこに並んでいるのだろう。


 美女を並べ、得意顔で俺の反応をうかがうイラ。子は三人だけでいいって話は神託として伝わっていなかったのか?


 しかしいくら美女を並べられても俺の考えは決まっている。


 俺はうつむくカリョの肩にそっと手を乗せた。


「カリョ、通訳して」


 カリョは俺の言葉に反応し少しだけ顔を上げた。


 俺は美女と並び立つミコトを見て、次に椅子に座るイラを見た。二人は俺の言葉を待っている。カリョも含め、俺の正直な気持ちを聞いてもらいたい。


「この国で子を作るのは構わないが自分の子供は自分のそばで愛を注いで育てたい」


 カリョはうつむいたまま覇気のない声で通訳する。


「それには俺の妻となる、子の母となる女性ひとと一緒に愛にあふれる家庭を作る必要がある」


 イラは黙ってうなずく。


「まだ求婚どころか好きだとも言っていない意中の女性が俺の隣に座っている」


 その言葉でカリョは顔を上げて俺を見た。その目が瞬く間に潤んでいき、遅れて震えた声で通訳する。


 俺はカリョを見つめ、


「俺はカリョが好き。愛してる。カリョに振られたらここに戻って来るかも」


 カリョの目から溢れ出た涙は頬をつたい地に落ちた。


『私もカイヤを愛してる』


 カリョは通訳せずにそう言いながら俺に抱きついてきた。


 イラとミコトが見てるのに……

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